第二十問

第二十問


二回戦を終え、誠と聡の嫌味をスルーしながら宣伝をした秀隆は、秀吉と別れ一人廊下を歩いていた。理由は単純、


「ふう。間に合った~」


帰る途中で催しただけである。模擬店では出ずっぱり、試合も集中して気が抜けないので、中々用を足す時間が取れなかった。文化祭なのでトイレもかなり混雑していて間に合うかどうか若干不安だったが、どうにか最悪の事態は免れた。


「さて、そろそろ宣伝効果も出始めたは――」

「わっぷっ!」

「っと!」


秀隆が次の計画の算段を考えながら歩いていると、丁度角を曲がって来た誰かとぶつかってしまった。ぶつかりはしたが、衝撃が小さかったことと、衝撃を感じたのが膝から少し上あたりだったので大人とぶつかったわけではないようだ。


「おっと大丈夫か?」

「は、はいです……」


秀隆が足元を見ると、額に両手を当てて尻餅をついている少女がいた。


「悪いな。ちょっと考えごとをしていたんだ。立てるか?」

「はい。ありがとうございます!」


少女は差し出された秀隆の手をしっかりと握り元気よく立ち上がった。


「おっと秀隆。白昼堂々と幼女をナンパとはやるな」

「これがそう見えるんなら脳外科手術を受けることを勧めてやるよ」

「そこはせめて眼科だろうっ!?」


後ろからかけられた声に秀隆は振り返りもせず辛辣な言葉を返す。声の主が雄二と分かっての返答だ。予想の斜め上の返しを受けた雄二は激しいツッコミを入れる。


「んで、実際お前は何やってんだ?」

「考えごとして歩いてたらこのちびっ子とぶつかっただけだ」

「ちびっ子じゃないです! 葉月です!」


雄二に状況を簡潔に説明するが、その内容に少女、葉月が(自分の扱いに)抗議した。


「悪い、悪い。んで、葉月はどこに行こうとしたんだ? なんか慌ててたみたいだが」


秀隆とぶつかって尻餅を着くほど駆け足で移動していたということは、よほど急ぎの用事があるのだろう。模擬店には制限時間を設けているクラスもあるし、体育館では演劇も上演されている。秀隆も雄二も、葉月が慌てていたのはそのあたりが目的だろうと検討をつけた。


