第38話 超新星

 宇宙ロケットは光の国を超え、その外側へと進んでいた。その方向には超新星爆発を経た、恒星の残骸、超新星がある。

 もはや星としての体裁さえ保てず、星屑やガスの集まりと化していた。しかし、それでも恒星であった名残はあるようで、その熱量は残っている。


「近づくと、温かいんだねー。でもさ、もう、この星っていうか、この天体は死んだようなものなんだよね。近づいてもしょうがないんじゃない。生命なんてないだろうし」


 結杏ゆあが言った。地球の少女であり、今は体内で核融合と核分裂が起き続ける、核エネルギー生命体となっている。

 それに対して、隣にいるロボットが顔に付いたモニターで様々な演算を展開しつつ答えた。


「せやろか。宇宙ロケットの観測機器からは生命というべきものが映っているで」


 最新鋭ロボットのMINEマインだ。 MINEはさらに言葉を続ける。


「あれはなんやろな。熱源生命体っちゅうのかな。星屑に残った熱にいくつもの生命体がコミューンを作っているように見えるで」


 黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴのミーちゃんはそれに言葉を付け足した。


「ああ、ああいう場所にも生命ってのはいるもんだ。思い出してみろ、今まで、恒星に行っても、小惑星に行っても、生命はあったろ。

 まあ、補給は期待できんがな」


 ミーちゃんの言葉に結杏は目を輝かせた。目の中で核分裂が起きているのが確認できるほどだ。


「ねっ、ねっ、行こうよ。超新星の生き物って興味ある!」


 その勢いにミーちゃんもタジタジになった。物凄いエネルギーを感じる。断ることができなかった。


「あ、ああ、少しなら立ち寄ってみてもいいかもな」


 その言葉に従い、かつて恒星だった超新星の残骸へと宇宙ロケットは進路をとる。


       ◇


 結杏ゆあは星屑の輪のような場所に降り立ち、その熱を感じていた。体内の核融合が加速するような感覚がある。つまり、この場所は暑かった。


「ここに生命がいるっていってもな、そう簡単には出会えねぇぜ。まあ、微生物だったら、すでに遭遇しているんだがな」


 ミーちゃんが言う。それに合わせるようにMINEマインも口を開いた。


「うーん、それなりに大きい生命反応はこの辺りじゃあらしまへんな。もっと別の場所に行ってみぃひんか」


 しかし、そんな話をする三人の頭上に、すでに巨大な生物が舌なめずりしながら、現れている。

 まるで、岩石が組み合わさったような姿をしており、それが蛇か龍のようにこちらの様子を伺っているのである。


「うわーっ! これが巨大生物じゃなきゃなんなのぉ!

