Are you dead yet?

川詩夕

人間

「ねぇ、その話って本当の事なの?」

「本当だよ、本人から直接聞いたんだから」

「ありえない……」

「クズだよね、早く別れた方が良いよ」

「……」

「信じたくない気持ちは分かるけどさ、本当の事だからね」

「信じられないよ……」

「どんまい」

 学校で午前中の授業を終え、昼休みに仲の良いクラスメイトと机を向い合わせにしてお弁当を食べている時の事だった。

「酷いよ……」

「わかる」

「相手はさ……私が今付き合ってる彼女だって事は知ってるの……?」

「もちろん知ってるよ」

「許せない……」

「どっちが?」

「両方……」

 クラスメイトから告げられた内容に対してショックを受け、大好きなママが早起きをして作ってくれたお弁当の味が分からなくなり、めっきり喉を通らなくなった。

「お弁当、食べないの?」

「もう要らない……」

勿体もったいないよ、食べても良い?」

「うん……」

 クラスメイトはお弁当を手に取ると、次から次へと私の好物であるママお手製のおかずを口の中へと放り込んでいた。

 口を閉じたままも恍惚こうこつの表情を浮かべてもごもごと咀嚼そしゃくしている様子はつややかな黒髪が生えた豚にしか見えない。

 人間と豚が融合ゆうごうした豚人間はこうして産まれるんだと知った。

「豚ってどうして生きてるの……?」

「ぶてゃ? しゃぁ? 人間に食われる為じゃない?」

「そう……あのさ……さっきの話……証拠って持ってたりする……?」

「あるよ」

 クラスメイトが左手だけで器用にスマホをいじり、一枚の画像を開いて戸惑う素振りもなく私に差し向けた。

「どう?」

「どうって言われても……」

 スマホの画面には、私が付き合っている彼氏と浮気相手が互いに目を閉じて口づけをしている画像が写し出されていた。

「大丈夫?」

「お手洗いに行ってくる……」

 騒々しい教室から抜け出し用を足した後、クラスメイトの待つ教室へは戻らずに彼氏が居る別の教室へと向かった。

 彼氏は数名のクラスメイトと談笑しながら昼食のお惣菜パンを頬張り、紙パックのミルクティーを飲んでいた。

「ねぇ、ちょっとだけ良い?」

「よう」

「こっちへ来てくれない?」

「何だよ?」

 彼氏を席から立たせて、半ば無理やりに教室の後方へと移動させた。

「放課後、家に来ない? 今日の夜はママとパパが外食に行くから帰りが遅くなるんだって」

「行くわ」

「放課後、いつもの場所で待ってるね」

「おう」

 冷め切った気持ちを胸に抱き、適当な誘い文句で彼氏を容易に誘い出した。

 自分の教室へ戻るとお弁当袋が机の上に置かれていた。

 豚人間が私の大好きなママが作ったお弁当を完食したのだろう。

 案の定、午後からの授業はまったくと言っていい程に集中できず、無意識の内にペン回しばかりしていた。

 気が付けば終業を知らせるチャイムが校内へと響き渡り、クラスメイトが一斉に帰り支度を始めていた。

 席に座ったまま、折り畳みのコンパクトミラーを使い髪型を整えた後にリップを塗り直した。

 学校で彼氏と待ち合わせる時は、決まって食堂横にいくつか並べて設置されているベンチがある場所だった。

 待ち合わせをする時はいつも私が先に到着しているのに、今日は珍しく彼氏がベンチに座りスマホを弄ってる姿が目に入った。

「待たせちゃった?」

「別に」

 下校の途中にショッピングエリアへと立ち寄り、カップのダブルアイスを一つのスプーンで一緒に食べた。

 日が沈む頃合いを見計らい、計画していた通りの言葉を申し訳なさそうな表情を浮かべながら切り出した。

「ママとパパ、もう家に帰ってきてるんだって」

「まじかよ、家でゆっくりできないじゃん」

「ごめんね」

