第2話 子供がアイスクリームを欲しがるが、1つ500円の値が付いていて、親は子供に「3回おしっこ我慢したら買ってやる」と言う。

暖かな午後の公園。木々の緑が陽光に映え、子供たちの笑い声が風に乗って広がっていた。その中を散歩していた正二と子供たちは、遊具で遊び疲れた後、帰り道に差し掛かった。そこで、突然次男の和夫が声を上げた。

「お父さん!アイスが食べたい!」

和夫の視線の先には、カラフルなアイスクリームの自動販売機が輝いていた。手を引かれた良子と一緒に正二もその方向を見やると、目立つ看板に「1つ500円」の文字が目に飛び込んできた。

正二は心の中でため息をついた。最近の生活の厳しさが頭をよぎる。家計は火の車、贅沢品に使うお金なんてほとんどない。それでも子供たちの願いを無下にはしたくなかった。少し考えた末に、正二は少しだけ冗談を交えて言った。

「うーん、アイスは美味しそうだな。でも、和夫、おしっこ3回我慢したら買ってあげるよ。」

その言葉に、周囲の人々の目が一斉に正二に向けられた。驚いた顔や、どこか困惑した表情が混じる。けれども、和夫はその条件を受け入れるように、真剣な顔つきで頷いた。

「うん、わかった。おしっこ3回我慢する!」

和夫の決意に満ちた声が公園に響く。彼はその日から本当におしっこを我慢することを心に決めた。正二は内心で申し訳なさと、その一方で子供の純粋な頑張りに心を打たれた。良子もその様子を見守りながら、家族の絆を感じていた。

翌朝、和夫は学校に行く前に正二に報告した。「お父さん、昨日の夜もおしっこ我慢したよ!」

正二は微笑みながら頭を撫でた。「よく頑張ったな、和夫。でも、体に無理はしないでね。」

学校でも、和夫は友達にその話を自慢げに語っていた。「僕ね、おしっこ3回我慢したらアイスクリームがもらえるんだ!」

友達は驚いた顔で和夫を見た。「すごいね。でも、本当に我慢できるの?」

和夫は自信満々で頷いた。「もちろんさ!」

一方、正二と良子は家計のやりくりに苦労していた。消費税の影響で日々の買い物すらも大変な中、子供たちのために何とか少しでも贅沢をさせてあげたいと考えていた。

数日後の夕方、和夫が再び正二に報告した。「お父さん、今日もおしっこ我慢したよ!これで3回目!」

正二はその言葉に胸が熱くなった。子供の純粋な努力が、親としての自分に大きな影響を与えていることを感じた。「よし、約束通りアイスクリームを買ってあげよう。」

家族全員で公園に向かい、和夫が憧れていた自動販売機の前に立った。正二は500円玉を取り出し、機械に入れた。アイスクリームが出てくる音に、和夫の目が輝いた。

「お父さん、ありがとう!」和夫はアイスを手にし、嬉しそうに言った。

周りの人々もその様子を見守り、微笑んでいた。その中には先日、公園で見かけた若い母親もいた。彼女は良子に近づき、そっと声をかけた。

「お子さん、本当に頑張りましたね。」

良子は微笑んで答えた。「ええ、子供の頑張りに、私たちも励まされました。」

その後、家族全員でベンチに座り、アイスクリームを分け合いながら食べた。正二と良子は、子供たちの笑顔を見ているだけで幸せな気持ちになった。

正二は心の中で決意を新たにした。これからも家族のために頑張り続けよう。そして、どんな困難が待ち受けていようとも、家族一丸となって乗り越えていく力を信じていた。

良子も同じ気持ちだった。彼女は正二の手を握り締め、未来への希望を胸に、家族と共に歩んでいくことを誓った。

その日、公園でのアイスクリームは、家族の絆を一層強くする出来事となった。そして、和夫の純粋な努力が、家族全員に新たな力を与えたのであった。


しかし、その幸福な時間は長くは続かなかった。公園からの帰り道、正二たち家族はひどい渋滞に巻き込まれた。街中の通りが封鎖され、警察のサイレンが響き渡っていた。何事かと尋ねると、近くでデモが発生し、警察が対応に追われているとのことだった。

