第43話 ノア・ジウスドラ


 一方その頃ルーナは会場を歩いて回って、話を聞けそうなカモを探していた。

 社交界でセレスティアル家の令嬢として名を馳せるルーナなら、その可愛い容姿も相まって、有る事無い事聞き出せるだろう。


「ルーナ?」


 ほら釣れた。背後から男性に声をかけられる。その声には聞き覚えがあった。どうしたって間違えるわけがない。

 反射的に振り向くとそこにいたのは、


「──お父様、お母様」

 

 ルーナの父と母だった。

 父は固めたオールバックの髪と整えられた髭のダンディな紳士で、母はルーナとよく似た桃色の髪の淑女だ。二人ともキヴォトス住民のバッジを付けている。


 ルーナは二人から目を逸らす。アンナと決闘に負けたことで、ルーナは家を勘当されている。合わせる顔がなかった。

 

「なあ、ルーナ。私たちと一緒にキヴォトスで暮らさないか」


 不意を突かれて、ルーナは二人の顔を見た。両親は申し訳なさそうにしている。


「あの時は私が悪かった。ルーナのことをわかっていなかった」


「聞いたわよ、成績が学年トップだって。よく頑張ったわね」


 成績が良くなったから見直したなんて、虫のいい話だ。いつもなら、こんな提案は蹴って、中指を立てて唾を顔面に飛ばすのが、エミリアから習ったユニコーン流だ。でも、十六歳の少女にとって両親とは盲目的に信じられるもので、ルーナは迷ってしまった。


「……でも学校があるし」


 不確定で揺らいだままの自分の気持ちは置き、現状を提示した。


「キヴォトスの魔法学校に通えばいいさ。ルーナなら必ずノア様に選ばれる」


「そうよ、あんなユニコーン寮なんて早くやめなさい。魔法弱者と一緒にいたら、あなたの才能が勿体無いわ」


 家族と一緒にいたい気持ちと、友達を馬鹿にするような親とは縁を切った方がいい気持ちが拮抗する。


「少し、考えさせて」


 ルーナはこの空気感が耐えられなくて、逃げ出した。人混みに紛れると、会場の端の席に座った。


 こんなことしてる場合じゃない。今は行方不明になった人たちの情報を集めないといけない。しかし魔法至上主義者の両親から一般居住者のことが聞けるわけもない。


 一人で思案していると、向かいの席に紳士が腰掛けた。ノア・ジウスドラだった。

 その圧倒的な存在感に、ルーナはいつもの軽い口調を封じられる。


「邪魔だったかな」


「い、いえ」


「一つの試験のようなものでね、姿を消した私を見つけられるかどうか試しているのさ。君にはすぐに見破られたがな」


 ノアがいるというのに、誰もこちらに集まって来ないのは彼が魔法で姿を消しているからだ。見破れる者が、彼の求める優秀な『資産』なのだろう。


「君の目は本質を見抜く目のようだ。魔眼か?」


「私に魔眼の才能はありません。真似というか、慣れのようなものです。学友に魔眼持ちが多くて、自分なりに、同じ視点になりたくて」


 ルーナの目は他人の体内の魔力や水分を見ることができ、遠くのものや小さいものも捉えることができる。水魔法のレンズをコンタクトのように目に付けることで、擬似的に魔眼を再現しているのだ。


 話を聞いてノアが感嘆した。


「ほう、素晴らしいな、魔眼を再現するとは。才能という陳腐な言葉で評価するのが憚られるほどだ」


「そんな、ノア様に褒めていただけるなんて畏れ多いです。ルーナ……私なんて他の子たちに比べたら凡人で」


「凡人に、私の考案した『体内水分操作魔法』はできない。校長やご両親から君の評判は聞いている」


 ルーナが寮対抗戦で使った『体内水分操作魔法』は、聖典系魔法の祖の一人であるノアが開発した魔法だ。その難易度は高く、これまで開発者のノア以外はまともに使うことができなかった。


 ノアは自分の領域に迫る若い才能を高く評価していた。


「君はキヴォトスに住むのは嫌か? ご両親も君とまた暮らしたがっていた。君のことを自慢の娘だと言っていたよ」


 それは実質、合格通知だ。本当に世界が滅ぶとするなら、生き残る権利を得たという意味だが、ルーナにとってそこはどうでもよかった。それより、聖典系水魔法の祖ノア・ジウスドラに認められたという事実が嬉しかった。


