第31話 トラウマ
知り合いの探索者に話題の眠り姫について訪ねたところ、ちょうど一緒に探索に行くところだからと同行させてくれる事になった。そこまでは良かった。
「えーと彩音。あれは、寝ているのよね?」
「寝ていますね」
「じゃあさっきの宣言は冗談なのよね?」
「いえ、見たところ宣言通り『絶対睡眠』を使わずに寝ていますね…楓ちゃんらし過ぎますね」
しかし、目的地に着き、『絶対睡眠』で寝るだけとなった時に楓が頭のおかしな事を言い出したのだ。
「そういえば、ダンジョン内でスキル使わずに寝たことなかったなぁ~」
「わふぅ!?」
「大丈夫、大丈夫、まくら優秀だもん」
「く、くぅん?」
その結果広がる光景は、ダンジョン内で寝ることに強烈なトラウマを抱えている夢香には信じられない光景であった。
夢香は初めてダンジョンに入場した際、『予知夢』という変わったスキルを手に入れた。
未来の出来事を予知する夢。それが本当であればかなり使えるスキルである。しかしこのスキルの発動にはそれなりのリスクが存在した。それこそが、ダンジョン内で眠らなければならないという事であった。
ダンジョン内で眠る。彼女にとって自殺にも等しいその行動を、どうしても取れないでいた彼女であるが、幸いにも彼女には探索者の才能があった。
折角授かったスキルを使わないのは勿体ない事だが、使わなくともやっていくことが出来ていた。
そしてギルドに入り信頼できる仲間にも出会えた頃、『予知夢』を使ってみようという話になった。
絶対にやる気も無かった夢香だったが、仲間に促され、絶対に守るとも言われ断り切れなかった。
『予知夢』は発動した。その内容は眠っている自分を置いてモンスターの群れから逃げていく仲間たち。取り残された自分はモンスターに襲われる、そんな悪夢のような内容であった。
そんな悪夢に魘され飛び起きた彼女が見た光景は、『予知夢』の内容とほぼ同じであった。違うのは、モンスターに襲われたのは寝ている夢香ではなく、起きている夢香だった点だけである。
ただ起きていたお陰で命からがら逃走に成功したのであった。
そんなトラウマを抱え、仲間への信頼も崩壊した彼女は探索者を事実上引退していた。
そんな彼女は、楓のスキルの詳細を聞いて納得した。絶対に安全な事が保証されている。少なくとも単なる口約束ではなく、スキル説明で。それならダンジョン内で眠れるのも理解できた。
しかしこれは何だ。
「むにゃむにぃ~」
「わふぅ~」
「何で…寝れるんだろう。この狼くんへの信頼?」
「それはあると思います。けど、なぜ寝れるかって話、楓ちゃんなら寝るのが好きだからって答えると思います」
「好きだから…」
好きだから、そんな彩音の言葉を聞いた夢香は、かつてダンジョン探索が楽しかった時の事を思い出す。
そして思う。それとこれとは話が違いすぎると。
「好きだからで寝てるならおかしすぎるって! ダンジョンで寝るなんてメリット皆無でしょ! 寝にくいだろうし」
「ですよね」
「トラウマ抱えて、でも探索者にも未練があって…みたいな複雑で繊細な感情が、この光景のせいでぐっちゃぐちゃなんだけど!」
「それは、楓ちゃんに会いに来た時点で諦めてください。手遅れですので」
「十分身に染みたよ!」
荒ぶる夢香を宥める彩音は、楓のスキルの詳細を聞き、諦めた表情を浮かべていた夢香の姿は霧散した事に内心喜ぶのであった。
余談であるが、通常睡眠から起床した楓は、
「ダンジョンって眠るのに適してないな。基本戦闘音とかでうるさいし」
「わん」
と当たり前の事を呟くのであった。
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