第17話 ザンデス オオヌマシタサキナマズ
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「そうして美しすぎる可憐な美妖精様とお供のバカ一匹は、極西の小国ルーゼルを出発し、カイエンへ向けて冒険を始めました。……となるはずだったんですけど、これはどういうことなんでしょうか?」
枝毛ならぬ枝羽根を摘んで放し、摘んでは放すを繰り返しながら聞く。そんな退屈で暇な作業が、既に五時間ほど続いていた。
「アンタさぁ、さっきからアタシの話聞いてる!? いつまでこうしてるつもり!」
リリーの話を無視した青年は、ただただあぐらをかいたまま、眼下の湖面をジッと見つめていた。
「もーイヤ。やっぱりこんな奴と行動するなんて無理。アタシ、もう一人で行くから。じゃあね!」
「……ど~ぞ、お勝手に」
「本当に行っちゃいますけどー。あ、でもアタシが一緒じゃないとアンタの借金チャラにならないんだっけ~? 本当に行っちゃって良いのかな~?」
「行けるものならど~ぞど~ぞ。生還できる自信があるのならど~ぞご自由に」
わざとらしく両手を開いて動かしたカワズは、やたらめったら延々と広がった沼地の風景を一つ一つ実況して説明した。
そこはルーゼルの敷地面積の100倍はくだらないとされる広大な敷地を誇る、『ザンデスの湿地帯』と呼ばれる場所。時に
二人がいたのは、そのほぼ中央に位置する巨大な沼のほとりで、最も近い集落までは全力で走ったとしても数日を要するほどの入り組んだポイントだった。
「こっちの道の方が早いとか安全とか言って、結局アンタ、釣りがしたかっただけじゃない。ざけんじゃないわよ!」
「ブッブー、残念。これは立派な食料調達の手段であり、必要不可欠な作業でーす。決してやりたくてやっているわけではないのですよ、米粒さん」
「ムッカー、わかったわよ。こうなったら出てってやろうじゃないの。後悔しても遅いんだからね!」
充血して紅に染まったバッキバキの眼で中指立てたリリーは、さっさと荷物をまとめ、鼻息荒く出発した。しかし数秒後、遠くに見えていた巨大な岩のような影が徐ろに動き出し、ガゴンッと大きな音を鳴らした。
「あれは確かジャイアントロックヘッド、通称
他人事な無責任発言に加え、ケッケッケと笑った嫌味な男の前方30メートル。
ヤバイヤバイと繰り返すリリーは、「隠れる場所は!?」と前後左右を見回した。しかし沼の周辺は身を隠す障害物が一つもなく、相手からは文字通りの丸見え。発見されるにも時間はかからない。
怒涛の勢いで迫りくるジャイアントロックヘッドの迫力に縮み上がったリリーは、「無理ぃぃぃ(泣)」とカワズを盾に隠れた。すると目標を見失ったように急ブレーキをかけたロックヘッドは、不思議そうにひとしきり周囲を散策したのち、元の
「……あれ、出てくんじゃなかったのぉ?」
「べ、べ、別にアンタに関係ないでしょ。最近運動不足気味だから、ちょっとストレッチしてただけよ」
「ふーん(ニヤケ顔)」
「ッンのクソガキ、いてまうぞワレェ!」
髪を掴んで思い切り引っ張るリリーを無視し、水底の奥の奥を凝視していたカワズは、微かな湖面の揺れを察知した。
すぐにリリーをデコピンで弾き、握った竿をグイッと引き、合わせの作業に取り掛かる。立ち上がって「ふぅぅぅ」と全ての息を吐いたのち、前傾姿勢になって膝裏に力を込めた。
「手応えアリ。くるぞ、くるぞ、くるぞ~!」
微かに震える湖面が、次第に波を帯び始める。円形に広がっていく数センチの飛沫は、次第に高さを増し、すぐに巨大な円柱となって噴き上がった。
「ギャー、なんなのー!?」
水しぶきを上げ、超巨大な魚影が宙を舞った。
ゆうにカワズ数人分の大きさを誇るモンスター魚は、飛び出た大きすぎる目玉をギョロギョロと動かしながら、地面近くでオロオロする小さな羽根の持ち主をターゲットに見据えた。
「あー、あれだ。お前そこにいると食われるぞ」
ちらりと目配せした直後、魚の口から細長い舌がビュッと飛び出した。一瞬で伸び切った舌は、容易くリリーを絡めとり、巻き尺のように勢いよく戻っていく。
「い、イヤァァァ、食べられるー!」
「いわんこっちゃない。お前、本当に食われるの好きだよな」
空中を漂う重量感ある巨大魚を軽くいなしたカワズは、沼の反対側へと魚の進路を導き、そのままビタンと地面に叩きつけた。舌に巻かれたまま地面を跳ねたリリーは、「ミギャー」と悲鳴を上げながら、ようやく開放され、沼地の地面を転がった。ビチビチ跳ね回って抵抗する魚の動きに巻き込まれないよう這って逃げる無様な姿に、プププとカワズが笑みを浮かべた。
気付いたリリーは、顔を真赤にしながら、「こンのクソ男!」と駆け寄り、何度もスネを蹴った。
「もうイヤッ。なんなのこれ、ちゃんと説明なさいよ!」
「説明もなにも、" ザンデスオオヌマシタサキナマズ "、通称
「笑ってる場合か、こっちは食われかけてんのよ!?」
キャッキャウフフ爆笑しながら、背負ったリュックからアダマンタイトナイフを取り出したカワズは、さも中二病バリバリの痛い子のように舌先で刃を舐める素振りをしてから、躊躇なくヌマベロのエラ裏に切っ先を突き刺した。
派手に舞った青紫色の血がキレイ好き妖精の羽根に付着し、「イヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛」と地響きするほどの悲鳴が響き渡った。
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