近所のスーツを着たストーカー女の夫として、永久就職させられる話

やまなみ

1.近所のスーツを着たストーカー女の夫として、永久就職させられる話



あ、おにーさん、おにーさん。



こんばんわあ。

また、逢いましたね。



今は仕事帰りですか?

ずいぶん遅い時間ですね。



へえ〜…。

ちょうど忙しい時期だと。

それは大変でしたね。



お仕事お疲れ様です。

ほんと、おにいさんはいつも頑張っていてえらい、えらい。



え?

「そんなことない」って?



何言ってんですか。

もっと自分に自信を持ちましょうよ。



あなたは、毎日クタクタになるまで世のため人のためにお仕事をしているんですよ。




毎日眠いのに早起きして会社に出て。


ストレスの多い人間関係の中で何とか頑張っている。



そんな頑張っているのに、おにいさん自身が「頑張っていない」なんて言わないでくださいよ。




あなたの頑張りを、陰で見守っている人もいるかもしれないんですよ?



だから、おにいさんはもっと誇ってください。



そんなにしかめっ面をしてると、幸せが逃げていっちゃうんですから。




………もう!


そんな難しい顔をしないの!


私はおにいさんの几帳面な所も好きですが、ちょっと真面目すぎるとも思っています。


そうやって、なんでも難しく考えてばかりだと、心を壊しちゃうんですから。


おにいさんが傷つくのは…私も嫌ですから。





…あっ、そうだ!


ほら、こっち来てください。


「え?」って驚かなくてもいいですから。




私が先導しますから、付いてきてください。



ちょっと、おにいさんを癒やす良いアイデアを思いついたんですよ。


だから早速やってみたいなと。



ほーら!

こっちですよ!



早く来てくださいよう。


あなたが来てくれないと、この人気のない夜道を、私独りで歩くことになるんですよ?




…………。



へへ………戸惑った割には、ちゃんとすぐに来てくれましたね。


嬉しいです。


それだけ私のことを心配してくれてるってことですもんね。





うへへ…うれしーなあ。



そんなに想ってるなら、早く、私を…。





………おっと、ぼーっとしてました。

ついうっかり。




で、何でしたっけ?


あ、そうそう。


私の考えた、おにいさんを癒やす最高のアイデアですね。




とはいえ話しながら歩いていたら、もう目的地に着いちゃいましたね。


それじゃあまずは…あのベンチに座ってからにしましょうか。





…よいしょっと。


さ、私が座ったんで、おにいさんも、こっちに来てください。




うんうん、そんな感じで私のすぐ横に座って。


それじゃ今度は私の膝に頭を乗せるように、横たわってください。




「とういうこと?」じゃないですよ。


膝枕ですよ、ひ・ざ・ま・く・ら。





おにいさんを、私の膝枕でナデナデして癒やしてあげようと思ったんです。


いつもしかめっ面で深刻に考えてばかりなんだから、たまには人に甘えましょうよ。




…だーめ!


恥ずかしがっても、別に誰も見てないんですから、意味ないですよ?



せっかくなんだから、甘え倒しちゃいましょ?



…もうっ。

堅物なんだから。





ま、しょうがないかぁ。


おにいさん、恥ずかしがり屋だし、堅物だし。


膝枕なんて素直に受けてくれないよねえ…。


ええ、ええ、分かりましたよ。



おにいさんに膝枕を堪能してもらうのは諦めます………。





………………とでも言うと思ったかぁっ!




おうりゃっ、隙ありぃ!


そんな素直じゃない子には、ぎゅーしてやるんだ!


ぎゅー!!




へっへっへ!

どうだぁ、逃れられないだろぉ!



隙を見せたのが悪いんだ!


大人しく私の膝に沈むがよいっ!



(うわっ、やっぱおにいさん、力強い…!

筋肉けっこうあって逞しい好き!)



…と、とにかく、このまま私の方へ引き寄せてっと…。


とりゃ!




…あ、ああれっ?


う、うおっととと…………。



危ない危ない…、仕掛けた私がバランス崩して、ベンチから落ちそうになっちゃっいました。


でも…へへ…、急に抱きしめられると、バランスが崩れちゃいますよねえ。



おかげで、きれいに膝枕の体勢になりましたね。


おにいさんのかっこいい頭が、私のお膝の上に…。




…ふへへ、私の勝ち!


私の作戦勝ちです!




そんな感じであなたは負けたので、勝者たる私の願いを、何でも一つ叶えなければなりません!



