第4話:告白
花火と夏野が最初に行ったのは高校の最寄りの駅から歩いて10分くらいで着く離島だ。
辺りは海が一望できる。離島に行くまでには大きな橋を渡る必要があり、花火たちはまさにその橋を渡っているところだった。潮風がかなり強い。
学校から徒歩10分圏内にあるということもあり、花火にとっては見慣れた景色だ。しかし今だけはこの景色がいままで見た景色の中でとりわけきれいに映った。
橋を渡り終えた先には、観光客も多くいる食べ歩きスポットがある。
「夏野さんはよくここには来る?」
「いや、ないかも。地元だから進んでここに来ようとはならなかったよ」
色々話していくと、どうやら夏野はあまり外出をするタイプではないようだった。どちらかというと休日は映画館に行ったり、遊びに行くとしても東京方面まで出るようだった。
「でも、今日は空野君と一緒にここに来ることができて楽しいよ」
夏野はそう花火に伝えてくれた。
「それに、あたしここに来たら絶対食べたいと思ってたものがあったんだ」
そう言って、夏野は花火よりも先に走り出した。それを追いかけるように花火も後に続く。
夏野が食べたいといったのはこの食べ歩きスポットでは有名なたこせんべいだった。生だこをプレスして焼く、ここの食べ歩き定番グルメの1つだ。
夏野と花火の分で2つ購入して、それぞれ食べる。
「おいひ~」
「夏野って、意外と年相応なんだね」
「何、普段は老けて見えてたの?」
夏野は少しだけ驚いて動揺した様子で答えた。
「いやいや、いつもはまじめというか、しっかりものっていう印象だったからちょっと意外だっただけ」
「あたしだって、花火と同い年の女子高生なんだよ」
そう言って二人は笑いあう。待ち合わせた当初の緊張感のある感じが抜けて、少しずつ二人の空気感ができてきた感じだ。
「空野君、次はどこにいく?」
「そうだなー夏野さんお昼ご飯は食べてないよね?」
「うん、きっと空野君と一緒だよ」
彼女の言葉いちいちが愛らしい。よく考えなくても夏野と花火は同じクラスで昼までは同じ時間を過ごしていたんだ。つまり花火と夏野は状態としてはあまり変わらない、それはお互いが分かっているはずだった。
だが、今はこの探り合いのような会話も楽しく感じられたのだ。会話をしているだけで、それが些細な会話であってもお互いに心を通わせているという実感が楽しい。その疎通の中でお互いの知らないことを知ったり、共感したり、笑ったりするのが二人の空間を作り出していた。
「おすすめのお店があるんだ」
そう言って、花火と夏野は歩き出した。途中、デニムの専門店があったから立ち寄った。夏野は普段はキャップを被って、スキニージーンズをはいたり、スニーカーの似合うワンピースを着たり、やや中性的な服装をしていることが多いらしい。デニムジャケットやデニムジーンズを試着したところ、とても似合っていた。それに気分を良くしたのか、「1着ください!」と勢いよく服を購入していた。
お店に到着した。有名なしらす丼のお店だ。いつもは長蛇の列ができているらしく、なかなかタイミングを見極めないと入るのが困難という場所だ。花火は事前にこの場所を予約しておいたため、難なく入ることができた。
お店の中は和風建築の名残があり、カウンター席とテーブル席に分かれていた。事前に予約していたカウンター席に案内された。
「事前に予約してくれてたんだね」
夏野はそう花火に話しかけた。声色がいつもより柔和だ、そんな気がした。
ふたりは定番のシラス丼を注文し、しばらくした後に到着した。
「おいしそう!」
夏野は待ちわびた、という気持ちをにじませているようだった。
二人は一緒に感想を語らいながら、しらす丼を平らげた。
そのあとは、長い階段を昇る。
「ケーブルカーもあるけど、どうする?」
「あたしは登れるけど、空野君は大丈夫?」
女の子にそう言われちゃ、男も昇るしかないだろ、そんな漢気を抱きながら花火は一緒に登ることを提案した。