 やばいじゃん! どうしよっ!?」


 そう言いながら、結杏は巨大生物に向けて、手をかざした。核エネルギーが放射される。


 ダダダダン


 そのエネルギーによって、巨大生物は一網打尽に崩れ去った。


「あれ?」


 拍子抜けたように結杏がため息を漏らす。ミーちゃんもMINEも呆然としていた。

 しかし、その直後に崩れたはずの巨大生物が現れ、三人に襲い掛かる。


「ああ、わかったやで。こいつは巨大生物やあらへんのや。微生物の集合体が連携して巨体に見せとる。違うかな」


 MINEの言葉にミーちゃんが同意した。


「ネタがわかりゃ、対処方法なんて簡単だな」


 ミーちゃんがそう言うと、MINEが微毒のガスを撒く。すると、巨大生物は瞬く間に崩れ散った。


「まあ、微生物やっちゅうてもやな、その集合体やから、それなりのサイズがあると思うんや。集めて、鍋にして、食べるんもええんちゃう?」


 そう言いながら、MINEが微生物を集め始める。いつしか、結杏もミーちゃんもMINEを手伝って微生物を集めていた。


       ◇


「ねえ、どうしよう、これどうやって食べるの?」


 集めた微生物を眺めながら、結杏ゆあが疑問を投げかける。それに対して、ミーちゃんは思案気な様子を見せると、宇宙ロケットに行き、鍋を持って戻ってきた。

 そして、微生物を鍋に入れ、それが浸かる量の水を入れる。そして、熱の高まっている岩の上に置いた。ぐつぐつと煮込まれていく。

 その鍋の中に、料理酒、醤油、バターを混ぜ合わせ、玉ねぎを刻んだものが真空パックされているのを加えた。


「わっ、わっ、すごいいい匂いしてきた! 美味しそう!」


 漂ってくる香りに感極まり、結杏は体の中のエネルギーを臨界させる。

 それに対して、MINEマインが分析した。


「微生物の体内には旨味が詰まっておるんやろな。それに、この微生物は食欲をそそる香りに満ちておるんやろ。これはいい出汁が出そうやな」


 やがて、微生物の透明感のある色合いが真っ白に変わっていく。

 それを見て、ミーちゃんが「食べごろだな」と言い、器に微生物をよそっていき、結杏とMINEに渡した。


「酒持ってきたで。せっかくだから飲もうや」


 MINEは宇宙ロケットから日本酒のビンを持ってきた。

 それをコップに入れていく。芳醇な香りが漂う。


「私、暑いな。ハイボールにしよっ」


 結杏はコップの中に炭酸水をドボドボと加えた。

 そして、満面の笑みでそのコップを二人の前に突き出す。


「よしっ、みんなっ、乾杯するよ!」


 ニコニコしながらそう言う結杏に合わせて、ミーちゃんとMINEがコップを突き出し、それをカチンと合わせる。


「乾杯!」


 結杏はコップの中の日本酒ハイボールを飲んだ。炭酸の弾ける刺激とその冷たさが喉を潤していく。それでいて、芳醇な香り、ピリッとした辛口の日本酒の味わいがしっかりと味わえるのだ。


「この日本酒、美味いわな。すっきりとして飲みやすいんやけど、香りがしっかりしていて、辛口っちゅうのも気が利いてるやで」


 MINEも日本酒を飲みながら唸る。ミーちゃんも美味そうに日本酒をちびちびと飲んでいた。


「よしっ、じゃあ、この微生物風呂を食べるよ!」


 鍋に微生物が浸かる姿はまるで風呂のようである。それを見て、結杏は微生物風呂とこの料理を命名していた。

 結杏はその微生物を口に入れる。ぷりぷりとした食感。それを噛み砕くと、凝縮された旨味がジュワ―ッと口の中で広がっていった。


「んんっ! 美味しい! この微生物、すっごい噛み応えあるっ。それに出汁もすごい出てるし、いい味が出てるねっ」


 そう言いながら、微生物を食べ、その汁をすする。旨味が凝縮されたような絶妙な味わいがあった。

 その気分を残したまま、日本酒ハイボールを飲む。微生物風呂と日本酒の芳醇な香り、それがよく合っていた。


「こりゃ、美味いで。コリコリした微生物の食感が堪らんわな。しっかりと出汁が取れているからな。

 こりゃ、この出汁使って、雑炊かうどんか食いたいくらいや」


 MINEも太鼓判を押す。


「思い付きで作ってみたが、ことほか、美味いもんができたな。

 そうか、しめか。考えてなかったな。宇宙ロケットになんかあったかな」


 ミーちゃんも満足げに頷いた。

 そして、宇宙ロケットに向かうと、乾麺を持ってきた。


「そうめんがあった。これを入れてみるか」


 グツグツの鍋に入れると、すぐに乾麺は柔らかくなった。それをミーちゃんが取り分けていく。


「そうめん! なんか久しぶり」


 結杏はそう言うと、ツルンと啜った。出汁の美味しさが麺を伝ってくる。それに、そうめんの麦の味わい、香りもある。


「これも美味しいよっ。なんていうかな、満足感のある美味しさって感じだね」


 そう言って、結杏は満面の笑みを浮かべ、一息にそうめんを平らげていた。

 その体内では核融合と核分裂を繰り返している。


「こいつはいいアイデアやで。そうめんの食べ方って、めんつゆと薬味くらいしかないっちゅうイメージあるけどな、こういう食べ方もいいもんやな。鍋とそうめん、こりゃありや」


 MINEもうんうんと感心するように食べていた。

 そうめんもいつの間にかなくなる。三人には満足感が残った。


       ◇


「うーん、満足だよぉ。超新星の残骸も満喫したって気がするね」


 そう言いながら、結杏ゆあはお腹をさする。そのたびに核反応が起きていた。

 それを心地よさげに感じているようだ。


 そんな中、結杏に変態が起きる。

 核分裂と核融合を繰り返していたその身体が収縮していく。それはまるで線のようであった。

 結杏の身体は頭がまん丸の線、胴体も腕も足も一本ずつの線へと変わる。


「こりゃ驚いた。まるで、棒人間やな」


 MINEマインが驚いたような声を上げた。

 今までの変態の中でも飛び抜けて突飛なものに思えたのだろう。


「これは次元が変わったな。言ってみれば、一次元人になったんだ」


 ミーちゃんもまた感心したような口ぶりでそう言う。

 今まではなんだかんだ三次元の身体を保っていた。それが一次元に変わってしまったというのだ。


「ええぇ、一次元人!? なにそれ、私、どうなっちゃうの? どうなっちゃったの?」


 結杏が悲鳴のような声を上げた。

 しかし、それに回答できるものはこの三人の中にはいない。


「まあ、今まで通りに過ごしてみて、様子を見るしかないだろうな」


 ミーちゃんのその言葉で、結杏もMINEも落ち着きを取り戻す。宇宙ロケットに乗り込むと、新たな宙域に向かい、飛び立った。

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