「何言ってんの?」ですか。



しゃらっぷっ!


おにいさんは負けたんですから、私の言うことを大人しく聴いてください。


これはそういうものなんです。





…それでは、私の願いについてですがっ!


ぱんぱかぱーんっ!



私のモノになっ……げふんげふんっ………私の気が済むまで、おにいさんが私の膝枕で寝てくれることですっ!



そういうわけなので、大人しく膝枕の刑を受けてください!



もう、泣いて謝っても逃がしませんよ〜!


あなたは一生、私の膝枕に沈み続ける人生なんですからっ!


ぐへへへへ………。






…とまあ、おふざけはさておき。





どうです?

私の膝枕は?



意外と悪くないでしょ。



うふふ。


恥ずかしがっちゃって、そんなぎこちなく頷くのも可愛いですね。



…ここの公園、夜はけっこう静かで落ち着くんですよ。


私もたまに夜風を浴びながら、ゆっくり考え事をしているんです。



え?

どんなことを考えてるのかって?




それは…えへへ。

…大切な人のことですよ。




家族?


いえいえ、もっと、大事な人です。




その人について考えると、心が温かくなって、幸せな気持ちで満たされて……。



……え?

 

「それは誰なの」って?




もーう、だめですよお?



そういうことを聞くのは、今の時代、セクハラになるらしいですよ?


おにいさんったら、えっちなんだから。




ぷっ…くふふ。


ちょっとお、おにーさん!

そんなに慌てなくてもいいじゃない。



なんで「セクハラ」って言われただけで、そんなに慌てるんですか?

ふふ…あはは。



だ、大丈夫ですって、冗談、冗談。



そんなに謝んないでくださいよう。



分かってますから。

おにいさんがセクハラなんてする人じゃないってことくらい。



ほんと、おにーさんったら、冗談が通じないんだから。


ま、そんなところも可愛いんですけどね。




そんはそうとして……話してるうちに、だんだんと眠くなってきたんじゃないですか?



とっても疲れているってことですよ。


おにいさんは自分でも自覚できないくらいに、心が壊れているんですから。



そんなときは人のぬくもりに触れて、安心して寝てしまうのが一番なんです。



なんでも、親しい人とのふれあいがオキシトシンの分泌をもたらして…………あ、なんか自分が小難しいこと言おうとしましたね。


やだもー。

おにーさんの話すような言い方になりそうでしたよ。


あはは。




やっぱり、好きな人をずうっと見ていると、その人に似てきちゃうみたいですねぇ?




私は、あなたのことをずっと監視してますから。



…おっと、流石に言い過ぎちゃいました。

あぶないあぶない。




でも、もうおにいさんは眠すぎて、それどころじゃないみたいですねぇ。


ふふふ。




よしよし、いい子、いい子。


ゆっくり休んでくださいね。

私はずーっとおにーさんの傍にいますから……。




大好きですよ。

わたしのおにいさん。





…………。


…あはっ、寝ちゃったようですね。





このまま間近で寝顔を見ていたいところですが…。


今回の目的はそれじゃあないんですよね。




ちょっと重いですが、おにいさんの身体を動かして…………ふう。



…寝ているときに身体を動かしても、起きないみたいですね。




相当くたびれてますねえ、これは。



やっぱり、おにいさんは私が厳重に保護して、守ってあげないと…。


そうして、一生私のもとで飼ってあげれたらいいのですが。



…おっと、いけない。

気がついたらおにいさんの寝顔を見てしまいますね。



ほんと、罪な男ですよお?

私のおにいさんは。



…願わくば一生おにいさんを観察していたいものですが、今はおにいさんが起きる前に、やることをやっておかないと………。




えーっと、ここをこうして…おにいさんの配置はこうして……。



カメラはこの構図かなぁ……。


…うん、よし。




この写り方なら、おにいさんが私を襲っているようにしか見えませんね。




それじゃあ…パシャリっと。


…よしよし、良い感じの写り方ですねえ。




これなら、立派な脅迫の材料になりそう。




おにいさんはもうぐっすりおネムなようですから、あと何枚か撮っておきましょうか。



それじゃあ……おにいさん。




あなたを私のモノにするためですから、途中で起きないで下さいね?



ーーーーーー



あ、起きましたか?



おはようございます。


おにいさん、ぐっすり眠っていましたよ?