その夜、家に帰りついた家族はニュースを見た。テレビ画面には、消費税100%の政策に対する大規模な抗議デモの映像が流れていた。人々は生活苦に耐えかねて街に出て、自らの声を上げていた。暴徒化する群衆、火炎瓶が投げられ、警察とデモ隊の衝突が激化していた。

正二は心配そうに良子に言った。「このままじゃ、生活がますます厳しくなるかもしれないな。」

良子は深刻な表情で頷いた。「何かしら対策を考えないと。子供たちの未来が心配だわ。」

翌日、正二は職場での給与が減額されるという通達を受け取った。会社もまた、この厳しい経済状況に対応せざるを得なかった。正二は家族にこのことをどう伝えるべきか悩んだ。

夜、家族が夕食を囲む中、正二は意を決して話し始めた。「みんなに話さなきゃいけないことがあるんだ。僕の給料が減らされることになったんだ。」

子供たちは驚いた顔で正二を見つめ、良子は唇を引き結んだ。「どうしてそんなことに…?」

「会社も経済状況の影響を受けているんだ。だから、これからはもっと節約しなきゃいけない。」

その日から、家族はさらに厳しい節約生活を余儀なくされた。食事は質素なものになり、子供たちの習い事も辞めざるを得なかった。和夫は学校で友達にアイスクリームの話をしていたが、次第にその話題に触れることが少なくなった。

ある日、和夫が学校から帰ると、泣き顔で正二に抱きついた。「お父さん、お腹が痛いよ…。」

正二は驚いて和夫の額に手を当てた。熱がある。すぐに良子と一緒に病院に連れて行くと、医師は深刻な顔で言った。「栄養不足が原因かもしれません。しっかりした食事を取る必要があります。」

正二と良子は絶望的な気持ちになった。子供たちの健康まで脅かされる状況に、どう対処すればいいのか見当もつかなかった。

その夜、正二と良子はベッドで静かに話し合った。「何とかして、子供たちに必要なものを提供しなければ。もっと節約するにしても、限界があるわ。」

正二は苦渋の表情で頷いた。「もう少しで給料日だから、それまで何とか持ちこたえよう。僕も追加のアルバイトを探してみるよ。」

良子も決意を新たにした。「私も何か仕事を探すわ。子供たちのためにできることは何でもする。」

しかし、その後の数週間も厳しい日々が続いた。物価はさらに上昇し、生活必需品さえ手に入りにくくなっていた。家族全員が協力し合って何とか乗り切ろうとしたが、その道は厳しく、終わりが見えないように感じられた。


数週間が過ぎても状況は改善しなかった。むしろ、悪化の一途をたどっていた。日用品や食料品の値段は毎日のように上がり、スーパーの棚は空になることが多くなった。正二と良子は子供たちの健康を心配し、日々の食事をどう工夫すれば栄養が足りるのか悩んでいた。

ある日、正二が会社から帰宅すると、リビングには静かな緊張感が漂っていた。良子はテーブルに広げた家計簿を見つめ、顔に深い皺を寄せていた。

「どうしたの?」正二が尋ねると、良子はゆっくりと顔を上げ、疲れ切った目で答えた。

「もう限界かもしれないわ。光熱費も滞納し始めているし、子供たちに必要なものも買えなくなってきた。」

正二は無力感に襲われた。毎日必死に働いているのに、家族を守ることができないという現実が彼の胸に重くのしかかっていた。

翌朝、正二は早朝の薄明かりの中で、駅前にある労働相談所に足を運んだ。追加のアルバイトを探すためだった。待合室には同じように困窮した表情の人々が溢れていた。相談員に呼ばれて席に着くと、正二は状況を説明し、どんな仕事でもいいから紹介してほしいと頼んだ。

