異常者のお前らと異常者の私。
ぱんつ07
私の中の普通。
私は吃音症でいじめに遭った。
吃音症になってしまった原因は、小さい頃に舌を噛んでしまって痛みに怯えて噛まないような喋り方が癖ついて、正しい発音が出来なくなってしまった事からだった。
小学生の頃は舌足らずな発音だと思われていたのだろうか、同級生も気にする事は一切なかった。
しかし、家庭の事情で私が小学校業に合わせて引っ越してしまい、中学からは0から友達作りが始まった。
初めて私の喋り方を聞いたクラスメイト。
私は挨拶をした時、不思議そうな顔をしている同級生の表情に気付けなかった。
クラスの陽キャ軍団に初めて言葉を交わした時。
「喋り方キモイね!」
入学してすぐ言われた一言から始まった。
「もっかい喋ってよ!環境って言って!」
「さしすせそって言ってみてよ!」
私が苦手とする発音を言わせて笑ういじめっ子。
中学に入ってスマホを貰った私は、自分の発音が『異常』であることを録音したものを聞いて知った。
どうやら『さ行』や『濁音』、『き』と『ち』等が言えていない様だった。
ローマ字表記で『S』の付く発音、単語は苦手だという事まで知った。
録音した私の言葉は、環境が『かんちょう』に聞こえていたり、さしすせそは『ぎゃじぇじゅぎぇくぉ』と言葉にならない変な音を発していたり。
何をからかっているんだろうと疑問に思っていたが、自分が『異常』である事を知った瞬間に怖くなってしまった。
喋るのも歌うのも好きだった私は、『異常』である自身の声をふさいでしまった。
喋らなくなってしまった私に対していじめっ子は離れる事なく、いじめはエスカレートした。
もちろん担任にも相談した。
「でもそれは貴女の個性だから、そう思い悩む必要は全くない。大丈夫。『普通』に堂々としていればやめてくれるはずよ。」
先生の言葉を信じて私のこれは普通だと思い込ませて、やっとクラスメイトで初めて仲良くなった友達ができた。
たまに私が話している事を聞き返したり、何言ってるのかわからないと正直に言ってくれて、私に対して真剣に話をしようとしてくれたり、初めてできた友達がすごく嬉しくてその日の夜は布団の中で嬉し涙を流して寝た。
でも、その幸せな時間は一週間も経たず、終わってしまった。
美術の時間の時だった。
いじめっ子の行動は過剰になっていた。
「髪ボサボサだね!」
「洗ってあげようよ!ついでに髪も染めれるんじゃね?」
絵具を使用した授業だった。
色々な色を混ぜて青黒く変色した水を頭からかけられた。
笑ういじめっ子と、ただ離れて見ているだけのクラスメイト。
友達と目が合った。
友達だって同じ目に遭いたくないって思っている事はわかっていたけど、私は助けて欲しかった。
目を逸らされた。
その日の帰りは友達と一緒だった。
「ごめんね、何かしてあげられたら良かったのに。」
友達がこうやって帰りに一緒にいてくれるのがまだ救いだった。
「うちさ、あんなことされたら耐えられないから、君はいじめられるってわかっているのに学校に来れる勇気、すごいと思うよ。うちじゃ、耐えられないから。」
泣きそうな声でぽつぽつと言葉を落とす。
そう思ってくれていた事に、私も泣きそうになった。
「何かあったら言って?こうやって話とか愚痴とか、聞く事しか出来ないけど、それでも君が少しでも、気が休まるなら、うちは嬉しいから、実際に助けてあげれないの、悔しいから。」
友達ってこんなに温かいんだって、生き甲斐を見つけてしまった。
次の日、朝早く登校した時、教室から声が聞こえた。
「やめときなって。関わらない方がいいよ。」
「そうだよね。一緒にいてもさ、いじめられてた時の愚痴とか多いし、ずっと暗い顔しているし、こっちまで疲れてきちゃうし…。」
友達の声。
そうか、友達はそう思っていたんだ。
何もかもどうでも良くなってしまった私は、その日から友達だったクラスメイトと話す事はなくなった。
いじめはエスカレートしていくだけだった。
椅子の上に画鋲を敷かれたり、机の中に虫の死骸を大量に詰め込まれたり、階段から突き飛ばされたり、シャーペンの先端を授業中背中に刺してきたり、他にも色々と。
友達もいなくて、学校ではいじめられている。
親に相談しても、頑張って学校に行って欲しいと言われるだけだった。
何もかも嫌になった私は、小さい頃から好きなオカルトで儀式というものにまで手を出してみた。
その時の私はいっそ何かに憑かれて狂っていじめた奴らを殺せたら…とか思っていた。
色々手を出してみても、信憑性のないものばかりだった。
