第5話 新入生歓迎会


 所属がユニコーン寮だと判明した二人は早速寮舎へと向かった。

 ユニコーン寮舎は、サンミシェル城の端っこにある修道院を宿舎に改装した建物だった。

 玄関には『赤羊荘』という看板がある。この建物の名前だろうか、一角獣ユニコーンではなく何故か羊だ。さらに、玄関の扉には赤い塗料で羊を象った魔法陣が描かれていた。

 

 お城の中にある他の寮に比べると質素だが、孤児院に似ていて、アンナは好きだった。


 扉をそっと開けて中に入る。寮内は静かだ。そもそも他の寮に比べてユニコーン寮生の数は少ない。エリート学校なのだからそれも当然だ。


 入ってすぐのロビー横に寮監室があり、中から三十歳ほどの男性が出てきた。黒色の髪はボサボサで着ているローブもシャツもシワがついていてだらしない。


「新入生の子たちですね。僕は寮監のヨシュア・リベロード。結界の授業を担当しています。よろしくお願いします」


 温厚な口調と雰囲気の青年だった。とにかく他人を傷つける要素を彼から感じることはできない。歪なほど優しい、アンナはそう思った。


「アリス・カサブランカです。よろしくお願いします」


「アンナ・フルルドリスです。よ、よろしくお願いします」


 二人が挨拶すると納得したようにヨシュアは感嘆した。


「おや、お二人がマリア先生の秘蔵っ子でしたか。お話は聞いていますよ。マリア先生に頼まれてお二人は同室にしてあります」


 アンナが不安にならないようにアリスと同室にしてくれたようだ。知っている人が同室でとてもありがたいが、相手がアリスなのでそれはそれで怖い。


「ああ、そうだ。アンナさんが結界に違和感を感じたというのもマリア先生から聞いていますよ」


 マリアの言っていた結界の先生とはヨシュアのことだったようだ。つまり、彼がこの世界で一番の結界術師ということでもある。


「ご、ごめんなさい。わたしの勘違いだと思います」


「いえ、勘違いではないんですよ。確かに結界に不具合があったんです。昨今、魔法を悪事に用いる魔法犯罪者が増えていますから、結界を強化したのですが、魔力の隠蔽が不完全だったんです。アンナさんのおかげでいち早く修正できました。ありがとうございます」


 怒られるどころか褒められて、アンナはほっとする。


「素晴らしい感知能力だ。魔眼をお持ちなのですか?」


「い、いえ、大したものじゃないんです。ただの霊視で」


 アンナは霊を観測することができる、所謂『霊視』能力を持っており、魔力の流動に敏感だ。さらに、人間の魂の『色』のようなものもなんとなく認識でき、アリスのように心を読むことはできないが、その人間の大まかな性質を感知できる。イヴを召喚してから、霊と接することで身についた能力だ。


「流石はマリア先生のお弟子さんだ。優れた感知能力は結界の作り手としての才能でもあります。授業が楽しみですね」


 アンナも結界の授業が楽しみになった。今は使い魔に頼りだが、これからは自分だけで使える魔法をどんどん増やしたい。


「これから新入生歓迎会が行われますので、食堂に集まってください」


 自己紹介とかスピーチとかやらされたらどうしようと、アンナは再び不安になる。

 寮での生活のルールやら諸々の説明を受けた二人は食堂へと向かった。


 二列の長テーブルが並んだ食堂には既に多くの新入生が着席して待っていた。

 雑談をしている人もいるが、全体的に雰囲気は暗い。落ちこぼれのお払い箱と噂されるユニコーン寮に配属されたのだから無理もない。


 アンナが周囲に人のいない最奥の席に腰掛けると、隣にアリスが座ってきた。これで他にアンナの隣に座ることができる人はいない。アリスは性格は悪いがこういう気遣いをしてくれる。


 しかしそこに嵐のような陽キャが訪れる。


「こんにちは! アンナちゃんだよね?」


 突如、赤毛の女子生徒がアンナの向かいの席に座ったかと思えば、元気な声で話しかけてきた。

 

「ひゃ、ひゃい!?」


 アンナは彼女が自分とは真逆の対極に位置する存在──陽キャだとすぐにわかり、苦手意識から声がキョドって裏返った。

 

「わたしキリエ。キリエ・クレシア。よろしくね」

 

 キリエはアンナの手を取るとぶんぶんと握手した。その後アリスに同じように挨拶して握手した。


「ねぇ、アンナって呼んでいい? わたしのことはキリエでいいからさ」


「あ、は、はい」


「よかった! そうだ、試験の時のお礼を言いたかったんだ。ありがとうアンナ」


「な、なんのことですか?」


「ほら、偉そうな先生を決闘でやっつけたでしょ。アンナがいなかったらわたし不合格にされるところだったんだよ。ユニコーン寮の新入生はみんなアンナのおかげで入学できたんじゃないかな。だから、ありがとうアンナ」


「ど、どういたしまして?」


 キリエのまっすぐな感謝の気持ちが伝わってくる。アンナには理解しにくい陽キャの思考だが、キリエがとてもいい子なのはよくわかった。

 

「それにしてもすごい魔法だね。神霊を操れるなんて」


「あ、いえ、別にわたしはすごくなくて、使い魔がすごいだけなんです。わたしはお願いしてるだけで」


「いやいや、それすごいことだよ。使い魔は自分より弱い人の言うことは聞かないし、使役には高度な魔力のコントロールが必要なんだから、アンナはそれだけすごいよ」


 マリアもキリエと同じように、強い使い魔を使えるのはアンナの実力のうちだと言っていたが、アンナ本人は要領を得ていない。

 しかし事実として、使い魔を自在に操るには高度な魔力のコントロール技術が必要で、アンナは十年間の練習でそれを身につけていた。物差しが神霊のため、彼女は自分の凄さに気がついていなかった。


