第37話 光の国

 宇宙ロケットはまた知らない宙域を進んでいる。


「ねえ、ここどの辺りかわかったぁ?」


 結杏ゆあが問いかけた。

 それに対して、黒ウサギの姿をした宇宙生物ミ=ゴであるミーちゃんは計器類を調べ、最新鋭ロボットのMINEマインはロケットの外側に出て情報収集している。


「わかったのは今までいた宙域とはまったく違う場所に来たっちゅうことやなあ。

 けどな、今までに見たことのない星の並びっちゅう感じするなあ。人工的っちゅうか、なんか、知的生命の息のかかった星雲って感じがするんや」


 MINEが困惑したような声を上げた。


「ふん、ここは知ってる。しかし、この辺りで補給できる場所は……」


 ミーちゃんが何か意味深なことを言う。

 しかし、結杏はいつものことだと思っているのか、上機嫌な声を上げた。


「よぉしっ、じゃあ、行くぞ、みんなぁ! 目指すのはその場所だっ!」


 それを聞くと、「ふん」と鼻を鳴らして、ミーちゃんはあきらめたように宣言する。


「向かうか、光の国へ」


       ◇


 遠くに恒星の成れの果てと思えるものが見えた。もはや、光を自ら放つのではなく、ただ反射するだけの存在。


「あれは超新星爆発で恒星としての役割を終えた天体やな」


 MINEマインが呟いた。

 そして、その手前に光を放つ天体があり、それを中心にして惑星や星屑たちが公転していた。


「あれが光の国ってこと?」


 ポリプ状のガス生命体の姿をした結杏ゆあが質問する。

 それに対して、ミーちゃんが頷いた。


「あの星は恒星がなくなる瞬間に知的生命がいたんだ。恒星の消失をどうにか克服しようとして、自らの惑星に太陽光に匹敵するエネルギーを放射する建造物を建てた。

 それによって滅亡を免れたんだ。だから、光の国って呼ばれてる。

 けどな、あの星の奴らは……」


 変なところで言葉を濁す。

 結杏は気になって、疑問をミーちゃんにぶつける。


「ねえ、どうなったの? あの星の人たちは何か大変なことが起きたの?」


 しかし、ミーちゃんは答えようとしなかった。

 ただ、ぼそりと一言呟いた。


「会ってみればわかるだろ。逆に言葉で言ってもわからねぇよ」


       ◇


「ふむ。確かにこの辺りで補給ができるとしたら、ここだろう。

 しかし、随分と大変な目に遭ったのだな。可能な限り、この光の国でゆっくり過ごされるといいだろうな」


 光の国へと降下した宇宙ロケットの前に、光の国の使者を名乗る生命体が現れる。それは光輝く巨人であった。


「しかし、光の国に溢れるディメンション光線はほとんどの生命にとって有害なものだ。我らも元来は光を放たぬ二足歩行の知的生命体に過ぎなかったのだが、惑星の危機に当たって、プラズマタワーを建設し、その影響でこのような姿に変わったのだ」


 そう言うと、使者は結杏ゆあたちとそう変わらない大きさへと小さくなった。


「このように伸縮は自在であるのだがな。エネルギーを常に強く吸収するため、このような身体の大きさを長時間続けるとエネルギーを持て余し、暴走させてしまう恐れがあるんだ。

 だから、すまないが、この大きさで案内させてくれ」


 その言葉とともに、また元の巨大な姿に戻った。

 使者の案内によって、光の国を宇宙ロケットは飛ぶ。


「うわぁ、すごーいっ」


 結杏が感嘆とした声を上げた。

 それは超文明というべきか、あるいは超未来都市と呼ぶべき凄まじさであった。建物のどれもが純銀に輝いているようで、そのどれもが洗練されている。交通機関もエネルギー機関もこれ以上ないほどに効率化されているのがパッと見でも理解できた。


「これはプロメテよりも科学力が進んでそうやなあ」


 MINEマインが思わず呟いた。


「使者さんよ、俺たちは補給したい。それと食事もな。どこに行ったらいい?」


 ミーちゃんが尋ねる。すると、使者の胸で輝く光球が赤色に変化した。


「私たちはこの光によってエネルギー補給できる。だから、食事を必要としないんだ。

 だが、来訪者には食事が必要なものも多い。だから、光をほかの星の食事の形にしたものを用意している。それを出す場所へと案内しよう」


 三人の乗る宇宙ロケットは死者の案内のもとに、ドームのような建物に入っていく。


       ◇


 ドーム内に宇宙ロケットは着陸した。

 結杏ゆあ、ミーちゃん、MINEマインの三人は宇宙ロケットを降り、小さくなった使者に案内され、自分たちのサイズに合った食堂に到着する。

 三人が席に座ると、間もなく飲み物が置かれた。


「よぉしっ、みんなぁ、乾杯しよっ」


 結杏が呼びかけると、使者も含めた三人がグラスを手に取る。


「形だけだが私も付き合わせてもらおう」


 四人は「乾杯」の掛け声とともに、グラスを合わせた。

 グラスの中の飲み物を一息に飲む。


「うわっ、何これ? 飲み物なのに、液体? だよね、これ。でも、光そのものって感じもある。光が飲み物って、不思議だねぇ」


 結杏が首をかしげながら、その飲み物を飲んだ。

 それは味わったことのない味わいだった。爽やかな飲み口で、柑橘系の香りがする。しかし、その中に光が溶け込んでいるような感覚があった。あるいは光を無理やりに液体にしているような、そんな印象もある。