「葉月は2-Fクラスに行きたいんです。人を探しているんです」

「「……」」


葉月から聞いた行先に思わず2人は沈黙してしまった。


「? どうしたんです?」

「……いや。何でもない」

「実は俺たちも2-Fクラスに行く予定なんだ」

「そうなんですか? なら葉月も一緒に行くです!」

「お、おう……」


子ども特有の強引さに押されて、2人は葉月に道案内をする形でFクラスに戻った。


―2-F―


「ここが2-Fの教室だ」

「ありがとうございます。お兄さんたち」

「気にするなちびっ子」

「ちびっ子じゃなくて葉月です!」


秀隆達3人が2-Fに到着すると、明久たたが深刻そうに話し込んでいた。


「あ、雄二に秀隆。戻った――2人とも、誘拐は犯罪だよ?」

「バカ言ってんじゃねえよバカ」

「して、その娘は如何いかがしたのじゃ?」

「途中でぶつかっちまってな。詫び代わりにここまで道案内してきたんだ」

「あやうく秀隆のズボンがちびっ子の3段アイスを食っちまうとこだった」

「それなら次は5段を買わないとね」

「? 葉月はアイスなんて食べてないですよ?」


葉月にはこの話はまだ早かったようだ。


「で、この中に捜しているのはどんな奴だ?」


葉月がFクラスに来た目的は人探しだと言っていた。ならばこの中にその探しびとがいるはずだと、雄二が葉月に特定を促していると――


『お、坂本の妹か?』

『可愛いなあ~。ねえ、5年後にお兄さんと付き合わないかい?』

『寧ろ俺は今だからこそ付き合いたい!』

「よしお前ら目ぇ食いしばれ」

『『『どうやってだよ!?』』』

「……アイツ等は無視してくれ。で、どうなんだ?」


葉月に蔓延る変態とそれに制裁を加える秀隆を無視し、雄二は葉月に目的の人物の特定を急かす。葉月は群がってきた野郎どもに少し困惑したが、ふるふると首を横に振ると、


「葉月はお兄ちゃんを捜しているです」


と答えた。


「お兄ちゃん? 名前は?」

「えっと……分からないです……」

「ふむ。家族ではないようだな」


手に付いた血糊をふき取りながら秀隆が結論付ける。雄二が葉月に「他に特徴はあるか?」と尋ねると、葉月は少し考えた後、


「う~ん、と……バカなお兄ちゃんでした!」


と独特な特徴を元気よく答えた。


「そうか……」


それを聞いた雄二と秀隆は辺りを見回し、


「沢山いるな」

「寧ろバカしかいないな」


と答えた。誰も否定できないところが2-Fの悲しき宿命である。


「あ、その……そうじゃなくて――」

「ん? まだ他に特徴があるのか?」

「髪型とか教えてもらえると助かるな」

「すっごくバカなお兄ちゃんでした」

『『『吉井だな』』』

「……」


葉月の挙げた第二の特徴に全員(客生徒含む)の視線が明久に集中。明久は一人目から煌めく液体を流すはめに。


「ま、全く失礼だな。僕に小さい女の子の知り合い何ていないよ。だから人違いじゃ――」

「あ、バカなお兄ちゃんだ!」

「ごふぁ!」


明久を見つけた葉月が勢いよく、元気に抱き着き、その可愛らしい頭部を明久の鳩尾にクリーンヒットさせた。


「人違いが、何だって?」

「……人違いだと良かったなあ……」

「いつだったか小学生にバカにされたことがあるってのは葉月のことだったのか」


結果として、葉月が捜していたのは明久で間違いないようだ。


「って、君は誰? さっきも言ったけど、僕に君みたいな小さな子供の知り合いはいないよ?」

「え? バカなお兄ちゃん、葉月のこと忘れたですか?」


明久が自分を知らないと知って、ショックを受けた葉月の眼に涙が滲む。


「バカなお兄ちゃんのバカァ! 葉月一生懸命『バカなお兄ちゃん知りませんか?』っていろんな人に聞いて捜したのに!」


そしてとうとう泣き出してしまった。恐らくその聞き込みの過程で『バカなお兄ちゃんなら2-Fにいる』という情報を得たのだろう。これで葉月が此処に来たがっていた理由がはっきりした。


「バカなお兄ちゃんがバカでごめんな」

「バカなお兄ちゃんはバカじゃからの。許してやって欲しいのじゃ」

「あのバカは死んでも治らんからな。今度はバカなお兄ちゃんの頭の中が葉月で忘れられない位の思い出を刻んでやってくれ」

「……僕も泣いていいかな? というか秀隆のは色々とアウトだからね!」


雄二たちが葉月を宥めていると、


「でも、でも、バカなお兄ちゃん葉月と『結婚の約束』もしたのに!」


途轍もない爆弾が投下された。


「瑞希!!」

「美波ちゃん!!」

「「ヤルわよ(ます)!!」」

「ごへぇ!」


そこに運悪く(?) 美波と瑞希が居合わせてしまう。

2人は明久に見事なクロスボンバーを決めると、そのままの勢いで明久に抱き着き押し倒した。(因みに2人の射線上に居た葉月はいつの間にか康太が安全な位置へと動かしていた。)


「「どうして私(ウチ)じゃダメなんですか(なのよ)!!

