第29話 天真爛漫なお嬢様


 さっさと逃げようとしていた二人は、その意外すぎる台詞に驚き、思わず振り返った。


 彼女は自分たちの存在を理解し、そのうえで話を振っている。何よりも、ここでまた大男を呼ばれようものならピンチが広がることは明白。ならば逃げるのは第二手。まずは彼女の提案を聞いてからでも遅くはない。

 頷いたカワズは、リリーの羽を摘んで肩に乗せてから、仕方なく指先で湖面を弾いた。それをイエスと受け取った彼女は、少し頷き、再び語りかけた。


「昨日は追い立ててしまい申し訳ありませんでした。あの場では、ああするほかありませんでした」


 どちらかといえば好意的な言葉ぶりに、二人は自然と首を横に倒し、はてなマークを浮かべる。彼女の言葉は、賊とののしって逃亡している二人にかけるべき言葉ではないからだ。

 困惑したカワズは、肯定の意味を込め、一度指先で湖面を弾いた。

 彼女はその意図を読み取り、言葉を続けた。


「賢明なお答えをいただき恐れ入ります。少々乱暴ではございましたが、ジェイドも悪気があったわけではないのです。どうかご寛大に」


 昼間の行動を詫びてから、彼女は自分のことをアメリアと名乗って挨拶をした。

 意図が読めず困惑する二人に対し、アメリアは「それも当然ですよね」と微笑み、語りかけた。


「混乱されるのも無理はありません。ただ、今はわたくしの言葉をお聞きください。決して悪いようにはいたしません」


 しかし二人とて、そんな虫のいい話があるかと全身全霊のお困りフェイスで応えるほかない。あの迂闊で有名なリリーですら罠だと思ったのだから、それも当然である。


「お二人が、どこのどなたかは存じません。ですが、相当に"かくれんぼ"が上手であることは、わたくしにもわかります」


 なんだコイツ、バカにしてんのかと頭にきたカワズとは対照的に、なぜか自分が褒められたと勘違いしたリリーは、恥ずかしそうに「それほどでも⤴️」と頭に手を置く。


「そんな " " であらせられるお二人に、お願いしたきことがございます。どうかこのわたくしめを、この屋敷から連れ出していただきたいのです」


 あまりに唐突で荒唐無稽すぎる提案に、流石の二人も困惑の色を隠せない。

 このお嬢様は、何を言っているのだろうか。

 頭がアアなるアレをアレして、ギンギンにキマっていらっしゃるのだろうか、と。

 しかしアメリアはおかしな素振りもみせず、ただ超然と目的を提示する。

 

「ご存知のこととは思いますが、恐れながら今回の件、わたくしはこの国の権力争いが関わっていると邪推しております。ランカスター叔父おじ様が連れ去られたのも、元を辿れば反国王派が起こした次期王の座へ就くための布石。しかしわたくしに言わせれば、こんなもの、お粗末すぎてお話になりませんわ」


 全力の "この嬢ちゃん何言ってんだフェイス" で「知らん知らん」と首を横に振った二人は、もはや見られているに等しいこの状況を諦めて姿を表した。

 そして彼女にわからせる意味も込めて、ハッキリ「知らん知らん」と否定した。


「うふふ、よもやそのようなご冗談を。お二人はユーモアのセンスもおありなのですね」


 可憐に微笑むアメリア。

「嗚呼、この人は冗談が通じないタイプの人だ」と仏の笑顔で頷いた二人は、面倒くささから話を合わせて続きを促した。


「それで、アメリア様は私たちに何をご所望で?」

「まず手始めに屋敷を抜け出したいのです。ここにいたのでは、できることもできません」


 八段飛ばしで願望を口にするアメリアに、二人はどうして良いものかがわからない。どうやら目の前にいる彼女は、衛兵の顔役であるジェイドより位が高い人物で、かつ相手を気にせず一方的に話を進めるタイプである。しかも大男の『お嬢様』という呼称からも想像できるとおり、下々の民たちとは根本的に考え方が違っている。

 彼女が「お上の常識は万人の常識であり、皆が自分と同じ感覚のうえで生きている」と信じてやまない厄介な人物だとすれば、その後にやってくる地獄は想像に難くない。


「あ、アメリア様。申し訳ございませんが、我々のような庶民にそのような権限はございません。お付きの皆様に直接お申し付けください」


 カワズはもみ手に全力の営業スマイルで、やんわりとお断りした。しかし「またそのような御冗談を」と気にもかけないアメリアは、「では行きましょう」と、まるでピクニックに出かけるよう彼の手を取った。