しばらく歩いたのちにウッドデッキのような場所に到着した。ここがいわゆる小休憩の場所のようにもなっていて、ベンチがあり、島と海を眺められる絶景スポットの一つになっている。
「少し休憩しようか」
花火はそう提案し、近くのベンチに座る。
「きつくない?」
「普段吹奏楽部で鍛えられているから平気」
「吹奏楽部ってそんなに大変なの?」
「実は運動部って言われているくらいだよ」
「ひょえー」
「っていうかいい景色なんだし、写真撮ろうよ」
夏野は立ち上がり、スマホを取り出して写真を撮る。夏野は目の前の景色に圧倒される。
「海、綺麗だねー」
彼女はそうつぶやいていた。それは何かを振り払うかのようにも聞こえた。
「夏野さん」
花火に呼ばれ、夏野は振り返る。
「一緒に写真撮らない?」
花火自身、この言葉を放って自分の顔が熱くなったのが分かった。顔が赤くなっているかもしれない。悟られたくない。頼れて余裕のある男だと思われるように今日は頑張る、そう心に決めているのだ。顔をうつ向かせ、必死にばれないようにこらえた。
「......いいよ」
しばし沈黙が流れて、夏野は承諾した。
花火はスマホを取り出して、自撮りモードに切り替える。後ろには美しい背景が見えるように、画角を調整した。いい角度になった。しかし、今度は夏野が微妙に映らなくなってしまった。
「夏野さん、少しだけ寄れる?ちょっと映らない」
「うん」
彼女はそう言われ、静かに距離を詰めた。
今日一彼女に密着した瞬間だった。わずかにだが、彼女から柑橘系のような香りが漂う。彼女もまた、自分のために香水などを使っておしゃれをしてくれているのか、その事実に花火はうれしくなる。紫音が言っていたことは正しかったんだなと脳裏で考える。
「じゃあ撮るよ」
「うん、お互い笑顔で映ろうね」
夏野のそんな一言の後、花火はシャッターのボタンを押そうとした。
「ねっ、花火」
とっさに夏野は花火にそう耳打ちした。彼女の吐息が吹きかかったくすぐったさと、突然の出来事に花火に驚き、その拍子でシャッターを切ってしまった。
夏野の笑顔と、花火の驚いたような表情が切り取られた一瞬だった。
「ふふふっ」
いたずらが成功したような笑顔で、彼女はぴょんぴょん跳ねながら、花火から離れた。
「いい写真が撮れたね」
彼女の笑顔はとても朗らかなものだったが、彼女が耳元でささやいた言葉が頭の中を反芻していて、それどころではなかった。
時間が過ぎるのはあっという間で、気づけば夕方に差し掛かり、その島内をあらかた回り終えたところだった。最初に通った橋のところまで二人は戻る。
「今日は楽しかったね」
夏野がそう話しかける。その言葉は何かを期待している声なのか、ただただ純粋に楽しいと思っているから出た言葉なのか。
次に花火が考えていることは決まっていた。
「夏野さん、少し話したいことがあって、そこの砂浜で少し話がしたい」
「......うん」
正直、もうお互いの気持ちはある程度分かり切っていたと思う。花火の夏野への気持ち、そして夏野の花火への気持ち。だけど、ある種それは一つの通過儀礼や儀式として、執り行われなければならないものだった。
橋を越え、砂浜に二人は腰掛ける。二人は水平線の先を見る。
夕焼けの光が水面に反射して、1つの光の道を作っている。かもめが海の周りを往来しているのがこの夕焼け空のアクセントとしていい味を出している。
「夏野さん」
「.......はい」
彼女は初めて、うん、ではなくはい、と彼に返した。
「今日はありがとう。多分今日1日一緒にいて、俺の気持ちには気づいているとは思うんだけど、ちゃんとこういうのは伝えないとなって思って」
「ううん、そう言ってくれてうれしいよ」
「思えばさ、入学してからずっと同じクラスだったよね。なのに俺はあまり夏野さんのことを全然知らなかった。今日初めて知ることが多かった」
うん、と彼女は相槌を打ってくれる。
「俺の今の感情は実は1年生の時からの気持ちなんだ。だからこの3年間はすごく宙に浮いたような日々で、それでいてとてもどきどきしながらも楽しい日々だったんだ。だけど今日1日はそれまでとは違った。これ以上にないくらい、人生で一番幸せで楽しかった」