だから私は、オカルト系小説やホラー創作から一般人が投稿したものにまで触れて、勝手にそれをする事を生き甲斐にしていた。
ある日、学校から帰って家に一人でいた時の事。
オカルト掲示板で仲良くなったネットの友達から言われた事を試しにやってみることにした。
「俺のホラー小説のオリジナルの儀式、試しに気分でやってみたら?」
いい暇つぶしになると思ってやることにした私は、早速コンビニで揃えられるものを買って部屋に戻った。
「憎い相手の人数分だけ蠟燭に火をつけて、憎い奴らの写真をその火で一人一本ずつ燃やして、最後に燃やした数だけ『仲間になろう』と唱える。すると奴らの意識は異界に吸い込まれて戻れなくなる…」
面白そうなネタがよく浮かぶなって思いながら指示通りにやってみた。
もちろん何も起こらない。
「どう?」
「儀式やってるなって感じはあるけど、それより、なんか単純作業してる気分が強かったかな。」
「じゃあもう少し難しい感じにしてみるのはアリかもなぁ。参考になった、ありがとな。」
多分私が憎む人数が多すぎたからだと思う。
本当にアイツらが異界に飲まれて死んでくれたらって、想像したが現実は現実。
暇つぶしになったお礼と、小説に関しての話で盛り上がって切りの良いところで一日が終わった。
目が覚めたら学校だった。
学校で居眠りなんかしたことがなかったのに。
机に突っ伏して寝ていたようで、教室は薄暗かった。
時間は深夜の2時。
何故誰も、警備員や先生は起こしてくれなかったんだろうと気になってしまい、見捨てられた気分になって落ち込んでしまった。
静かに立ち上がり、教室を出てみようと身体を扉に向けた時。
視界に異様なものが見えた。
教室の後ろにある黒板に目を向ける。
そこには、人の皮のようなものが貼り付けられていた。
思いっきり後退り、机にぶつかって転んでしまった。
転んで手をついた床がぬるぬるとしていて手までを滑らせ頬を床にぶつける。
その視界に入った目が合ってしまった。
「…っ!?」
自分と同じくらいの子だろう、その子は暗がりでもわかるほどに何か液体を顔や服に付着させていた。
その『何か』というのもすぐ想像はついた。
その子は誰かの上に跨っていた。
上に座られている人は動かない。
動かない代わりに身体から液体を流すその人は。
私の友達だった人だった。
「君、起きたんだね。寝坊助さんだねぇ。」
「え、あ。」
いきなり話しかけられて上手く声が出せなかった。
「君が望んだ結末だよ。案内してあげる。」
その子は私に近づいて手を差し伸べる。
恐る恐る手を握ってみたら勢いよく引っ張られた。
「君がどれだけ憎んでいたか、わかるよ、すごく。君はこうしたかった、でもそんなことをしたら人間をやめてしまうって、勇気の代わりに理性を保っていたんだよね?安心してね、僕らが救ってあげるから。」
上から見下ろした友達だったものは、肋骨まで見えるほど皮は破られ筋肉や脂肪は削がれ、本来見えてはいけない内臓が床に散らばっている。
吐き気を催すが、不思議なことに恐怖心はなかった。
「はは、見慣れた感じだね。こういうの、普段からネットとかで見てる感じなの?」
私はその子に顔を向けるが目を合わさず、無言で頷いた。
「へぇ、いいね。これよりもっといいもの見せたかったから、嬉しいよ。」
その子は手を繋いだまま私を教室から連れ出す。
廊下へ出てみると、薄暗いせいで黒く見える液体が先ほどの友達だったものに加えて、鉄臭さを鼻の奥へと刺してきた。
「ねぇ、僕もね、いじめられていたんだよ。だからわかるの。」
ぺちゃぺちゃと鳴る足音に続いて私も後を追う。
「変だよね。僕は…アルビノってわかるかな、周りより肌が白いだけでいじめられてたんだ。日傘とかしてるだけでも、女みたいって馬鹿にされてさ。」
ネットでアルビノという単語は聞いたことあったが、実際に人間でいるとは思わなかった。
道理で薄暗くても、妙に表情が見えるわけだと冷静に分析していた。
「けどね、レアなものが普通じゃない事が、僕は特別だと思った。」
レアものは特別だと感じるのが当たり前だと、心の中でツッコんだ。
「でもさ、特別な僕を『異常』と判断するのは違うよねって思うんだ。」
特別と異常。
普通に考えたら全然違うが、何が言いたいんだろう。
「アルビノである僕が『異常』だとしてさ、ほら、見て。あそこにいる子の全身が真っ赤になっているのは『異常』じゃないの何で?って話。」
アルビノの子が教室の窓を指さした。
「黄色とオレンジと白を混ぜたような色が普通なら、僕もあの子も『異常』な者同士じゃない?なのに分かり合えない。これってなんでだと思う?」
廊下から窓を覗いた景色は、本当に非現実だった。