「なんだよ、だるすぎ」

「学校に……戻る……?」

「学校? なんで学校なんだよ?」

「たまにはさ……違ったシチュエーションでしてみない……?」

「何を?」

「エッチ……」

「どうしたんだよ急に?」

「嫌……?」

「別に嫌じゃねぇけど」

「じゃあ、行こ?」

「ゴムあんの?」

「生で……しても良いよ……」

「エッロ」

「その変わり……浮気しちゃダメだよ……?」

「する訳ねぇだろ」

「約束だよ?」

「だからしねぇって」

 私と彼氏に寄り添い恋人繋ぎをした状態で来た道を戻り、再び学校へと向かった。

 すれ違う自動車の多くがヘッドライトを点灯させて無機質な道路を照らしている。

 学校へた到着するまでの間、彼氏がクラスメイトの話をおもしろおかしく話していたけれど、心底くだらない内容ばかりだった。

 購買でパンを万引きしただの、教師の車のフロントガラスに牛乳をかけただの、学校のトイレの壁に落書きをしただのと、幼稚で馬鹿で下衆のオンパレードだ。

「どこですんの?」

「私の好きな場所でも良い?」

「良いけど、さすがに校舎の中へは入れないだろ?」

「それじゃあ、北校舎の屋上はどう?」

「鍵が掛けられてる」

「非常階段は? 非常階段から屋上へ繋がる扉の鍵は実は壊れてるって噂だよ?」

「そんな噂、聞いた事ない」

「確かめてみる?」

 私と彼氏はできるだけ音を立てない様にして非常階段を登り始めた。

 屋外の為か、雨風や日光にさらされて階段や手摺りの一部に錆が浮いていた。

 屋上へと繋がる扉の前に辿り着き、私は扉の取手へと手を伸ばす。

「開いてる……」

「まじかよ?」

 決して噂通りに扉の鍵が壊れていた訳ではない。

 私が今日の昼休みの時間を利用し、非常階段から屋上へと繋がる扉の鍵を開錠していたからだ。

 学校の警備とは存外雑である事が証明された。

 私は先立って扉を抜けて屋上を歩き進み、平然と校舎の縁へと向う。

 元々この学校の屋上は立ち入り禁止区域の為、屋上に柵等は設置されていない。

 生徒は当然、教師や警備員でさえ立ち入る事は滅多にない。

「この場所はどう?」

「危なくないか? ここから落ちたら間違いなく死ぬぞ?」

「恥ずかしくて……凄く言いづらい事なんだけど……はっきり言っちゃうとね……心の底からゾクゾクする様なエッチがしたいの……」

「どうしたんだよ? 今日は妙にエロいし様子が変だぞ?」

「ねぇ、口でしてあげる」

 私は小さく口を開けてゆっくりと舌舐めずりをして見せた。

「おお……歯立てるなよ……」

 私が無言でうなずくと、彼はベルトを緩めてパンツと下着をずり下ろした。

「がまん汁でれてるよ」

「うっせぇ」

 ピクピクと脈打つ長細い無臭のさつまいもはホタテの味がした。

「ねぇ……れて……」

 屋上の縁に両手を付き、お尻を突き上げて差し出すような体勢を取った。

「もっと突き出せよ」

「やだ……恥ずかしいよ……」

 スカートを雑にまくり上げ下着をずり下げたままの状態で挿入される。

 粘着質を含んだ杭打くいうちの様に性器がズムズムと音を立て、互いの呼吸が荒くなり全身が熱を帯びた感覚に包まれた。

「強く突きすぎたら落ちて死ぬな」

「スリルを感じるとね、凄くれるんだって、ゾクゾクするね」

「やべぇな」

「身体が火照ほてってきてる、もっと、もっとして」

「死んでも知らねぇぞ」

 眼前に広がる景色は学校の屋上の地上から遥か高くにあり、普段住み慣れた街並みに明かりが灯され、悠に見下ろす形となっていた。

「お尻叩いて」

「は?」

「お願い、お尻を叩いて欲しいの」

 彼氏は要求通りに手のひらで、私のお尻を軽く叩いた。

「もっと強く叩いて」

「何だよ?」

「お願い」

 手の平が勢いよくお尻を叩く音が軽快に鳴った。

