五 母
皐月(五月)十四日。
昼近く。
「母上、昨日、日野道場へ向う途中・・・」
母を訪ねた唐十郎は妖刀を見せて、受けとった経緯を語った。母は何も話さずに聞いている。
「天子様とは何処の方ですか。それに私の定めとはいったい何ですか」
「母にも分かりませぬ。隠しているのではなく、本当にわからぬのです」
母は顔を曇らせた。
「この刀の素性を父上も知らぬのですな」
「そのように思います」
「では、忍びは」
「忍びとは、いったい何ですか」
「いや、何にも・・・」
唐十郎はそれ以上訊かなかった。母は何も知らぬ。知っていても語らぬ、と思えた。
「穣之介が、母上によろしく、と言っていました」
「皆様、お元気ですか・・・。今月の分です」
母は懐から紙包みを取りだし、畳の上をすっと唐十郎の膝元へ滑らせた。
「旦那様との約束とは言え、あなた様にはあまりに惨い仕打ち。
しかし、旦那様を怨んではなりませぬ。何事も藩政のため・・・」
そこまで言いかけて母は口を閉ざした。父は須坂に居る。妖刀の由来と忍びについて父に聞く手立てはない。
「少し早い刻限ですが昼餉を用意させましょう。母と共に食べて下さいますか」
唐十郎を気にかける母の思いが感じられる。
「頂きます」
刀となれば伯父の日野徳三郎が詳しいが、今日は多忙で訊けぬ。そう思いながら昼餉を済ませ、唐十郎は母に挨拶して上屋敷を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます