第36話 可哀想なぼっちくん


 会話に割って入ったハーグマンは、皆が軽く受け流したエイヴという人物のことをよく知っていた。


「アイツから逃げ切っただって……? 馬鹿言うんじゃないよ。そんなの、そこいらの冒険者にできるわけがないだろう!」


『と言われましても……』


「奴は隣国にも比類なしと称えられるほどの魔力探査能力を持つヒューマンだよ。どれだけ優秀な魔術師や魔物でも、その形跡から立ちどころに発見してみせるっていう化物さ。そいつから、すぐにビービー泣き散らすお前のような奴が逃げ切った? 笑わせるんじゃないよ!」


『いや、ですからそう言われましても……』


「信じられるわけがないじゃないか。私は嘘が嫌いなんだよ!」


 自分はさらっと流したくせに、アメリアも「そう言われれば、確かにそうですね」と、他人事のように首をひねった。しかしただひとり、これまで体感した異常さから、どちらともいえない表情を浮かべたリリーは、通信用魔道具を天板の上に置いてから、「ハイ」と小さな手を挙げた。


「もし仮に、ね。……アイツがグレーテストテイルキングの尾を、生きた個体から直接取ってきたと言ったら、アナタたちは信用する?」


「ハァ?」と顔を近付けるハーグマンの目前に小袋を差し出したリリーは、中身を少しだけ彼女へ見せた。


「こいつは……?」


「テイルキングの尾よ。切れ端だけどね」


「はい……?」


「実際にアイツが手に入れた尾の切れ端。訳あって譲ってもらったの。これがその証拠よ」


「ちょっと待て、テイルキングって、……あの有名な?」


 グレーテストテイルキングというモンスターの名は、冒険者にとって初級の初級と言ってよいほど広義に知られた存在であり、かつその入手難度についても同じく周知の事実。その存在を、工房を営む者が知らぬはずはない。


「あんな吹いたら飛んでいきそうな痩せっぽちが、あの尾を余るほど取ってきたって、アンタはそう言いたいのかい?」


「認めたくないけど……、事実よ」


 などと三人が会話している合間、魔道具から微かに声が漏れ聞こえてくるものの、いつからか蚊帳の外にされたカワズは、かまってちゃんな本能を発揮して『こっちにも聞こえるように話してよ!』と魔道具越しに泣きついた。しかし、ずっとガン無視されていた。


「アタシもよく知らないんだけど、なんかアイツ、ちょっと変なの。信じられないだろうけど、ルーゼルからやってくるときだって、ただ って理由だけで、ザンデスの湿地帯を通ってきたの。そのせいで通れないはずの橋を通ってやってきた賊の仲間だって疑われて、衛兵に追われる始末。たまったものじゃないわよ」


 アメリアがなるほどそれでとポンと手を打った。しかし、


「ちょっと待っとくれ。ザンデスっていえば、巨大なケレントやロックヘッドが大量に生息してる危険地帯じゃないか。しかも一緒にって、アンタ妖精族じゃないのかい!?」


「ええ、を連れて、よ。なのにアイツ、平気な顔してザンデスを渡りきっちゃった。なんならど真ん中にある沼のほとりで、火を炊いてキャンプもしたわ。こっちは生きた心地がしなかったけど」


「きゃ、キャンプ……。そもそもアンタたち、冒険者ランクは……」


「F、よ」


 Fランクといえば、下から数えて二番目の駆け出し冒険者を指し、もっとも低ランクなモンスターであるスライム類や、薬草などの採取をする程度の意味しかもたないランクである。しかしアメリア、リリーの両名が揃ってハーグマンに嘘をつく理由はなく、通信先の現実がそれを肯定していた。


「Fラン冒険者が、テイルキングの尾を手に入れ、ザンデスで夜営して、エイヴから逃げ切った? ……ああ、ダメだね、頭が混乱してきたよ私は」


 目眩で腰掛けたハーグマンは、魔道具の先にいる謎多き変な男の顔を思い浮かべていた。

 見るからに弱そうで、あの間抜け面をした青年の、どこにそのような特殊性を感じられるものか。彼女は話を聞いた後でも信用できず、もう好きにしてくれと半ば諦め気味に放棄した。


『ねぇ、いつまで放置するの! ちゃんと返事してったらぁ!(グズグズ)』


 鼻水をすすりながら聞こえてきた青年のマヌケ声に「ハイハイ」と返事したリリーは、改めて自らカワズの異常性を口にしたことによって、もはや疑うことすら馬鹿らしくなったことに気付かされた。

 行動を共にしているこのFランクの冒険者は、やはり何かが普通じゃない。

 思考回路は子供じみていて、頭の中は釣りのことばかり。そのうえ世間知らずで、金に疎く、騙されやすく、ボーっとしている。だがしかし――


 認めるのが嫌で悔しさを滲ませ腕組みしているリリーに代わり、なぜか嬉しそうにアメリアが総括した。


「カワズさんは、私が見込んだとおりのということですね。あ、でもこんな言い方をしてしまいますと、子供の頃にかくれんぼで誰にも見つけてもらえなかった " 可哀想なぼっちくん " みたいに聞こえてしまいますよね、ごめんあそばせ」


 可哀想なぼっちくんという言葉だけが強調され、さらに激しく「うぅぅっ」とすすり泣く声が魔道具越しに聞こえてくる。「やっぱりただのバカね」というリリーの呟きに、『うるしゃい!』と反論した青年の声だけが悲しく響いた。


「ですがだからこそ、そんなカワズ様にしかできないお仕事がございます。先程は想定外のことが起こり言いそびれてしまいましたが……、そろそろ準備はよろしいですね?」


 魔道具越しでも伝わるアメリアの不敵さに、彼は思わずゴキュンと息を飲んだ。申し訳程度しかないポコっとした喉仏が激しく上下に揺れたのだから、その飲みっぷりもわかるというものである。

 そうして有無を言わさぬ王族の勅命を受けたカワズは、当然拒否などできるはずもなく、指示された数分後には、王族の住まう城の正門前に立たされていた。

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