君にまつわる散文詩

篠生五日

君の季節

⠀高垣未來みくという人間は、まるで少女であるかのような男だった。顔付きが特別可愛らしいわけでもなく ——まあ、どちらかと言うならば中性的な顔立ちではあったが—— 女の子のショートカットかそれより短い髪型も、筋肉はそうついていないものの明らかに男性だと分かる肩幅も体格も、少し掠れたようなハスキーがちな声も、すべて彼の性別から逸脱してはいなかった。

⠀ただ、彼の澄み切った性根とそこに合わさったほんの幼さが、完璧と言えるくらいの少女性をその青年に違和感なく、絶妙なバランスを持って纏わせていた。

⠀それは生娘ぶった同級生の女の子では到底敵わないくらいの、純粋で天然なもののようだった。


閑話休題。


⠀未來に初めて会ったのは寒さがすこし染みるようになってきた冬のはじめで、会えなくなったのは春の近づいてくる空気がしてくるような冬のおわりだった。

⠀今でも、冬の季節と未來がふと重なる。今年も君の季節が近づいてくる。

⠀肌を刺す冷たさを感じる時は初めて君に会った日の空気のこと、冷えた指先を温めようと自分の冷たい指先に触れる時には、触れた君の細く頼りなげな指先が不安になるほどに冷たかったこと。衣替えには、毛玉だらけのせいで箪笥の隅に押し込めたままの、いつの日だか君が俺に似合うと言った藍色のマフラーを見つけて。

⠀ふとした瞬間にかつて隣にいた未來の存在の輪郭に触れる。どれだけ時が経っても君の季節に、いつかの君とまた逢えて、いつの冬でもきっとそれは変わらない。

⠀俺の中の未來の笑顔はいつだって制服を着た十八歳のままで、鏡に映る俺の姿はいつしか二十を超えた男で、少年ではなくなって、それでも未來は、あの頃の完璧な少女のような少年のまま、変わらない。その事実はとてもかなしくて、俺の醜い部分はそれを愛しいと思う。ある日のまま完成された、俺の、俺だけの「高垣未來」の像はいつまででも色褪せないままだ。

⠀或いは、色褪せていく部分を的外れに鮮やかな色で俺の手で補修し続けているだけなのかもしれない。でも、それだってもうどうにも仕方がないことで、だってほんとうの等身大の未來の姿を更新することは、もう叶いはしない。

⠀もしかしたらそれはそれで良いのかもしれない、と、思う時がある。心を焦がされた完璧なままの未來を記憶に閉じ込めたままでいることを、その像が永劫この世界のささいな営みによって穢されることのないことを、ほんのひとかけらほど安心してしまう自分がどこかに潜んでいて、それがひどく恐ろしい。もっと君の笑顔を目に記憶に、俺の人生から二度と剥がれ落ちないくらいに焼き付けることができたら。そうだったなら。


⠀君のことを確かに愛していた俺の人生の中のほんの四年と数ヶ月。その数年が、未だ俺を呪ったままでいる。

⠀恋慕でもない、ただの友愛でも、親愛という名でさえも、なにも俺と未來の間にあった愛を形容することはできなかった。それでも、なによりも確かに、俺たちは愛に繋がれていた。

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