第40話 葬送


 晴れた日のこと、リリー・カサブランカの葬儀が墓の島で静かに行われた。


 オーナーのグリマーニが魔法騎士団に金を積んで、リリーが切り裂きメアリーである事を公表しないようにしたが、参列者は少なかった。リリーは他の娼婦から嫌われていたからだろう。客の参列者も多くはなかったが、ファルッシは来ていた。リリーを愛している男がいたことが、アリスは嬉しかった。


 アリスは棺桶にジャスミンの花を手向け、手を組んで祈りを捧げた。


 すると心の中にリリスの声が響いた。


『ふふ、あなたは死ねないからリリーにもノエルにも永遠に会えないわね』


「いつかは会えます。幸運にも、そのいつかが遠いというだけです」


 この齢にして様々なものを見て、乗り越えた少女の精神はアダマントの如き硬さだ。リリスは「見物だわ」と微笑んで、精神世界に引っ込んだ。


 葬儀の後、マリア・フルルドリスが墓の島に現れ、墓前に花を備えてくれた。わざわざここに足を運んでくれるのはアリスのことを気にしてくれているからだろう。

 今度はアリスから彼女に声をかけた。


「マリア先生、先日のお話をお受けしたいのです。私は魔法医にならなくてはいけません」


 アリスは二人の母を助けられなかった。故に、魔法医になることを決意した。人は誰もが当たり前に生きたい。アリスは死を知ったからこそ、人を助けたいと強く思えるようになった。


 アリスの目を見て、マリアは安心したように微笑んだ。


「もちろんいいわよ」


「ありがとうございます!」


「ふふ、でも私はノエルと違って優しくないわよ、覚悟なさい」


「望むところです。私性格が悪いので丁度いいかと」


 この一言でマリアはアリスの性格を理解して、にっこりしながら顔を引き攣らせた。



 オーナーのグリマーニとも話がつき、アリスの親権はマリアへと譲渡された。娼館側としても、殺人鬼の娘など置いておきたくなかったのだろう。

 荷物をまとめたアリスは娼館を後にし、アクア駅へと向かう。これからはオルレアン共和国にあるマリアの家で暮らすことになる。

 

 駅で待っていたマリアと共に魔動機関車に乗り込む。車窓に映る水の都がどんどん遠くに離れていった。

 初めてアクアの外に出たことを実感する。自分は自由になったのだと。


 しかし、アクアが故郷であり、大事な場所であることは変わらない。いつかこの街に戻ってきて、ノエルのように困っている人を助けることがアリスの目標だった。


「いってきます」


 車窓を開けて、少女は海に浮かぶ街に告げる。すると、まるで返答するかのように風が頬を優しく撫でた。

 旅立ちを祝福する光風に送り出されて、少女の永い旅路が始まった。


 ◇


「おはようございます、アンナちゃん」


 アリスの声と温もりを辿って、アンナの意識は覚醒した。人一人の人生の記憶を見たというのに、眠っていたのはたった三十分のようだ。


 アンナは目を擦って起き上がると、自分が泣いていることに気がついた。


「こんな醜い夢を見せてしまってごめんなさい」


 申し訳なさそうに、恥ずかしそうに、アリスは笑った。


 記憶と感情が整理されるよりも早く、アンナはアリスを抱きしめた。アリスは相手の心が読めず、行動の意図が分からなくて困惑した。


「アリスちゃん、生まれてきてくれて、ありがとう」


 きっと彼女にこの言葉は必要ない。もう乗り越えた道だ。それでもアンナは口に出していた。

 聞いたアリスはアンナの顔を無理やり胸に押し付けてきた。


「ちょっと、それはダメです。反則です」


 泣いていることがわかった。「今更隠しても、泣き顔なんて記憶の中で何度も見ているから意味ないのに」と思うと、押し付ける力が強くなり、窒息しかけた。


 泣き止んだのか、ようやく解放されたアンナは改めて、アリスに記憶を見せてくれたことへ感謝した。


「アリスちゃんのこと知れて嬉しいよ」


「その手には乗りません。そんな簡単に泣きませんから」


 今にも泣きそうな顔で笑った。


 そんな二人のやりとりを、イブは気に入らなさそうにプカプカと宙に浮かびながら見ていた。


「ありがとうございます、イブちゃん。後でお礼にいいワインをあげますから」


「ふん、別にいいけど。私、お酒には煩いからね」


 魔法学校でもマリアの家でもお酒が手に入らないため、禁酒が長く続いていたイブはヨダレを垂らして喜んだ。

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