「でも、他の魔法は全然得意じゃないし、わたし本人は弱いんです」


「魔法の強さが、人の強さとは限らないよ」


 笑いながら、真剣に、キリエは言った。彼女の強い意志が込められていたように思えて、自然とその言葉がアンナの心にはまった。


 それからしばらくの間、知り合ったばかりの三人が談話をしていると、突然、食堂の扉が勢いよく開いた。


「ご入学おめでとうございますですわ!」


 窓ガラスを破りかねないほどの甲高い大声と共に、食堂に小さい火花の大群が飛び込んできた。

 火花はまるで祝福するように、新入生たちの頭上でカラフルな火の粉を散らした。魔法の花火を用いたパフォーマンスのようだ。

 しかし途中から火花から煙が発生し、食堂を包んだ。


「ゲホっ! ごほッ! 申し訳ございません! 失敗しましたわ〜!」


 煙が晴れると先輩と思しき生徒たちが咽せながら現れた。先程の声の主のいかにも令嬢らしい風貌の女子生徒は自分たちが咳き込んでいるのを新入生たちにマジマジと見られていることに気がつくと威厳を保つように咳払いへと派生して背筋を伸ばした。


「改めて、ご入学おめでとうございます。わたくしはユニコーン寮の寮長を務めさせて頂いております、二年のエミリア・コンセンテスと申しますわ」


 紫色の長髪を翻して自信満々に挨拶をする令嬢。コンセンテス家といえば魔法の名家だが、彼女はユニコーン寮生だ。


 エミリアは自信満々だが、魔法が失敗したことで、新入生たちの雰囲気はさらに悪くなってしまい、食堂は静まり返っている。ユニコーン寮生の実力が低いことを先輩を通して知ってしまったのだ。

 エミリアもその様子に気が付き、おろおろする。


 その最悪な空気の食堂に、穏やかな歩法の足音が近づいてくる。背中に回した手で、開けっぱなしの扉を優しく閉めながら、マリア・フルルドリスが現れた。


「マリア先生〜、お助けください〜」

 

 エミリアがマリアに泣きつく。「あらあら」と笑顔を浮かべると、マリアはエミリアに変わって食堂のセンターポジションに立つ。


「皆さん、ご入学おめでとうございます。ユニコーン寮の寮母と聖典の授業を担当をしているマリア・フルルドリスです」


 マリアが口を開くだけで、食堂の暗い空気が仄かに暖かく変化した。新入生も先輩たちも彼女だけを見ている。

 マリアは新入生の顔を一人一人見ていくと再び口を開いた。


「ユニコーン寮が落ちこぼれのお払い箱だという噂を耳にした人もいるでしょう。確かに成績の低い生徒が多く在籍しています。

 それは私が特権を使って、入学試験に落ちるはずだった庶民出身の方や変則的な魔法能力を持つ方をユニコーン寮に入れているからです。

 しかし、ユニコーン寮生の皆さんは落ちこぼれではありません。

 皆さんの成績が悪いのは、魔法の技術と知識を独占する上流階級の者たちが決めた自分たちに都合のいいルールに当てはまっていないからにすぎません。

 庶民の方は入学以前に魔法の勉強ができませんし、変則的な魔法能力を持つ方が魔法学校外で見合った指導を受けることも難しいので、成績が悪いのは当然なのです。

 一部の人が魔法の技術と知識を占有し、あまつさえ魔法能力で人の価値を決める魔法世界の在り方が正しいはずがない。

 才能のあるものには魔法の勉強をする権利を与えられるべきだと私は考えます。

 そして、その魔法の才能を持つのがあなたたちです。あなたたちは私が選んだ、選ばれし者なのです」


 高い知名度と実績を持つ聖女マリア・フルルドリスに自分たちが評価されていることを知り、新入生たちの表情が明るくなる。


「今はまだ魔法の勉強を始める前なのですから、成績が悪くて当然。皆さんには自信を持って、これから大いに勉学に励んでほしい。このマリア・フルルドリスがその助けになります」


 ユニコーン寮は落ちこぼれのお払い箱ではなく、庶民出身者や異端とされる才能を持つ者を魔法至上主義と貴族主義から守るための場所だったのだ。

 もう新入生たちに暗い雰囲気はない。マリアは魔法を使わずに言葉だけで子どもたちに自信を与えた。

 言葉は原初において魔法だったという。誰にでも使える言葉という魔法で彼女は子供たちに未来を指し示した。マリアは正しく魔法使いであり、教師だった。


「はい、ということで新入生歓迎会をはじめましょうか」


 マリアが二回手を叩くと、テーブルの上に料理が並び、食堂が華やかに飾り付けられた。


「エミリア、歓迎会の音頭を取りなさい。挽回のチャンスよ」


──ぐ〜


 返答の代わりにエミリアのお腹が鳴った。マリアは頭が痛そうに額に手を当てる。たまらずアンナの向かいに座っていたキリエが吹き出して爆笑し始め、その笑いは他の生徒たちにも伝播し、食堂は笑いに包まれた。

 エミリアは恥ずかしそうに赤面するも、歓迎会の空気を温めることに成功したため、誇らしそうに仁王立ちしていた。


「おもしろい寮でよかったですね、アンナちゃん」


 新しい玩具を見つけた子供のような純粋で残酷な目でエミリアを見ながらアリスが言った。

 確かにおもしろい人たちばかりで、退屈することはなさそうだ。

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