相談員は同情の眼差しを向けながらも、現実の厳しさを伝えた。「今はどの仕事も倍率が高く、すぐに見つかる保証はありません。でも、何とか探してみます。」

その日、正二は紹介された日雇いの仕事に向かった。建設現場での肉体労働だった。慣れない仕事で体中が痛み、帰宅すると疲れ果てていたが、それでも家族のために頑張るしかなかった。

一方、良子も知り合いの伝手を頼って、近所の飲食店でアルバイトを始めた。朝早くから夜遅くまで働き、家に帰る頃には疲労で倒れそうになっていた。しかし、子供たちのために少しでも収入を得ることが重要だった。

ある夜、家族が揃って夕食を囲んでいると、太郎がぽつりと呟いた。「お父さん、お母さん、僕も何か手伝いたい。友達のお父さんも大変で、僕たちも一緒に家計を助けようって話してるんだ。」

正二と良子は胸が締め付けられる思いだった。「太郎、ありがとう。でも、君はまだ子供なんだ。勉強と遊びに集中してほしい。」

太郎は頑張って微笑みを浮かべながら言った。「でも、僕たちも家族の一員だから、何かできることがあるはずだよ。」

その言葉に、家族全員が再び団結を感じた。困難な状況にあっても、支え合うことで希望を見出そうとする気持ちが芽生えていた。

しかし、現実はますます厳しくなる一方だった。デモや暴動は全国に広がり、政府も対応に追われていた。ニュースでは、経済崩壊の危機が叫ばれ、社会全体が不安と混乱に包まれていた。

そんな中、正二と良子は一日一日を乗り越えることに全力を注ぎ続けた。家族の絆が彼らの唯一の支えだった。絶望の中でも、お互いに励まし合い、明日への希望を持ち続けることが、彼らの生きる力となっていた。

それでも、暗雲は依然として立ち込め、彼らの未来は依然として不透明だった。


その後の数ヶ月、正二と良子はお互いに支え合いながら、何とか家計をやりくりしていた。子供たちも協力的で、無駄遣いをしないよう心がけていたが、それでも生活は厳しかった。物価の上昇は止まらず、節約しても追いつかない現実が彼らを苦しめていた。

ある日、学校から帰ってきた和夫が、元気のない声で言った。「お父さん、お母さん、学校で給食がなくなるかもしれないって話してたよ。」

正二と良子は顔を見合わせ、驚きと不安が広がった。給食は栄養を補う貴重な手段であり、それがなくなることは子供たちの健康に直結する問題だった。

「どうしてそんなことになったんだろう?」正二が聞くと、和夫は肩をすくめた。「先生も詳しくは教えてくれなかったけど、学校の予算が足りなくなったみたい。」

正二は深いため息をつき、頭を抱えた。家計だけでなく、子供たちの学校生活までが影響を受けていることに胸が痛んだ。

その夜、正二と良子はさらに真剣に話し合った。「このままでは、子供たちの健康が危ないわ。」良子が言った。

「僕もそう思う。何とかして状況を改善しなければならない。」正二は決意を込めて言った。

次の日、正二は再び労働相談所に向かった。今度は、もっと安定した仕事を求めていた。相談員に事情を話し、どんな仕事でも構わないと伝えた。

「分かりました。できるだけ早く何か見つけられるように努力します。」相談員は親身になって答えた。

数日後、正二は新しい仕事を見つけた。近くの工場での製造業務だった。給与は決して高くはなかったが、定収入が得られることは家計にとって大きな助けとなるはずだった。

一方、良子も新たな仕事を見つけた。地域の小さなスーパーでのレジ係だった。働く時間は長かったが、家族のために少しでも収入を増やすことが重要だった。

ある夜、家族全員が夕食を囲んでいると、和夫が元気な声で言った。「お父さん、お母さん、僕たちも何か手伝うよ!友達と一緒に空き缶を集めてリサイクルする活動を始めたんだ。」

