異の中のカワズ 大海を彷徨う ~誰にも迷惑をかけず釣り師 時々冒険者としてスローライフを送るはずだった俺、異世界最悪の逃亡者となる。妖精国再建のため担がれたので、世界の果てまで逃げまくる所存です

THE TAKE

第1話 無責任に生きてます


 激しい息遣いが、硬い岩盤に反響し、ダンジョン内を駆け巡る――



 焼けるほど熱された空気が立ち込め、回廊のように続く細く長い一本道に、一瞬の閃光が抜けていく。


「ハッ、ハッ、くそっ、エリス、大丈夫か!?」


 緊張感に押し潰されるほど切迫した声は、世の中ごと掻き消してしまうほどの金切音によって、無惨にも上書きされてしまう。

 息を切らして駆けていく冒険者の影が、赤く照らす炎の揺らめきを躱すように通り過ぎていった。


「もう無理よ、逃げ切れない!」

「まだだ、こんなとこで諦めてどうする!?」

「だけど!」


 男女の声に続いて、再びの金切音。

 続いて迫るのは真竜の咆哮。


「アイツ、またをやるつもりじゃ……」

「こんなところで吹かれたらもう逃げ場なんて!」


 大口を開けて構えた赤褐色せきかっしょくの巨大竜は、腹底から絞った魔力を喉奥に溜め、猛禽類に似た強者の眼で、冒険者を見つめている。


「終わった……。俺たち、ここで死ぬんだ」

「い、いやよ、いやぁぁぁぁ!」


 悲鳴に次ぐ悲鳴。

 断末魔の叫び、とでも呼ぶのだろうか。

 死を待つばかりの、無様で無念さだけを滲ませた言葉の数々が闇に吸い込まれていく。赤みを増した竜の肉体は、寸分の迷いもなく、無慈悲に魔力を蓄えている。


 数秒後、熱線に焼かれて絶命する。

 もはや冒険者たちは、開き切った瞳孔の奥から溢れた涙にも気付けない。


 一人は失禁しガタガタと膝を震わせ、一人はガチガチと歯を鳴らし、手にした武器を地に落とした。


「いやだ、死にたく、……死にたくねぇよ」

「やめてよ、おか、お母様……」


《 ……うんにゃ? こぉの手応えは 》


「俺は、俺は、こんなとこで死ぬのか」

「マ、ママ、イヤ、あついのヤダぁ」


《 キタよ……コレ、キタんじゃないの? 》


「やめて、こ、ころしゃないれ」

「は、はは、ダメだ……、終わった……」


《 フィ…… 》


『え? フィ……?』


《 フィッ………… 》


『フィッ…………?』




   フィッッーーーシュッッァ!!




 なんですか?

 死を覚悟していた冒険者たちの視線が、明後日の方向へと振れる。しかしその視線の先には誰の姿もない。


 なのに確実な、何らかの動き ――

 否、確実な



「フィッシュッ、フィッシュ、フィーーッシュ、キタコレ、キタキター!」



 なんの騒ぎですか?

 竜を含めた全員が、動きを止め、何もないはずの空間の奥の奥を見つめる。


 ダンジョンの袖を流れる毒の沼地。


 バシャバシャ揺れる水面。

 嬉々とした躍るような何者かの声。

 ギシギシとしなりを上げる異音。


 鼻を突く腐った水と地面との境目で、バシャバシャと何かがうごめいている。口を開け、ブレスを撃つ寸前だった竜は、ギロリと眼線をズラし、何もない(?)空間を睨みつけた。



「ウグギギ、グギギギギギ」



 軋む音と、地面をこする異音に混じり、苦悶する人の声が漏れていた。「誰?」と呟いた冒険者の言葉にいち早く反応した竜は我に返り、遅らせていた咆哮を冒険者へと吐き出した。



「ウガガガガ、舐めんなよ、風情がぁぁ!」



 全てを溶かすほどの灼熱の炎が発されると同時に、沼地の水面がドゴンと爆ぜた。飛び出したのは、身の丈10メートル以上はあろうかという巨大な " 魚影 " だった。



「いっっよっしゃー、遂に、遂に釣り上げた、やった、やった……、って、ハァァ!? 火ぃぃ!?」



 迫る炎と、釣り上げられた巨大魚が、空中で見事に交錯する。


 巨大な炎の玉を全身で受け止め、「グギョォォ」という世の終わりを彷彿とさせる魚の悲鳴とともに、竿片手に頭を抱えた見窄らしい青年の悲哀に満ちた叫びが、ダンジョン内に響き渡った――




 お、俺の

 俺の釣り上げた、オニドルマン ガーゴイルフィッシュちゃんがー!!(大泣)




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