ふふふ。


恥ずかしがりながら、ふわぁぁ……っとあくびをしちゃって………ほんとに可愛いですねえ。




「迷惑かけてすまない」って?



全然!


迷惑な訳ないじゃないですか。



むしろその逆!



おにいさんの寝顔を、こんな特等席で独り占めできたんですから、迷惑どころか感謝の思いしかないですよ。



膝枕役として、最高に幸せな時間でした。


え?

大げさだって?



いーえいえ、本音ですよ。

心からの、ね。





それで、おにいさん。


私の膝枕はどうでしたか?


疲れは取れました?




「久しぶりに人肌に触れて気持ちが緩んでしまった」と。



ふむふむ…それは良かった!



最近のおにいさん、いつも元気がないなあって心配だったので、少しでも気が晴れたのなら嬉しいです。



それも、他の誰でもない、私があなたを癒せたんですから、こんなに嬉しいことはないです。




これからも、おにいさんを癒やしてあげたいなあ……。


ま、そう遠くないうちに、この先一生ずっと閉じ込めてあげるから、癒やし放題になるんですけどね。


おっと…。



いえいえ、なんでもないですよ?



これから先も、おにいさんが望めばいつでもこんな感じで癒やしてあげますよ、って話ですよ。



「そこまで迷惑をかけたくない」って?



むう…そんなことないんですけどね。


私はあなたのためなら、足がねじ切れても駆けつけるつもりですよ。


そのときに「迷惑だ」なんて思いは、微塵も抱かないですから。




まあ、おにいさんは優しい人だから、人に負担をかけたくないって気持ちは分かるんですけどね。


その優しさが、あなた自身を壊してしまうかもしれないってことは、忘れないでほしいなあって。




とりあえず今日は、おにいさんの顔色が少しでも良くなったようで何よりですよ。


私もおにいさん成分を堪能できて、満足です。




……それじゃあ、夜も遅いですし、そろそろ帰りましょうか。




本当はおにいさんのお家まで送っていきたいんですが、私は私でちょっとやることがありまして。


なので、ここでいったんお別れにしましょう。



なーに。

またいつでも会えるんですから、寂しがることはありません。



ほんの一瞬の、お別れです。



(………ほんとは、少しでも離れるのが辛いですが。

ま、リアルタイムの監視映像で我慢しましょうかね)




おにいさんもまだ疲れが残っているでしょうから、今日はゆっくり休んでくださいね?



それでは……。


おやすみなさい、おにーさん!

良い夜を…。



ーーーーーー




……ふふ……。

……行っちゃったなあ……。



あの背中が遠ざかっていくのをただ見ているのって、辛いんですよねえ。



あの愛しい背中に抱きついて、「行かないで」って泣きつくのを我慢しないといけないんですから。





だいすき。




だいすきだよ、おにいさん。




これ以上、あなたが壊れるのを見ているわけにはいかないんだから。




そのためには、いったんおにいさん成分の接種を我慢して、残った仕事を片付けないといけません。




一つは、この写真を使って脅迫の材料にするのと………。



あとは…ああ、おにいさんをあんなに壊しやがったゴミ会社のクソムシどもに、罰を与えてやらないと。


私のおにいさんを穢すのが、どれほどの罪なのかを、魂に刻み込んでやらないとですね。



……くふふ、どうやって懲らしめてやろうかなあ……。


楽しみですねえ。



ふ…ふふ。



待っててくださいね、私のおにいさん。





私があなたを、永遠に守ってあげますからね。






======

あとがき・解説


タイトル通り。


ブラック企業の社畜極まって心が壊れている「おにいさん」が、テンションのおかしなストーカー女の夫として永久就職させられます。

3話で完結する感じです。


今回は息抜きがてら台本形式で作りました。

普通の小説形式と比べて想像の余地がある反面、状況説明がやりにくかったりなど、一長一短な感じ。



ストーカーさんは訳があって資産と時間を持て余しているので働く必要がありません。

なのでスーツを着ていますが、これはある種のコスプレです。

「おにいさん」と同じブランド、同じようなデザインのスーツを作って、勝手にお揃いにしているだけのやばい人です。


ストーカーさんは基本こんな感じの顔で、「おにいさん」と話しています。

明らかにやばめの表情をしていますが、「おにいさん」は社畜極まって心が壊れているので、気づいていません。


普通に考えるとホラーなシチュエーションですが、「おにいさん」がもともと地獄みたいな精神状態なので、結果的にストーカー女さんの存在が救いになってしまった感。

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