第35話 眠るための努力

 いつも通りの風景に一つでも違和感があると目立つモノである。

 大学の講義中、通常は影内で寛いでいる筈のまくらが影から出てきて教授たちの話を聞いている状況に疑問を持った彩音が楓に尋ねる。


「――それで、昨日宿題に手間取ったから、まくらにも聞いといて貰おうって話になった」

「わん!」

「そ、それは…楓ちゃんはまくらくんを働かせすぎてると思うの」


 楓が、昨日の夜の出来事を説明すると呆れた様子でため息を吐く彩音。

 まくらタクシーくらいなら兎も角、家事、ましてや大学の勉強などモンスターであるまくらには門外漢過ぎるだろう。

 そのため話を聞けばほとんどの人が思うであろう感想を楓にぶつける。しかし否定のリアクションは彩音の想像外の所から飛んできた。


「わんわん!」

「え、なに? 違うの?」


 楓の移動手段として働き、家に帰れば家事を手伝い、更には宿題まで。どう考えても働きすぎだと彩音は思ったのだが、その考えはまくら本人が否定してくる。


「まくらが働き者なのは間違ってないよ。ただ、何で働いてるかと言えば、私たちの睡眠時間確保のためだから。まくらにゆっくりして貰って私が家事したりするとその分、まくらの睡眠時間が減るから」

「わん!」

「ああ、そっか。『絶対睡眠』以外でも眠れるようになったけど、楓ちゃんの枕の時限定なんだっけ? なるほど。楓ちゃんに似て睡眠時間確保のためならどんな努力も惜しまなくなっちゃったんだね、まくらくんも」

「わふっ」


 ペットは飼い主に似るものだとは良く言うが、ここまで似た者同士な関係も珍しいだろう。


 そんなこんなで講義を終えた楓たち。

 楓たちが通う大学は、それなりの数の探索者が在籍しているのだが、従魔を聴講させるのは珍しかった様子で教授たちも気が漫ろだったのか予定時間よりも早めに終わってくれた。


 そのため、いつもは激込みで利用を渋る学食は空いていたため、そこで昼食を取ることにする楓たち。

 昼食を食べながらする話は、昨日まくらと会話で話題に出た『黒の夢』以外での快眠ダンジョンについてである。


「うーん、そう言ってもここら辺のダンジョンは前に話したのくらいだし、まくらくんが居るから空いてるダンジョンとかの条件が失くなったとはいえ…」

「難しい?」

「くぅん?」

「もう少し遠くなら…うーん」


 とはいえ、楓の行動範囲上にあるダンジョンは全て教わっているため、別途おすすめのダンジョンとなれば、もう少し遠くのダンジョンという話になる。

 しかし、楓たちは忘れているかもしれないが、ダンジョンは睡眠を取る場所では無い。そのため睡眠に適したダンジョンと言う視点で分析されているダンジョンが無いのである。


「少し調べてみるの」

「よろしく頼む」

「わん!」

「期待しないで待っててよ」


 そのため幾ら彩音でも、普段行かないような遠方のダンジョンの寝心地には疎いのは仕方がない事であった。


「逆に眠れないダンジョンってのは、ちょっと前に騒がれてたんだけどな…」

「眠れない?」

「くぅん!?」

「え、あ、うん。そうなの。『常陽都市』ってダンジョンで…」


 ダンジョンの知識には自信のある彩音であったため、ディープ過ぎる質問とは言え即答できなかった事が気まずく、それを誤魔化すように別のダンジョンの話題を話したのだが、思ったよりも楓たちが食いついてしまうので、戸惑いつつもそのダンジョンについて説明する彩音なのであった。



 


 

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眠り姫は今日もダンジョンで 和ふー @qupitaru

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