「確かに、これは不思議やな。アルコールが入っているのか入っていないのか、わからんくらいなのに、酩酊するような感覚もあるわ。それでいて、エネルギーもめちゃくちゃ感じるわな。あの巨体を維持させるだけの光のエネルギーを液体に変換したものっちゅうことなんやな」


 MINEは興味深げに飲み物を飲み、顔のモニターに数式を羅列させた。

 ミーちゃんは飲んだ知識を持っているのか、特に感動もなさそうに飲み物を飲んでいる。


「料理もできたようだ。食べてくれ」


 使者の言葉とともに、テーブルの上に食べ物がふわっと現れた。光の科学力の賜物なのだろうが、いつの間に出てきたのか、よくわからない。

 それは光る円形の食べ物だったが、どこか香ばしいような、肉の焼けたような匂いを伴っている。食欲がそそられる。


「美味しそう! なのかな、なんか不思議な見た目……」


 結杏は困惑しながらも、光る食べ物を手にした。

 口にする。外側は香ばしく、パリパリした食感があった。けれど、一度噛みしめると、柔らかさがある。そのまま、噛り付くと、肉汁が溢れてくるような感覚があった。

 肉の旨味を感じる。肉の野性味、旨味、香ばしさ。それがしっかりと感じられる。だが、それと同時に光のエネルギーが体内に入ってくるのを感じた。

 シャキシャキした野菜のフレッシュさもある。飽きの来ない味わいがあった。


「美味しいね。でも、なんか不思議さが先にあるかなあ。それに、なんだろ、力が溢れてくる感じ、あるよ」


 そう言う結杏のポリプ状の身体から光が漏れ出てくる。


「いや、これは見た目以上にカロリーあるわ。いや、カロリーっちゅうより、もっと純粋なエネルギーというべきうかもしれへんな。

 でもやな、さすが、これだけ文明の発達してる星の食べ物だけはあるわ。実際にめちゃくちゃ美味い。これは食べるものの嗜好を呼んで味付けしているんやろか」


 MINEもむしゃむしゃと食べながら、感心したような声を上げた。

 ミーちゃんは「ふん」と斜に構えたような表情をしていたが、それでも「美味いな」と笑みをこぼす。


「満足していただけたようで嬉しいよ」


 光の使者の表情はわからなかったが、ほほ笑んでいるように見えた。


       ◇


「うーん、なんだか身体がグニャグニャな感じするよぉ」


 結杏ゆあが複雑そうな表情をする。心地良さそうにも見えるが、苦しそうにも見えた。

 変態が始まっているのだろうか。


「なんか、身体が……」


 その異変にいち早く気づいたのは光の使者だった。

 ミーちゃんとMINEマインの前に立つと、その光る身体をさらに輝かせる。


「君たちは下がっていてくれ」


 その言葉が言い終わるのが早いか遅いか、結杏の身体が爆発した。

 それを光の使者が光線を放ち、その光線により爆発を抑える。いや、抑えているのではない。爆発のエネルギーを吸収しているのだ。


 パンッパパンッパンッ


 爆発の轟音が破裂音に抑えられた。

 どれだけの時間がたっただろうか。


「どうやら地球人には光のエネルギーは負荷が高すぎたようだ。だが、どうやら落ち着いたようだ」


 結杏は光輝くような姿になっていた。いや、光っているのではない。常に爆発しているのだ。

 その爆発が自分の体の中だけで留まるようになったため、かろうじて安定しているといえるのだった。


「これは……核エネルギー生命体……とでも言うべき存在か」


 ミーちゃんが結杏の様子を眺めつつ、呆然としたように呟く。

 光の使者は申し訳なさそうに発言した。


「食物としてならここまでの影響はないと判断していた。思慮が足りていなかったようだ」


 それに対し、MINEはモニターに数式を羅列させつつ、返事をする。


「うーん、結杏はいつもこんな風に変態するんや。光のエネルギーが高カロリーだったっちゅうんは、まあ、そうなんやろうけど」


 しかし、肝心の結杏はケロッとした様子だった。

 ニコニコと笑いながら、声をかけてくる。


「なんか、すっごい力が満ちてる感じするよ!

 旅を続けよう。なんだか、どこまでも行ける気がしてきたよっ」

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