第32話 動き出す計画
―― 同時刻
ルンドベック大橋付近の洞窟内
「こんなことをしてどうするつもりなんだ。お前らの目的は……、グアッ!」
殴られて転がった男は、後ろ手を縛られ、口から血を吐きながら抵抗する。しかし足の裏で転がされ、仰向けにされた挙げ句に顔面を踏まれ、嘲笑の的にされていた。
「黙れ国のゴミ。キサマら無能な貴族や衛兵がのさばっているせいで、この国はいつまでたっても変わらん。……これからのバングルは俺たちのような志高き人間が治める時代。キサマら前時代のゴミは、俺たちの糧となりくたばれ」
ツバを吐きかけられたランカスター卿は、抵抗する気力がなくなり気を失った。「連れて行け」という賊のトップと思しき人物は、同じく捉えられて口輪をされた衛兵の一人を叩き起こしながら、顔を寄せて質問した。
「残念だったなぁ。まさか中枢に、これほど裏切り者がいるとは思いもしなかったよなぁ。でもよぉ、当然だと思わねぇか。腐りきったこの国の状況、テメェはどう思うよ、あぁん?」
口輪を外してから爪がめり込むほど衛兵の頬を掴んだ男は、もう一度同じように国の近況を憂いて質問をした。「黙れ賊め」と返答した衛兵に対し、鼻先が触れるほど顔を近付けた男は、「お前ら国を守るべき衛兵が、一庶民の言葉すら聞く耳をもたないのが根本的な問題じゃねぇのか?」とヘラヘラしながら呟く。
「こんなことをして、ただで済むと思うなよ。殿下にこれ以上手を加えてみろ。キサマらみな、馬の餌にしてくれる!」
「良いねぇ。そうそう、ワルモノはいつもそうでなくちゃ。ジェイドのバカも、最後までそうあってほしいもんだ」
「ジェイド様がキサマらのような賊に遅れをとるものか。すぐ制圧され捕らえられるに決まってる。投降するなら今のうちだ!」
「ご心配いただきどーも。しかしなぁ、残念ながらそうもいかんのだよ。キミらのトップである国王、そしてその娘と息子たち。奴らにはこれから踊りに踊ってもらった挙げ句、非業の死を遂げていただかなきゃならない。その第一段階として、囚われの身となった王族の奴らを前に、ジェイドのバカはどう動くと思う? なぁ?」
「な、キサマ一体、何を……」
「
「ば、バカな、キサマ、正気か!?」
これ以上話す意味はないと、男は衛兵の首にナイフを突き刺し、「ゴミ貴族と一緒に橋にくくりつけとけ」と部下に命じた。
「さぁ、いよいよメインイベントだ。この国の膿を、全部出し切ってやろうぜ。なぁ馬鹿野郎ども!」
高らかな賊の怒声が街道に響く。
そしてその事実は、すぐ城下へと伝わるのだった ――
▲ ▼ ▲ ▼ ▲
「ああ母上、私はどうすれば。どうすればよろしいのでしょうか」
椅子に座り頭を抱えた男は、腰掛けたままピンと背筋を伸ばし正面を見据えた老齢の女性に質問した。
「カイル皇子、貴方はもう少し自覚を持つべきです。バングルの民、いいえ、これからのバングル王国は、貴方様が導いていかねばならないのですよ。それがなんという言い草です。もっとしっかりするのです」
「そんなこと……。僕が国を背負うなんて、そんな大それた……」
「大丈夫です。貴方は少し自分に自信がないだけなのです。だからこそ、これから少しずつ自信をつけ、お父様の後を継いでいけばよいのです。それに頼りになる家臣たちも沢山おります」
「ですが……」
現バングル王の妃であるエリシアは、息子であり第一皇子でもあるカイルを諭していた。数年前より病床に伏してしまったバングル王に代わり国の舵取りを任されてはいたものの、王としての資質の有無を噂される彼の存在感は非常に薄く、国の運営自体も非常に
重臣を操る能力も、ましてや統率力や物理的な力すら持ち得ない彼にとって、自らが置かれた境遇は、彼自身が望むものとはかけ離れたものだった。
「本当に情けのない。次期国王ともあろう御方が、そのように無様な言葉を口にするものではございません。我が実弟でありながら、この上ない
どこかで彼の言葉を聞いていたイルデが広間に現れ、侮蔑するようにカイルを
「そう言わないでおくれ姉上。国の舵取りをするなど、私には分不相応なことです。私は自室で植物の研究をしているくらいがちょうど良いのです……」
「なにを世迷い言を。王家のトップともあろう御方が、間違ってもそのような言葉を口になされますな。これ以上の醜態を晒さぬよう、日々努めることです。良いですね?」
汚物でも
「なんですって? お母様、少々よろしいかしら」
さらに目つきを険しくさせたイルデは、広間の窓から遠く見える城下を眺めながら、「
「街の方でなにやら騒ぎが起こっているようですね。叔父様の失踪騒ぎと何か関係があるのでしょうか?」
明らかな不信感を露わにしたイルデは、三人と離れて会話を聞いていた重臣のドルグを呼びつけ、皆に状況を説明させた。
「現在、ランカスター卿の件に関わったとされる人物を引き続き調査中となりますが、……今しがた、ルンドベックの大橋付近で騒ぎが起こっていると連絡が入っております」
「なんですって!?」
何も聞かされていなかったのか、王妃エリシアとカイルが顔を青くして立ち上がった。また諍いが始まったのかと立ち眩みがして今にも倒れそうなカイルは、従臣に肩を借り、その場から退場した。
「情けのない。お母様、解決はこのドルグに任せ、我々は叔父様の捜索を続けるということでよろしいですね」
カイルと同じく不安気な表情で頷くだけのエリシア妃は、「頼みましたよ」とドルグに命じた。彼は深々と頭を下げたのちに、一瞬イルデと目を合わせ、広間を出ていった。
カイルの身を案じたエリシアが広間を去り、一人残ったイルデは、別の従臣を呼びつけ、誰にも悟られぬように質問した。
「……状況は?」
「ジェイド様の指揮のもと、外部班と内部班に分かれ、捜索にあたっております」
「して、ジェイドは何処に?」
「ジェイド様は城内をエイヴ殿に任せ、橋に現れた賊の討伐へ向かうと聞いております」
「……ふん。ところで先程からアメリアの姿が見えないようだけど?」
「アメリア様は、今朝方お屋敷内で目撃されたのを最後に、行方を暗ませておりまして。目下捜索中となっております」
「なんですって? すぐに見つけ出しなさい!」
「承知いたしました!」
煙のように従臣は消え、イルデは闇に吸い込まれそうな黒目で、窓外に広がる城下を見つめた。そして手にした扇で口元を覆い隠し、不敵に微笑むのだった ――
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