断片集yyyymmdd

丸井零

断片20240616

「生きるというのは、一歩前に進むたびに負っている荷物が増えていくような旅なのかもしれない」

「じゃあ後ろに下がれば荷物は減っていくということ?」

「それが老いるということだろうか」



 弱くて不器用で醜い生物がいる。それは私という名前をしている。それを踏んづけていじめて遊んでいる生物がいる。それも私という名前をしている。それらが同じ名前であることに、実は気づいていたのかもしれない。でも知らないふりをしていた。そんな生物がいる。やはり私という名前だった。



「死ぬときは死ぬって、事前に言っておいてほしいんです。何月何日の何時頃も死にますって。見に行きますから」

「死にたい気持ちは死にたいときにしか湧いてこないから予言はできないね」

「じゃあずっと見ておきますね」

「死神は大変だな」



 人と話すことは海に沈むことと似ている。時々浮上しては息継ぎをしなければならない。そして息継ぎできなければ窒息して死んでしまう。死んでしまったあとは、海の底へと沈んでいく。自分の意思で動くことはもうできなくなる。ただ流されるだけになってしまう。



 文章を書くことによって、形の無かった感覚や違和感に形を与えることができる。私はそのために文章を書いているのだろうと思う。それは論理という形式は取ってはいないかもしれない。それでも人の共感を得られることがある。「自分がぼんやり思っていたことを言語化してくれた」という褒め言葉がある。この言葉はもはや、時の流れの速いインターネットの中では死語として、思考停止の象徴として扱われるようになった。それでも、言語化できなかったものを言語化することによって救われる人間は確かに存在するし、小説や文学というものはそういう表現の外注によって成り立ってきたのではないだろうか。

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