」」

「え? え?」


明久を押し倒した体勢のまま、瑞希と美波が詰め寄る。


「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて! 僕は結婚の約束なんて全然――」

「酷いです! ファーストキスもあげたのにー!」

「「ズルい(です)! ウチ(私)だってまだなのに!アキ(吉井君)! そんな悪い事をするのはこの口(ですか)?)」」

「お前ら本音がダダ漏れになってるぞ」


口の両端を2人に引っ張られながら明久がもごもごと抗議をする。おそらく「お願いします! 話を聞いて下さい!」とでも言っているのだろう。


「あ、お姉ちゃん遊ぶに来たよ!」

「葉月!?」

「お姉ちゃん……葉月ちゃん……ぬいぐるみ……ああ! あの時のぬいぐるみの子か!」


女子2人の下で記憶を絞り出す様に呟いた明久だったが、突然何かを思い出したのか叫びながら半身を上げた。


「ぬいぐるみの子、じゃないです。葉月ですっ!」


自分を思い出してくれたのは良いが、名前を呼んでくれなかったので葉月は頬をプクッと膨らませる。


「ごめんごめん。けど葉月ちゃん、僕がここの生徒だって良く分かったね」

「お兄ちゃん、ここの制服着てましたから」

「アキと葉月って知り合いだったの?」


明久に頭を撫でられる葉月を羨ましそうに見ながら、美波は明久に二人の関係を聞く。


「あ、うん。去年ちょっとね……」


明久が言葉を濁す。瑞希と美波には内緒だが、葉月とぬいぐるみは、明久にとっては自身が観察処分者になる切欠となった思い出なので余り他人には話したくないのだ。


「美波こそ、葉月ちゃんのこと知ってるの?」

「知ってるも何も、葉月はウチの妹よ」

「え?」

「さっき島田のこと『お姉ちゃん』って言ってただろ」


明久は身の危険の為それどころではなかったから聞こえてなかったようだ。


「吉井君、酷いです。美波ちゃんとはもう家族ぐるみのお付き合いだなんて。私はまだ両親にも会ってもらってないのに。実はもう『お義兄ちゃん』になってたり……」

「で、この現状はどういうわけだ?」

「また営業妨害でもあったか?」


秀隆と雄二は一人ぶつぶつと壊れかけている瑞希を無視して予想を遥かに下回る客入りの理由を確認する。


「こっちでは何も起きとらんぞ」

「はい。あれ以降、騒ぎ立てるようなお客さんはいません」

「ふむ……なら、原因は外か」

「だろうな。あんだけ宣伝しといてこの客入りなら、外で変な噂が流れてるんだろう」

「そう言えば、葉月ここに来る途中で変な話聞いたよ」


雄二と秀隆の会話が聞こえたのか、葉月が何か思い出したようだ。


「何て話だ?」

「えっと……旧校舎のコスプレ喫茶は汚くて料理が不味くて馬鹿だから行かない方がいいって」

「なるほどな……」


葉月の話で、秀隆たち(明久を除く)は犯人が誰だか分かった。


「十中八九、奴らだろうな」

「あ奴らも懲りぬのう」

「え? 奴らって常夏コンビ?」

「他に誰がいるんだよ?」

「だって常夏コンビは鉄人が」

「学祭の見回りがあるのにいつまでもあんな2人に構ってるわけにもいかないだろ。目を覚ましたあとで厳重注意したら即釈放に決まっている」


悲しい事に、秀隆のこの推測は的中していた。

西村教諭は鬼のように厳しいが鬼ではない。せっかくの文化祭なのだから生徒にも楽しい時間を過ごしてほしいと思っている。なので今日は多少のことは大目に見て注意のみになっていた。


「それに、ウチに来た客で不満を持ってるのは常夏コンビくらいだろ?」

「それもそうだね」

「それじゃ、シバき倒しに行くか」


バキバキと指を鳴らしながら好戦的な笑みを浮かべる雄二。どうやら『交渉術』だけでは暴れ足りなかったらしい。


「お兄ちゃん、遊びに行こ♪」


葉月が無邪気な笑みを浮かべて明久の腰に抱きつく。明久に会うことが目的だったのだから、明久と遊びたくて仕方がないのだろう。


「ごめんね葉月ちゃん。お兄ちゃん、ちょっと用事ができちゃって」

「ええ~!! 折角来たのに!」

「なら、葉月も一緒に行けばいいだろ。丁度昼時だ。ついでに飯でも食えばいい」

「それに、葉月が居ないと噂の出所が分からんからな」

「ならウチも行くわ。葉月のおもりもしないと」

「なら木下と姫路も行ってきたらどうだ?」


会話を聞きつけたのか、須川がやって来てそう提案した。


「いいんですか?」

「どうせお前らが原因をどうにかしてくれない限りはこの状態だしな。今の客入りなら残りの面子でどうにかなるだろ」


もうすぐ昼飯時とは言え客足が少ない今なら厨房は康太と須川をメインにすれば事足りるし、フロアには今や看板娘になりつつあるリリアがいる。秀隆達が抜けても現状何とかできるのだ。悲しい事ではあるが。


「なら、須川の提案に甘える事にするかの」

「おう! その代わり、きっちり落とし前つけてくれよ」

「任せておけ」


グッとサムズアップする須川に笑顔で答える秀隆。常夏コンビの末路が思いやられる。


「で、葉月はどの辺でその話を聞いたんだ?」

「えっとね……短いスカートを穿いた綺麗なお姉さんが沢山居る所です!」

「何だって! 雄二、急いで駆けつけないと!」

「そうだな明久! 我がFクラス成功の為にも(低いアングルから)じっくりと観察しなとな!」


葉月から場所を聞くや否や、明久と雄二は一目散に教室から駆け出していった。


「アキ、最低」

「吉井君、酷いです」

「お兄ちゃんのバカ!」

「というか、アイツら場所分かってんのか?」

「……恐らく、Aクラスじゃ」


背中に女性陣からの非難を浴びる明久らを他所に、秀吉がボソリと呟いた。


「何で分かるんだ?」

「この間、姉上が姿見の前でメイド服広げて唸っとった殻の。スカートの丈が短いの何だのと」

「なるほどな。てかよく優子が着る事にしたよな」

「何でも工藤に嵌められたらしいそうじゃ」

「……工藤とは余り面識がない筈だが、妙に納得がいくな」

「(まあ理由は別にもあるようじゃがの)」


そんな秀吉の内心を知る由もなく、秀隆は葉月達を連れ、明久達を追いかける。

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