「お、お嬢様、お待ち下さい。我々のような者に、そのような権限は……」


「構いませんの。全てはわたくし自身が決めたことです。もし貴方方が咎められるようなことがあれば、このわたくしが全力で弁明をいたしましょう。皆様に、一切の非はないのだと!」


「それ、超絶無意味ですから」と喉元まで出かけた言葉を飲み込み、カワズはハハハとやんわり笑顔で誤魔化す。さっさと歩いていってしまう彼女の死角に入ったリリーは、鬼の形相でカワズにまくし立てた。


「(どうすんのよ、この娘。本当に連れてく気!?)」

「(馬鹿言え、そんなことしたら俺たち本当に重罪人になっちまうぞ。どうにかして撒いて逃げるんだよ!)」


「あら、お二人で何を話しているのかしら。せっかくですし、わたくしも混ぜていただけない?」


 庶民との和やかな交友とでも考えているのか、ルンルン気分で逃亡を楽しむ様子のアメリアは、姿が見えたままの素の状態で、スキップ混じりに語りかける。


 どちらにしても、このままでは非常にマズい。

 改めて周囲を見れば、どうやら泉は城内に設えられた観賞用の池で、二人は知らぬ間に王族の屋敷内に入り込んでいたようだった。

 そもそもからして不法侵入なうえ、王家の人間であろうアメリアと接触している状況は非常によろしくない。もしこの場面を誰かに目撃された日には、その時点で重罪が確定。下手をすれば死罪にもなり得る状況に、カワズは目を回した。

 いよいよ高くなっていく陽の光を背中に感じ、己の取るべき行動を模索した小癪な男は、まずアメリアよりも自分の身を案じ、三人の姿を隠した。


「ウフフフ、こんなふうにお出かけすることなんて何年ぶりのことでしょう。わたくし、ワクワクしていますわ!」


 屋敷の敷地内すら出ない段階で " オラワクワクすっぞ " 状態のお嬢様を尻目に、カワズとリリーは最悪の未来を想像し、血の気が引いていた。

 貴族を誘拐しただけでは飽き足らず、王族のご令嬢を城内から拉致。その上、国家転覆を目論んだとなれば、まず死罪は確定。捕まれば、即拷問ごうもんはりつけのすえ、民衆の前で晒し首にされ、鳥の餌となるのは明白である。

 ふわふわご満悦の姫様とは対照的に、歴史上類を見ない極悪人のレッテルを貼られる目前となった二人は、あまりの不幸さによだれを垂らすしかないのである。


「ところで、わたくしたちはこれからどうするのでしょうか。このまま出ていってよろしいのですか?」


 バカ正直に正門から出るつもりだったのか、アメリアはあごに指先を置きながら可愛らしく可憐に質問した。「んなわけねぇだろ」と暴言吐きたい心を鎮めながら深呼吸したカワズは、「少々お待ちを」と辺りの様子を窺った。


 日が出てきたおかげで温度が上昇し、広がっていた霧が晴れ、見通しが良くなった。ただ泉が広がる庭園内は手入れが行き届き、草木のモニュメントも多く、わりかし死角が多かった。これならどうにかなると判断したカワズの脳内は、そこでようやく一つの結論に到達する。

 どうやら目的へ一直線なアメリアを説得することは難しい。

 仮にこの場で彼女を撒いたとしても、衛兵を呼ばれ、賊確定の判を押されてしまえば、もはや言い逃れは不可能。罪人として世に知られることになってしまう。


 ならば進むべき道は一つしかない。

 このまま彼女以外の誰にも知られず、全てを丸くまとめるしかない。

 カワズはワガママなお嬢様に付き合いながら、事態を解決へと導く方向で進めることを決意した。


「まずは裏口から外へ出ましょう。ちなみにアメリア様、これからどこへ向かうおつもりだったのですか?」


「では手始めに、城下の東にある『エアリス工房』というアトリエへ向かってくださる?」


「エアリス工房ですか。そちらで何を?」


「それは行ってみてのお楽しみです。では急ぎましょう。あまり時間もございませんし」


 スカートの裾を掴み、「裏口はこちらです」とアメリアが駆け出した。

 もはやどうにでもなれとヤケクソな二人は、天真爛漫なお嬢様に付き合い、黙って後を追った。

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