「いっぱい、いっぱい叩いて」

「マゾかよ」

 何度も何度もお尻を強く叩いている内に、彼氏も調子に乗ってきはじめていた。

「叩かれるの、凄く気持ち良い、ゾクゾクするの」

「おい、もっと声出せよ、おら、おら、気持ち良いんだろ?」

「気持ち良い、好き、好き、好き」

「やべぇ、逝きそう」

「逝って、逝って、もっと激しくして」

「中で逝って良い? 良いよな?」

「良いよ、中で、逝って」

 私は身体をよじって敏感びんかんに感じるフリをし、挿入されながら一歩ずつ徐々に移動を重ねる。

 彼氏が絶頂を迎える時には、互いの身体が屋上の縁沿いに立っている形となっていた。

「逝く、逝く、逝く」

「逝って、逝って」

 絶頂を迎えるタイミングを見計らい、素早く彼氏の側面側へと移動し両手で力いっぱいに身体を突き飛ばした。

 彼氏は両目を見開き驚愕きょうがくの表情で私の顔を見詰める。

 声にならない雄叫びを上げながら両手足をばたつかせ屋上から地面へと向かって落下してゆく。

 落下の最中、死と生の狭間で脈打つ肉体から放出された精液がまばらな粉雪の様に舞い散っていた。

 その後、小気味の良い重低音が下腹部へと伝わる。

「死ねボケ早漏、激しく腰振るのはテクじゃねぇよ能無し」

 性器が濡れたままの状態で下着をたくし上げ、屋上から夜の街並みを眺めた。

 家々の灯り一つ一つに地元をこよなく愛する住人の営みがあると思うと、反吐へどが出そうになる。

 特有の空気感、昔から伝わる悪習の際に犠牲となる幼い子供と強制させる幼稚な大人は見るに堪えない。

 目に見えないくさったなわしばられている様で嫌悪感に満たされてしまう。

「めんどくさ」

 スマホでお気に入りの音楽を掛けながら軽快に非常階段を降り学校を後にした。

 帰宅して着替えをせずにそのまま食卓に着き、ママとパパと他愛のない会話をしながら一緒に夕食を食べた。

 入浴後、鏡の前に立ちバスタオルで身体を拭いていると、薄紅色うすべにいろの無数の手形がお尻に付いている事に気が付き、思わず吹き出してしまった。

「まるでダイイングメッセージみたいじゃん」

 元彼のダイイングメッセージを記念して、スマホのカメラで自分のお尻を何度か撮影し、SNSの裏アカウントに投稿した。

 不特定多数の不気味で気持ちの悪い連中から称賛しょうさんのメッセージを受け取り、承認欲求が満たされたところで就寝した。

 ※

 翌日、学校へ登校すると警察や救急の車両が数多く駐車されていた。

 教室へ入ると、豚人間が声を掛けてきた。

「あんたの仕業じゃないよね?」

「何が?」

 私は元彼が死んだ事について知らないふりをした。

「死んでんじゃん、あんたの彼氏」

「嘘でもそういう冗談はやめて」

「何も聞いてないの?」

「どういう事?」

 豚人間のつぶらな瞳を見つめながら知らないふりを通し続けた。

「あんたの彼氏が学校で死んでたんだよ、飛び降り自殺か殺人なのか分からないけど、事件の可能性も含めて捜査してるみたい」

「ねぇ……冗談やめてよ……怒るよ……?」

「冗談で言ってるんじゃない」

「嘘……」

「私はてっきり、あんたが浮気した事に対して腹を立ててったんだと思った」

「そんな……酷い……嘘だ……そんな事ありえない……」

「一限目と二限目は急遽自習になったけどさ、その内みんな帰宅させられるって話だよ」

 私はうつむいて不安な表情をあえて浮かべながら、学校の帰りにコンビニでスイーツで買おうと考えていた。

 生クリームたっぷりのイチゴショートケーキかカスタードエクレア、どっちにしようかな。

 迷っちゃうな、早く帰宅できるんだよね、時間を有意義に使えるって事で両方買っちゃうのもありかな。

「そのうれいの表情は芝居じゃないよね?」

「そんな訳ないじゃん……酷いよ……」