正二と良子はその言葉に胸が熱くなった。「和夫、ありがとう。君たちの努力が本当に助けになるよ。」正二が言った。

和夫は嬉しそうに頷き、「みんなで協力すれば、きっともっと良くなるよ!」と力強く言った。

その日から、家族全員が一丸となって努力を続けた。正二は工場での仕事に精を出し、良子はスーパーでの勤務に全力を尽くした。子供たちも、リサイクル活動や学校での節約を続け、家計の支えとなった。

困難な日々が続く中でも、家族の絆はますます強くなっていった。お互いを思いやり、助け合うことで、どんな逆境も乗り越えられるという希望を持ち続けた。

ある日、和夫が学校から帰宅すると、嬉しそうに報告した。「お父さん、お母さん、学校で給食が復活することになったよ!」

正二と良子は驚き、そして喜びの声を上げた。「本当かい?それは良かった!」

和夫は頷き、「先生が、地域のみんなが協力してくれたからだって言ってた。みんなの力で、学校も元気になったんだ。」

その言葉に、正二と良子は深い感動を覚えた。困難な状況でも、人々が助け合うことで乗り越えられることを再確認した。

そして、家族全員が未来に向けて新たな決意を胸に抱いた。どんな困難が待ち受けていても、お互いを支え合い、希望を持ち続けることができれば、必ず道は開けると信じていた。

ある朝、和夫が学校から帰ってくると、いつも元気な彼の顔が曇っていた。リビングで家計簿をつけていた良子はその様子に気づき、「和夫、どうしたの?」と声をかけた。


和夫はため息をつきながら答えた。「お母さん、学校で給食が急に中止されることになったんだ。」

良子は驚いて顔を上げた。「どうしてそんなことに?」

和夫は肩をすくめ、「先生も詳しいことは教えてくれなかったけど、予算が足りなくなったって言ってた。だから、しばらくの間、給食はなしだって…」

その夜、家族全員が夕食を囲んでいると、和夫がその話を再び持ち出した。正二も驚きと不安を隠せなかった。「学校の給食がなくなるなんて…これからどうするんだ?」

「毎日お弁当を持たせるしかないわね。でも、それも大変だわ。」良子はため息をつきながら言った。

「今の状況で、お弁当を作るための材料を揃えるのも一苦労だし、時間もかかる。」正二は頭を抱えた。「でも、何とかしないと子供たちの栄養が心配だ。」

翌朝、正二は早めに家を出て、職場に向かう前に近所のスーパーに寄った。しかし、棚は空っぽで、必要な食材がほとんど手に入らなかった。仕方なく、わずかに残っていたパンや安価な缶詰を買い、急いで家に戻った。

その日から、良子は早朝から起きて、少ない食材で工夫を凝らしたお弁当を作る日々が続いた。毎晩、翌日の弁当の準備をしながら、彼女は限られた食材で子供たちの栄養をどう確保するか悩んだ。

和夫や太郎、次男の健太も学校で友達と話し合いながら、どうやってお弁当を充実させるかを考えた。ある日、和夫が家に帰ってきて言った。「友達の家でも同じ問題があって、お母さんたちが協力してお弁当を作ることにしたんだ。みんなで少しずつ食材を持ち寄って、一緒に作るんだって。」

良子はその話を聞いて希望を見出した。「それはいい考えね。私もそのグループに参加させてもらえないかしら?」

次の日、良子は他の母親たちと一緒に食材を持ち寄り、共同でお弁当を作る計画に加わった。こうして少しずつだが、子供たちの栄養を確保するための工夫が始まった。

正二もその間に追加のアルバイトを見つけ、家計を支えるために昼夜問わず働いた。疲れ果てることもあったが、家族のために努力を続けることが彼の支えだった。

数週間が過ぎても、給食再開の目処は立たなかった。しかし、家族と地域の協力のおかげで、和夫たちの学校生活は何とか続けられていた。子供たちは食材を持ち寄ってお弁当を作る楽しさを見出し、お互いに助け合うことの大切さを学んだ。