隣で彼女は震えているのがわかった。だけど、今は言葉を続ける。今ここで止めたらだめだ、そう思ったのだ。
「ありがとう、俺にこんな素敵な高校生活をプレゼントしてくれて。でもこれからは———」
そう言って花火は震える彼女の手を取る。
「君の隣で一緒に思い出を作っていきたい」
丁寧に丁寧に、花火の想いが、言葉がしみ込むように言葉を紡いでいく。
「夏野さん、俺と付き合ってください」
静寂が二人の間を支配する。ほかに聞こえてくるのは、目の前のさざ波の音。波は勢いよく砂浜をうつ。この音のおかげで自分の心臓の音が夏野には聞こえていないんだと、そう言い聞かせていた。
「あたしね、ずっと気になってたんだ、空野君のこと」
彼女は顔をうつ向かせながらそう話した。
「美術部で、一生懸命に絵を描いていたり、いつも八坂君や浅野さんと仲良さそうにしているところを眺めてた。元気で、笑顔がかわいくて、でも結構男らしいところもあって。最初は気になっている程度だったけど、その気持ちが少しずつ変わっていって......」
彼女の声は少しずつ大きくなる。
「隣の席になったときは、あたし実はガッツポーズしちゃったよ。こんな幸運あるんだって。でもどうやって仲良くなればいいんだろうってわからなくて。結局この前みたいな距離の縮め方しかできなかったんだよ」
彼女の言うこの前とは、花火が先生に数式の答えを言うよう当てられた時のことだろう。
「だから、昨日と今日であたしとしてはもう心臓バクバク。胸が張り裂けそうだよ。それは空野君と一緒にいるっていう理由もあるけど———」
そこで彼女はようやく顔を上げる。彼女の夕焼けに照らされた顔が美しく映える。
「空野君があたしと同じ気持ちなんだなってわかってとてもうれしいの」
彼女は今にも泣きだしそうな声でそう吐露した。
「あたしも空野君......花火のことが好きです。こちらこそよろしくお願いします」
彼女は花火が握り締めていた右手に左手を覆いかぶせる。それを見て、花火は大きくため息をつく。
彼女の手の温かみを感じて、握り締めあった手を額に当てる。
「夢じゃないんだよな」
彼女に聞こえないよう、そう独り言ちた。
「ねぇ、花火。あたしの名前を呼んで」
「えっ、夏野?」
「そうじゃない、わかってるでしょ」
花火は一瞬考え、すぐに彼女の意図を理解した。
「......なんか少し恥ずかしいな」
「あたしだってそうだよ」
「えっとじゃあ.......」
花火が夏野の名前を呼ぼうとする。
「わぁっ!」
その時夏野が強い潮風に反応して、声を上げる。
「......ふふっ、びっくりしちゃった」
そう言って、二人は笑いあう。
そして二人は次にお互いがすることをわかっていた。夏野は目を閉じる。
「蒼、大好きだ」
花火は夏野の顔に近づき、唇を重ねる。
夏空の中を夕焼けが支配する。夕焼けの日差しに照らされた海辺。
柑橘系の香りを感じながら、そして目の前の女の子と疎通していることを感じながら、夕焼けの世界を揺蕩った。
花火『うまくいきました』
紫音『!!!!』
太陽『おめでとう!』
紫音『キスした?』
花火『別にそれは聞かなくていいだろ』
太陽『俺らお前のために力を尽くしたのに』
紫音『薄情な奴だよ、お前ってやつは.......』
花火『あーもうめんどくさい......したよ......』
そう言って、紫音がクラッカーのスタンプを送る。太陽もそれに便乗する。
紫音『今度、お祝いだな』
花火『しゃぶしゃぶおごって』
太陽『しゃぶしゃぶってなんかエロイな』
紫音『花火最低だな』
花火『もう、お前らヤダ......』
夏と君――高校最後の夏休み、俺は明日君に告白する としやん @Satoshi-haveagoodtime0506
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