 豚人間は私をにらみつけてから席を立ち教室から出て行った。

 自ら出荷されに出かけたのかもしれない。

 ご近所の食卓に豚人間の肉が並ぶ日が待ち遠しい。

 二限目が始まっていた時間帯に、豚人間が喋っていた通り急遽学級閉鎖となった。

 暗い雰囲気を醸し出しながら教室を後にし、一人きりで学校を出てからコンビニへ立ち寄りスイーツを二個購入すると気分が晴れやかになった。

 帰宅後、制服姿のままリビングのソファーに寝そべり録り溜めしていたテレビドラマを観る事にした。

 イチゴのショートケーキにコンビニで貰ったプラスチックのフォークを突き刺したところでスマホからメッセージアプリの通知音が鳴った。

 アプリを開くとクラスメイトで比較的仲の良いグループのメッセージだった。

 グループに属するクラスメイトの一人がグロ注意ね、とメッセージと共に数枚の画像を送ってきた。

 初めは被写体がアップにされすぎていて何が写っているのかよく分からなかった。

 後に引きで撮影されたそれは、コンクリートの地面に横たわる元彼だと理解にするのに数秒要した。

 頭が割れた骨とも肉とも言い難い痛々しい裂け目からは赤黒い血が逃げ水のように流れ出ている。

 光を失った様な半目に腕が不自然にあらぬ方へとぐにゃりと曲がりきっていた為、一目で死体だと理解できる。

 他のグループメンバー達が矢継ぎ早にメッセージを送りログが次々と流れていく。

 私はイチゴのショートケーキを食べながら死体に成り果てた元彼の画像をまじまじと見詰める。

「汚ねぇ死に顔だな」

 このケーキに合うのは紅茶だと思いソファから立ち上がった。

 カップに紅茶を淹れて一口啜る、思った通りで悪くない。

 クラスメイトのグループに向けて返信はせずにドラマの続きを観る事にした。

 私からの返信が途絶えた事については、元彼の死体を見て精神的に傷付いたからと思ってくれたなら上々だ。

 実のところ面倒臭いだけで、ただその一言に尽きる。

 クラス内で孤立しないよう上部だけで戯れあってるだけなんだから。

 ※

 元彼が死んで三ヶ月が経過した頃、何の前触れもなく唐突に豚人間から着信が入った。

「ぶひぶひ」

「どうしたの?」

「ぶひぶひぶひぶひぶひひひぶひ」

「…………」

「ぶっひぶっひぶぴぃぴぃ」

「何言ってるの? 冗談でも言っていい事と悪い事があるよ?」

「ぶひぃぶっひぶひぶひっぶひひぃ!」

「そんな訳ないじゃん、いい加減にして!」

「ぶっひぃ、ぶっぴっぴぃ、ぶぶひぶひぶぶぶぶぴぴぃぃぃっ!」

「もういい……」

「ぶひひひぷぴぃぶひひぶひぃ?」

「今から……会って話そう……でも……この話はこれきりにしてよね……」

「ぶひひぶひぶっひぃ」

「それじゃ……」

 どうやら豚人間は私が元彼を学校の屋上から突き落として殺したと考えてるらしい、いや先程の電話の内容からして確信を持っているとの事だった。

 正義感の強い豚人間は何を根拠にそう思っているんだろうか。

 豚人間は落ち合う場所に学校の屋上を指定してきた。

 元彼の最後の場所へと連れ出し、罪悪感にさいなませ謝罪でもさせたいのか。

 いや……いやしい豚人間の事だ……恐らく……私を殺すつもりなんだろう……。

 ※

 日が沈み辺りがすっかり暗くなった頃、学校の屋上へ辿り着いた。

 事前に伝えられた通り、非常階段から校舎の屋上へと続く扉の鍵が開いていた。

 扉を開けると、既に豚人間が到着していて、丁度元彼が私をバックで突いていた場所に座っていた。

 無表情で気持ち悪くて怖気おぞけを感じた。

 豚人間は私の所業をどこからどこまで知っているんだろうか、それともただの偶然なんだろうか。

 扉を開ける音で豚人間が私の存在に気付いた。