正二の疲労は限界に達しつつあった。彼は昼間の仕事に加えて夜間のアルバイトを続け、ほとんど寝る間もなかった。それでも家族のために頑張り続けた。

ある日、正二が仕事から帰ってきたのは深夜だった。疲労困憊の彼は、玄関を開けるとすぐにソファに倒れ込んだ。良子はその姿を見て心配そうに寄り添った。「正二、大丈夫?休まないと体がもたないわ。」

正二はかすかな笑みを浮かべ、「大丈夫だよ、良子。でも、少しだけ休ませてくれ。」と言って目を閉じた。

しかし、その翌日も、その次の日も、正二は無理を重ねた。朝早く家を出て、夜遅くに帰る生活は続き、体力と気力を消耗し続けた。家族の前では何とか元気を装っていたが、実際には体の限界が近づいていた。

そんなある朝、正二は仕事に出かける準備をしていたが、突然目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちた。良子の悲鳴が家中に響き渡り、子供たちも駆け寄ってきた。

「お父さん!お父さん!」和夫が涙ながらに叫び、太郎と健太も心配そうに見守っていた。良子はすぐに救急車を呼び、正二は病院に搬送された。

病院の待合室で、良子と子供たちは不安と恐怖に包まれていた。やがて、医師が現れ、深刻な顔で話し始めた。「ご家族の方ですね。ご主人は過労による急性の体調不良で倒れました。しばらく入院が必要です。」

良子は涙を浮かべながら「過労…そんなに無理をしていたなんて。」と呟いた。

医師は頷き、「今はとにかく安静が必要です。しばらくは仕事を休んで、体を休めることが一番大切です。」

その言葉を聞いて、良子は深く息をつき、決意を新たにした。子供たちも不安そうな顔をしていたが、母親の強さを感じて少し安心した様子だった。

正二の入院生活が始まり、家族は彼の不在を感じながらも、何とか日常生活を続けた。良子は正二の分まで頑張り、仕事と家事を両立させながら子供たちを支えた。和夫や太郎、健太も、それぞれの力で母親を手伝い、家族全員が協力して困難を乗り越えようとした。

入院から数週間が経ち、正二の体調は徐々に回復していった。医師から退院の許可が出たとき、家族全員が病院に駆けつけ、正二を迎えに行った。

正二はまだ疲れた表情をしていたが、家族の姿を見るとほっとしたように微笑んだ。「みんな、心配かけてごめん。でも、これからは無理をしないようにするよ。」

良子は優しく微笑み返し、「そうね、私たちも頑張るから、一緒に少しずつ乗り越えていきましょう。」

家に帰った正二は、久しぶりに自分のベッドで休むことができた。家族全員が彼の周りに集まり、穏やかな時間を過ごした。その夜、正二は静かに思った。これからは家族のために無理をするのではなく、家族と共に支え合いながら生きていくことの大切さを忘れずにいようと。

そして、再び新たな困難が訪れたとしても、家族一丸となって乗り越えていく力があると信じていた。


正二の入院生活が終わり、彼が家に戻ってから数週間が経過した。家族は再び平穏な日常を取り戻しつつあったが、今度は良子が過労とストレスの限界に達しつつあった。正二の入院中、彼の分まで頑張ってきた良子の疲労は日に日に蓄積していった。

ある晩、子供たちが寝静まった後、良子はキッチンで次の日の準備をしていた。彼女は最近、立ちくらみや頭痛を感じることが多くなっていたが、それでも家族のために無理を続けていた。正二が寝室から出てきて、良子に声をかけた。

