無自覚異常者の俺にラブコメを求められても困るんだが……この貞子みたいなのがヒロインなのか? A.もちろん美少女です!

斜偲泳(ななしの えい)

第1話

 ある日の放課後。


 俺は担任の互井たがい先生に呼び出され、友達を作るよう命じられた。


「なぜですか」


 当たり前の質問に、気弱そうな女教師が視線をそらす。


廻間はざま君には友達が一人もいないようなので……」

「俺に友達がいないのは今に始まった事じゃないですし。別に欲しいとも思ってないし困ってもいないんですが」

「う~……」


 互井先生は頭を抱えると、友情の素晴らしさについて語り出した。


 だが俺には、先生自身自分の言っている言葉をなに一つ信じていない様に思えてならない。


「本当にそんな事を思ってるんですか?」

「思ってませんけど……」


 そこは嘘でも思っていると言う場面ではないのだろうか。


「ていうかぶっちゃけると、廻間君が一年生の時の担任の先生に、廻間君に友達が出来るよう指導して下さいって丸投げされちゃったんですぅ! 私はこの通り新米教師で、とっても肩身が狭いんですぅ! だからお願いします! 私を助けると思って、頑張って友達を作って下さい!」


 なるほど。


 そういう事情なら仕方ない。


「分かりました。努力します」


 そういうわけで、早速俺は行動した。


 翌日、クラスメイトの全員に友達になってくれと頼んで回ったのだ。


 駄目だった。


 どうやら俺は嫌われているらしい。


 昔から、なぜか俺は人から嫌われやすいタチなのだ。


 そんなわけで、俺は友達の対象を全校生徒まで広げる事にした。


 だが、一人一人聞いて回るのは面倒だし非効率だ。


 そこで俺は考えて、友達が欲しい奴が集まる同好会を作る事にした。


 その名も友達同好会。


 これならば俺が動かなくても友達の欲しい奴が勝手に集まって来るだろう。


 同好会を作るには顧問を用意しなければいけないので、互井先生にお願いした。


「えぇ……」


 自分から言い出したくせに、互井先生は迷惑そうだった。


 薄給でこき使われている教師だ。


 仕事が増えるのが嫌なのだろう。


 その気持ちは理解出来るが。


「先生の為にやっているんです」


 これくらいは協力してくれてもいい筈だ。


 名前を借りるだけだし、手間をかける予定もない。


 その事を簡潔に伝えると、かなり渋々だが了承してくれた。


 そんなわけで、不人気な部やマイナーな同好会が雑多に寄せ集められた、旧校舎の三階の端にあるチンケな空き部屋が部室となった。


 それから一週間、俺は図書室で借りた本を読みながら部室で入部希望者を待っている。


 宣伝の貼り紙を各所に張ったが、クラスメイトの奇異の目が強くなるばかりで入部希望者がやってくる気配はない。


 俺は少しも焦らなかった。


 そもそも別に友達が欲しいわけじゃない。


 古株のお局教師に圧をかけられ教え子に泣きつく哀れな互井先生の、猫の額ほどの肩身を守るべく、友達を作る努力をしているだけだ。


 互井先生も本気で俺に友達が出来るとは思っていないようだし。俺が友達を作る努力をする事で、私はちゃんと指導していますと周りにアピール出来ればそれでいいのだろう。


 だから、入部希望者が来なくても俺は全く困らなかった。


 放課後の部室でいつ来るとも知れない入部希望者を待つ事も苦ではない。


 自分だけの空き教室を手に入れて、ゆっくり読書を楽しめるこの状況が気に入りつつあるくらいだ。


 そんなある日の事だった。


 コッ……。コッ……。コッ……。


 死にかけのニワトリが啄むような、弱く陰気なノックが静寂を破った。


 存在しない世界の奇祭について解説する本から視線をあげる。


 ドアの小窓の擦りガラスには黒い影が映っていた。


「――――――」


 影が何かを言ったのだが、小さすぎて聞き取れなかった。


「鍵はついてない。用があるなら入ってこい」


 影は返事をしなかった。


 なにをするでもなく、ただドアの向こうに立ち尽くしている。


 俺は読書を再開した。


 途中で修正が入ったのだろう。


 全裸で自転車を乗り回す奇祭に、現在は実在すると注釈が入っていた。


 環境問題に関係する祭りで、ロンドンで行われているらしい。


 事実は小説より奇なりと言う。


 この調子だと、その内全ての項目に同じような注釈が付きそうだ。


 キィィィィ……。


 建付けの悪くなった扉がか細い悲鳴をあげた。


 真綿でゆっくり首を絞めるような、長く苦し気な悲鳴だった。


 その音が聞こえなくなるまで待ってから視線をあげた。


 開き切ったドアの向こうに、制服を着た貞子が立っていた。


 腰まで届く長い黒髪がカーテンのように顔面を覆っている。


 枯れ枝のような四肢を持つ中背の痩躯で、肌は死人のように青白い。


 制服を着ている事を除けば、テレビから這い出した貞子そのものといった風貌だ。


 女は老婆のように腰を曲げ、古典的なゾンビみたいに両手を伸ばし、ヒタヒタとこちらに近づいてくる。


「ぃ、ひひひ、ぃひひひひ……」


 黒髪のカーテンの奥から、引き攣った笑い声がジトリと染み出した。


 俺は読みかけのページに栞を挟んで本を閉じた。


「ようこそ友達同好会へ。二年一組、部長の廻間最孤はざま さいこだ。君の入部を歓迎する。今この瞬間から、俺達は友達だ」

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