 一度小さな深呼吸をしてから、ゆっくりと豚人間の方へと歩みを進めた。

 私と豚人間との距離が目と鼻の先になったところで、豚人間はようやく意を決した様に立ち上がった。

 私は絶好のタイミングで話し掛ける。

「あれって豚を出荷する為のトラックじゃない?」

 言葉を一語一句はっきりと聞き取れるスピードで喋り、屋上から見下ろせる街並みの方へと指を差した。

 豚人間は立ち上がりながら街並みへと視線を向ける。

 私はその直後、足腰を踏ん張りながら豚人間を背後から両手で思い切り突き飛ばした。

「ぶひっ!?」

 数秒の後、地上の方から重く低い音が鳴り、下腹部へとずしりと響いてきた。

「豚は人間に食われる為に生きてるんだよね」

 私は豚人間に殺される前に殺してやった。

 それでも、胸のつかえは消化されずに気分が悪くなる。

 到底眠る事などできそうもないのに眠気を感じ、もどしそうな程の吐き気に襲われた。

 身体の奥底からじわじわと胃液が迫り上がってくる感覚。

 頭痛、胸の張り、下腹部の痛み、付きまとう倦怠感、不安定な情緒、全て一ヶ月と少し前から収束する事はなかった。

 不安のかたまりでしかない予感は確信へとギアチェンジする。


 妊娠してる……。


 ここ数ヶ月、自らの体調の変化は最早もはや疑いようがない。

 元彼の子を宿してしまった、でも。


 大丈夫だよ……私は母性の欠片もないんだから……今すぐあの世へ送ってやる……。


 かたわらに置いてある豚人間のリュックを開けてペンケースを引き抜き、その中から何の変哲のないシャープペンシルを一本掴んだ。

 私は勢いよくパンツと下着をずりさげてシャープペンシルを性器に突き刺した。

 どこに何があるかなんて知らないし興味もない。

 一秒でも早く胎動たいどうする身体を傷付けて損傷そんしょうを与えたい、一秒でも早く新たな生命を刈り取りたい。

 その一心でシャープペンシルを性器の奥の方へと突き立てては引き抜く行為を乱雑に繰り返し、卵と小麦粉をないまぜにしてケーキの生地を作る時みたいにぐっちゃぐちゃにこねくり回し続けた。

 じんじんとする痛みと共に性器の奥から鼻血の様な血が流れ出てきた。

 その血はしっかりと頭が潰れた証なのか、ただ単に私の傷付いた内臓の一部なのか判断に迷う。

 屋上の縁に立ち、豚人間が落下していった地点へ性器を向けて思い切り息んだ。

 ブビュルと奇怪な音が一度鳴り、赤黒い物体が勢いよくひり出てきて豚人間の方へ向かって落下していく。

「ほら、餌だよ、食べな、あはは」

 胎内のうみを吐き出したというのに気分は一向にスッキリしない。

 お腹が痛くて頭が痛い、吐き気がする。

 お腹の中、手の中、足の中、頭の中ではっきりと胎動を感じる。

 死体になったはずの元彼の息遣いが耳元で聞こえる。


 あっ……。

 そっか……。

 そういう事だったんだ……。

 クラスメイトが豚人間に見えた時から私の精神は手に負えない程に乱れきってたんだね……。

 豚人間の鳴き声が理解できる程に……。

 全身に胎動を感じる……。

 聞こえるはずのない胎児の声が頭蓋ずがいの中で響いてる……。

 まだ……生きてる……。

 まだ……死んでない……。

 シャープペンシル程度じゃ死なないんだ……。

 そっか……。

 そっかそっかそっかぁ……。


 私が死ねば解決する、それで全部終わりじゃん。


 綺麗な月明かりが照らす屋上の縁で踊るようにステップを踏むと、足を滑らせて地上へと落下してゆくのが分かった。

 突然、身体の自由が一切効かなくなった。

 目の前で豚人間が血の涙を流して笑っている。


「あは……あはは……まだ……死んでなぁい……?」

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