私をいじめていた内の一人が、何者かに何度も刺されて叫んでいた。
「いだい!やぁ!誰か助げで!痛いいだいいぃ!痛い痛い!」
ふつふつと心の中の何かが煮えてきた。
「助けてだってさ。あはは、いじめられた人が助けを求めても助けてくれなかったくせに、自分が死ぬかもって時だけ都合よく助けてもらおうなんて。馬鹿だよね。」
いじめっ子の片目に何者かが尖ったものを刺す。
「目ぇ!ぎゃあああぁ!いだいよぉ!まま!ぱぱ!助けで、痛い!」
刺したものが引っこ抜かれて、目から何か噴き出しているのが影で見えた。
「薄暗いと君は何も見えないよね。でも、この暗さが僕にとっては心地がいいんだ。君にとって、僕は『異常』?」
私は首を振った。
その人の個性だし、病気?なら仕方がないことだと思う。
私はそれを『異常』扱いするのは違うと思う。
「僕はね、喋らない君を『異常』だと思わないよ。いじめられてコミュ障になっちゃいましたとか、声が出せない病気ですーって、理由が何であれ…ね?」
私は頷くか首を振る事しかしていないのに、異様なほど心地がいい会話をしている気分になってしまった。
「きっと、分かり合える者同士が揃っていたら普通なんだろうね。特別クラスって、障がい者の集まりで傍から見たら『異常』者の集まり。でもその人たちにとってその空間は普通。普通は特別って羨ましがるものなのに、なんでだろうね?」
何不自由なく五体満足で生活をしていて、更にメリットしか得ない特別を求めている方が、私は『異常』だと思う。
「ねぇだすげて!死んじゃう寒い痛い!こわいよぉ!」
ずっと叫び続ける同級生。
「向こうも、ほら。」
廊下の先を指差すアルビノ。
私をいじめた内の一人がこっちに向って走ってくる。
「助けて!」
そう叫んだソイツは転んだ。
「いたっ…ひぃ!」
転んだソイツの後ろに巨体の男が立っていた。
ツーブロックに金髪、何個もつけているピアスがチラチラと光に反射していた。
「あの巨人君もいじめられっ子仲間なんだよ。」
あの巨体で?
巨体は太い腕をその子に向けて振り下ろした。
と、同時に大きな音を静かな廊下へ響かせる。
「あああ!足!あ、あ…あああぁ!!」
重い金属音、それに混じった枝が折れたような軽い音。
足を切断されたようだ。
「お、一発で切った!すっごぉい!」
私の隣でアルビノが笑って拍手をする。
「足痛い…なんで!痛い!何で助けてくんないの!?たすけろよ!…っあ、いっ…痛いいたい…!」
巨体の男はソイツを踏んでこっちへ向かって歩いてくる。
逃げ出そうって気持ちは湧かなかった。
「ん、これ。」
その人が差し出したのは、誰かの片耳と指が数本だった。
本物かどうかとか怖いとかの感情はなく、ただどうして私にこれを渡してきたのだろうと疑問に思った。
アルビノの顔を見る。
「良かったね。」
にっこりと笑っている。
私の手のひらに乗っている指を一本取ったアルビノは、その指の爪を剝がしたり皮を丁寧に剥いて遊んでいる。
「僕はね、思うことがあるんだ。」
アルビノは私の目の奥を見るように目を合わせた。
「苦しみとか痛みとか、そういう嫌なことから背けて楽な方へ逃げ出した奴はこの先、失うものばかりだって事に気付かない。奴らは何不自由なく暮らせている幸せに気付けない。僕らは?いじめられて永遠にトラウマを背負うことになった。嫌なことを嫌でも耐え抜いているだけなのに、何故か今は心の底で楽しんでる。これって、なんでだと思う?君は?今はどう?なんだか楽しくなっちゃったでしょ?」
ただの夢だった。
まぶしい太陽の日を浴びて、ベッドから起き上がる。
また学校へ行かなくちゃいけない。
「アンタやっと起きたのね。朝ごはん出してあるから早く食べなさい。」
椅子に座って卵を割って盛られたお椀の中へ中身を落とす。
真っ白なお米の上に乗った透明と黄色の柔らかいその上に醤油を垂らす。
そして箸を使ってご飯を口へ運ぶ。
「あら、物騒ね…自殺しちゃった子供がアルビノが原因でいじめられていたんですって。あなたはまだ健康で良かったわ。」
何が良かっただ。
まだって何よ。
自分も調べてネットニュースを読んだ。
「何よ、携帯見てにやにやしちゃって。まったく、おかしな子。」
「ううん、何でもない!」
続きの夢が見たくて、楽しくなってきた。
アルビノの最後に見た笑顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
異常者のお前らと異常者の私。 ぱんつ07 @Pants
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