「良子、大丈夫?顔色が良くないよ。」

良子は無理やり笑顔を作り、「大丈夫よ、正二。ただ少し疲れているだけだから。あなたも無理をしないで休んでね。」と言った。

しかし、その翌朝、良子は朝食の準備をしている途中で突然目の前が真っ暗になり、倒れ込んでしまった。台所から響く大きな音に驚いた子供たちと正二が駆け寄った。

「お母さん!お母さん!」和夫が泣き叫び、太郎と健太も恐怖に震えていた。正二はすぐに救急車を呼び、良子は病院に搬送された。

病院の待合室で、正二と子供たちは再び不安と恐怖に包まれていた。やがて、医師が現れ、重々しい表情で話し始めた。

「ご家族の方ですね。奥様は過労とストレスによる急性の体調不良で倒れました。これからしばらく入院して、安静にする必要があります。」

正二は胸が痛む思いで、「良子も…こんなに無理をしていたなんて。」と呟いた。

医師は頷き、「今はとにかく休息が必要です。過労とストレスが重なり、体が限界に達していました。しばらくは仕事も家事も全て休んで、療養に専念してください。」

正二は深く息をつき、決意を新たにした。自分が良子の代わりに家族を支えなければならないという責任感が彼の心に重くのしかかった。


場所は変わって、財務省の窓口で、築地さんは汗をかきながら、怒れる男性に問い詰められていた。

「ふざけるな!100%の税金を払え、などと言われてもムリだろう!」

男性は真っ赤な顔で怒鳴りつけ、つばを散らしながら罵声を浴びせてくる。築地さんは額に血管が浮かび上がり、説明に窮していた。

「消費税の引き上げは、財政健全化のための重要な改革です。ご理解を...」

「ふざけるな!一体どこが健全なんだ!家族の生活が成り立たなくなるだろう!」怒れる男性の声が財務省の窓口に響き渡った。

築地さんは必死に冷静さを保とうとしながら、なんとか言葉を紡いだ。「おっしゃることは理解しています。しかし、財政赤字を解消し、社会保障制度を維持するためには、このような対策が必要なのです。」

「理解できるわけがないだろう!」男性は拳を振り上げながら叫んだ。「こんな税金のせいで、俺たちは生活ができなくなるんだ!子供たちにまともな食事もさせられない!」

築地さんは深いため息をつき、次の言葉を探していた。しかし、別の職員が近づいてきて、築地さんを助けるように声をかけた。「すみませんが、こちらで対応させていただきます。お客様、少し冷静になってお話を聞いていただけますか?」

怒れる男性はしばらくその場で立ち尽くしたが、やがて少しずつ気持ちを落ち着かせるように深呼吸をし始めた。「…どうすればいいんだ?どうすれば、この税金の負担を軽くできるんだ?」

新しい職員は優しく微笑み、「政府も皆さんの負担を軽減するための対策を検討しています。例えば、低所得者層への支援策や、一部の生活必需品に対する税率の見直しなどです。具体的な提案がまとまり次第、速やかに発表される予定です。」

「それでも、今すぐにどうしようもない状況なんだ…」男性の声は次第に弱まり、肩を落とした。

「私たちも可能な限り支援できるよう努めます。お困りの点やご相談があれば、いつでもお知らせください。」職員は真摯な態度で話し続けた。

男性はしばらく黙り込み、深い息をついてから、「…ありがとう」と呟いた。「何かしら助けがあるなら、それに期待するしかないんだな。」

職員は頷き、「はい、おっしゃる通りです。私たちも皆さんの声を政府に伝え、改善に努めてまいります。」

その後、男性は少し落ち着きを取り戻し、職員に感謝の言葉を述べてから窓口を後にした。築地さんは深いため息をつき、今日もまた一日が過ぎ去っていくことを感じながら、次の対応に向けて気持ちを切り替えた。

職場の空気は依然として重苦しいが、築地さんは自分の仕事の重要性を再確認し、できる限り市民のために尽力し続けることを誓った。日々の困難を乗り越え、少しでも多くの人々の生活を支えるために、自らの役割を全うし続けることが、彼の使命であると信じていた。


翌日、築地さんは財務省に向かう途中、街を歩いていると、ある店の前で起きた光景に気づいた。

幾人かの市民が店の前に集まり、激しく議論していた。築地さんは近づいてみると、パン屋さんで、店主が泣きながら「今日はパンを焼くことができません」と言っているのが分かった。

