第29話 有名になるとやっぱり

 『転換期』を終えた『黒の夢』は、楓が欲した報酬通り、眠りやすいダンジョンになっていた。

 地面がふかふかになったり、寝具の代わりに出来るような植物が生えていたりなど、楓のように寝具をダンジョンに持って行かずとも眠れる配慮がなされていた。しかし


「ダンジョンの至るところに、探索者を眠りに誘うセイレーンの『歌声』が鳴り響いてて、モンスターもそういった睡眠系の状態異常攻撃を繰り出すのが増えたの。他にも仕掛けられている罠なんかも睡眠関係だし」

「なんと」

「探索者をダンジョン全体で眠らせに掛かってるって話題なの」


 それと同時に、強制的に眠らせるギミックが激増した結果、『黒の夢』は睡眠耐性が必須のダンジョンと化してしまった。

 しかも、セイレーンの『歌声』やキノコ男爵の『睡疱』は、耐性すら貫通して眠らせてしまえるほどの睡力を誇るので、『夜王』のような睡眠拒絶特性持ちか、楓のように眠る覚悟がないと探索が困難になってしまったので、今後どんどん探索する者たちの人数は減っていくだろう。


 そんな話を彩音からされても特に何も思わないのが楓である。思うとしても、探索者の人数が減れば、気を遣う必要が減ってより寝やすくなるなーくらいである、


「まあ、結果的に私が眠りやすくなったという訳か」

「そうかもね。でもその変化のせいで、楓ちゃんがミッションを達成したって噂の信憑性が増しちゃったの」

「私、というかまくらだけどね」

「くぅん…」

「私は人を振り回してモンスターを蹴散らした経験無いから、モンスターを『楓ソード』で倒した場合、どっちが倒した判定になるのか分からないけど、まあ、楓ちゃんがミッション達成したってことで良い気もするの」

「わんわん!」

「そうかな? まあいいか」


 まくらがボスを倒しミッションを達成したとなると、楓を物扱いしてモンスターを倒したと正式に認定されるようで心苦しいため、彩音のフォローに全力で乗っかるまくら。


「それにしても噂か」

「そうなの。あそこのダンジョンの事を『眠り姫の寝床』とか呼ぶ人もいるくらい」

「くぅん!? わんわん!」

「…まくら、対抗心を燃やすんじゃない」

「どうしても、成長したダンジョンみて楓ちゃん連想しちゃうみたい」


 そして、探索者たちの間で囁かれ出した、ミッションを達成したのは楓ではないかという噂。

 『転換期』当日にダンジョンの踏破が出来そうな探索者が楓以外にいなかった点や、ミッションがクリアされた後、誰も名乗りでなかった点、そして『楓ソード』らしき人間を振り回している黒い物体を見掛けたという証言から、楓がミッションを達成したのではと噂が流れた。一部では『楓ソード』作戦をほぼドンピシャで言い当てた猛者まで存在した。


 しかし探索者歴2ヶ月ほどの楓がダンジョン踏破なんてと考える者も多かった。しかし『転換期』によって変化したダンジョンがどうしても楓を連想させるとあっては、否定していた者たちの歯切れも悪くなると言うものであった。


「それで、私とまくらがミッション達成しましたって噂が流れると不味いん?」

「わふぅ?」

「うーん、私とかなら逆に嬉しいまであるけど、楓ちゃん視点で考えると……睡眠時間が減っちゃうかも」

「それは一大事じゃないか!」

「わんわん!」


 勧誘攻めにあったり、協会からの指名依頼が増えたりなど、楓的に様々なデメリットが存在するのだが、そういう事を事細かに説明しても楓は一ミリも理解しないので、楓的に一番のデメリットを挙げる彩音なのであった。

 


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