 それでも、キヴォトスで両親と一緒に暮らしたいと言い切れない。救われるのなら友達も一緒がよかった。


「すぐに答えを出さなくてもいい。今すぐに世界が滅びるわけではないからな」


 ノアは世界が滅ぶ日を知っているのだろうか、そもそも世界は滅ぶのだろうか。一般居住者のことも含めて、彼には聞きたいことが沢山あるが、そのオーラに怯んでしまって、せっかくのチャンスだというのにルーナは質問できなかった。



 同時刻。アンナたち潜入班は一般居住者区画の入り口である大きな門の前に来ていた。


 近未来的な鋼鉄の門は閉じており、その前には警備の魔動人形が二体立っている。


 アンナたちはそれを物陰から見ている状況だ。


「押せば開く扉ではなさそうですね」


 透明化魔法で接近して様子を見てきたシオンが合流し、情報を共有する。

 一般居住者区画の門は固く閉ざされており、開け方は不明。椿姫の千里眼でも向こう側は見えない。誰かが出入りする様子もない。

 一般居住者は完全に隔離されているようだ。


「こちらヴァイオレット。一般居住者区画への門を発見しましたが、開ける方法がわかりません。そちらで何かわかりますか?」


 シオンがアリスへ問い合わせる。


「了解、なんとかやってみます」


 すぐにアリスは小太りの中年男性に声をかけた。読心魔法を使いながら会場内を回り、予め魅了が効きそうな人に目星をつけていたのだ。


「失礼、あちらで少しお話ししませんか」


 魅了の魔眼で目を合わせる。すぐに男性の頬が赤くなって狼狽えた。

 話術もクソもない、アリスらしからぬ脳筋もとい脳殺戦法。緊急を要するため最終手段だ。

 魅了されて言いなりになった男性を連れて、アリスは会場の隅に移動した。


「一般居住者区画への入り方をご存じですか?」


 唐突な質問にも、男性は従順に答えてくれた。


「へ? ああ、あそこにはノア様しか入れないよ。入るにはノア様の持つ『魔力鍵まりょくけん』が必要なんだ。このキヴォトスのマスターキーさ。あらゆる場所に出入りできるらしい」


 聞いたアリスはそれをノアの近くにいるルーナに伝えた。


「ノアの持つ魔力鍵をコピーしてください」


 凄まじい無茶振りのキラーパスにルーナの顔が青ざめる。


 ルーナがちらっとノアの方を見ると自分を探す人々の方を面白そうに眺めていた。

 覚悟を決めてルーナはノアの身体の魔力の解析を開始した。


 すぐに胸ポケット内側にカード型の魔力鍵があることがわかった。盗むことは不可能だが、魔力を解析して魔力鍵の情報をコピーすることはルーナになら可能だった。体内水分操作の発動過程にある魔力の解析を応用するのだ。


 問題は解析していることがノアにバレないかだ。相手は魔法の祖の一人、ルーナの僅かな魔力の変化に勘付くかもしれない。


 魔力鍵の魔力構成はまるで人間の体内のように複雑で難解だ。ノアが複製の対策として、複雑な人間の体内を模して作ったのだろう。しかし、体内水分操作を扱えるルーナは順調に解析を進めることができた。


 途中、ノアと目が合い、ルーナの心臓が大きく跳ねた。


「ん? どうかしたかな」


「い、いえ、ノア様を見失ってしまわないように目の魔力を調整していたんです」


 咄嗟に言い訳をして誤魔化す。


「そうだった、君は透明人間と話をしていたんだ」


 楽しそうにノアは微笑んだ。


「さて、そろそろネタバラシの時間だ。やれやれ、見抜けたのは君だけだったか。では、また後ほど。いい返事を期待しているよ」


 ノアは立ち上がると透明化を解き、人々の元へと戻っていった。

 その頃、既にルーナは魔力鍵のコピーを終えていた。


「はぁ……アリスちゃん、コピーできたよ」


 溜息を吐きつつ、魔力鍵のデータを通信魔法で潜入班に送る。


「ありがとうございます。流石です、ルーナちゃん」


「感謝してよね。ていうかこれ、ルーナがいなかったらどうするつもりだったの?」


「ノアに魅了をかけて、くすねようかと」


「……無理でしょ」

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