「100%の消費税のせいで、原材料の価格が高騰し、適正な価格でパンを販売できなくなったのです」店主は嗚咽しながら説明した。

集まった市民たちの中には、「パンなしではお子さんに給食を持たせられない」と嘆く主婦の姿もあれば、「朝食を抜くと仕事が手につかない」と訴える作業員の姿もあった。

築地さんは胸が痛んだ。政府の施策は、何としても国民の暮らしを守ることが目的だったはずだ。しかし、その結果が庶民の生活を脅かしているのを目の当たりにし、築地さんは自問自答するしかなかった。

「財政健全化は重要だが、そのために国民を犠牲にしてはいけない。私たち公務員は、この事態を政府に報告し、何かしらの対策を求める責任がある」

築地さんはすぐさま上司に状況を報告した。上司も深刻な表情で頷き、関係部局と協議を重ね、政府への働きかけを開始することになった。

一方その頃、与野党や経済界を巻き込んだ議論が過熱化していた。一部の政治家からは「100%消費税は過剰だった」という指摘も出始め、税制の見直しを求める声が徐々に高まっていった。

日々の課題に追われながらも、築地さんは可能な限り市民の声に耳を傾け、それを上層部に伝え続けた。多くの国民の支持なしには改革は成り立たないと心に銘じ、一人でも多くの市民の命綱となれるよう、懸命に努力を重ねていった。

時間はかかるかもしれないが、築地さんは確信していた。国民の声に真摯に向き合えば、いつかは道は開けると。その日が来るまで、彼は堅く立ち続けるつもりだった。

数か月が経っても、事態は一向に改善される気配がなかった。政府は消費税100%の施行を固守し、国民の怨嗟の声に対して一向に耳を傾けようとしなかった。

パン屋の店主は、経営が立ち行かなくなり、ついにパン屋を閉店せざるを得なくなった。彼は涙を流しながら、看板を剥がした。「これで私たち家族の生計は絶たれてしまう」

怒れる男性も、収入が減り、子供たちに十分な食事を与えられなくなってしまった。「国は、国民の命綱を断ち切ろうとしているのか?」彼は虚ろな目で呟いた。

街の至る所で、店が閉まり、家族が路頭に迷う光景が増え続けた。国民の間から上がる怒りの声は、日増しに高まっていった。

「こんな酷い生活を強いられて、いったい誰が幸せになれるというのか」

「子供たちの将来が奪われてしまう」

「どうすれば良いのか、もうわからない」

築地さんも、日々、窓口で国民から怨嗟の声を浴びせられていた。しかし、上層部はそうした声を無視し続け、財政健全化に舵を切り続けた。

「財政再建は不可欠です。国民には我慢を強いられますが、将来のために、今こそ身を粉にしなければなりません」

上層部からはそういった言葉しか返ってこなかった。

築地さんは国民の声に心を痛め、自らも途方に暮れていた。公務員として何ができるのか、見当もつかなくなってしまった。しかし、上層部には報告を続けるしかなかった。

「市民の皆さんは、本当に苦しい状況に置かれています。何か対策を練らなければ....」

しかし、上層部の返事は常に同じだった。

「今は堪えるしかない。財政健全化の先が見えれば、一気に景気も良くなるはずです」

一方で、野党や経済界からは、消費税100%への批判が強まっていった。しかし、与党は動く気配を見せなかった。国論は二極化していった。

日増しに圧迫されていく国民の生活。けして改善される気配のない事態。そして、耳を塞ぐ政府の姿勢。

築地さんはますます苦しみ、自らの無力さに打ちひしがれていった。公務員としての使命感と焦燥感が、日に日に募るばかりだった。

そうした中で、暴動や騒乱が起きない日はなくなった。都内各所で、過激なデモが連日行われるようになってしまった。

一体、誰が、何が、この困難な事態を打開するのか。前途は不透明極まりない。

建て直しの光は、どこにも見えなかった。

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