『贖罪』
猫墨海月
『疑念と贖罪』
私達は違うと思っていた。
優しくて、人気者の彼女と、
暗くて、人が怖い私。
一生分かり合えないと思っていた。
だけど、それは少し違うよう。
「ふふっ、楽しいね」
夏の夜、腰掛けた防波堤で。
こちらを覗き込んで笑う彼女は、私と同じだった。
「…不良みたい」
「それでいいんだよ。だって、私達だよ?」
優等生してるより、よっぽど似合うじゃん!
悪戯っ子のように笑う彼女。
私達は同じ。らしい。
何回呟いても、未だに信じられない。
正反対な私達の共通点が、「死にたい」だなんて。
「どうかしたのー?」
「ううん。なんでもない」
「そっかー!じゃあ、もうちょい歩いちゃう?」
返事を待たず駆け出した背中。
追いかけるのに精一杯だった。
◇◇◇
「わ、ニュースに乗ってる!」
「え…。大丈夫かなぁ…」
「大丈夫大丈夫!さ、行こ!」
スマホで流れるニュース。
2人の女子高生が行方不明。
彼女達を見かけた方は、警察に連絡してください。
声と共に、視界に映る着信履歴。
プツンと電源を落とし、消し去る。
今となっては情報入手はコレでしか出来ないから。
充電は、大切にしないとね。
「次はどこを回ろっか」
「んー…行きたいところ、全部行っちゃお!どうせ人生最期の旅なんだし!」
「…うん」
人生最後。
その言葉の重みを、理解しないまま。
私達は逃避行の旅を始めた。
◇◇◇
海辺にて。
彼女と星空を見た。
彼女の笑顔が月のようで。
海に消えてしまいそうだと思った。
◇◇◇
神社にて。
彼女と願い事をした。
早く死ねますように。
きっと、そう願った。
横で手を合わせる彼女。
私はきっと、彼女には――
◇◇◇
公園にて。
彼女と談笑をした。
まるで小学生に戻ったみたいだ。
私のしたかった青春が、叶った。
ただ友達と遊んでるみたいだね。
◇◇◇
田舎の路地裏にて。
彼女と猫を愛でた。
アレルギーがあったけど、触った。
柔らかくて愛おしかった。
◇◇◇
コンビニにて。
店員さんに声をかけられ。
彼女と慌てて店を出た。
怖かったけど、楽しかった。
彼女の焦る顔を見て、思う。
家に帰りたくない。
だって、
これは細やかな反抗だから。
◇◇◇
宿屋にて。
彼女と日の出を見た。
幸い、ここは田舎だったから。
気付かれることなく夜を越せた。
初めての経験だった。
最後に、これを見れて良かったな。
◇◇◇
森の中にて。
彼女と歩みを進めた。
着実に近づく終わりに、なんとも言えない気持ちになる。
彼女の背中は細かった。
押したら、壊れちゃいそう。
でも彼女の笑顔は誰よりも強い。
だから、私はまだ信じられない。
彼女が死にたいと思ってるなんて、嘘でしょう?
◇◇◇
小川の側にて。
水遊びをした。
彼女は天使みたいだった。
悩みなんてないでしょう?
死にたくなんてないんでしょう?
私の言葉に、彼女は静かに頷いた。
「じゃあ、どうして?」
「ただ、思い出がほしかっただけだよ」
返事は単純だった。
私達は同じじゃなかった。
だけど、今は違う。
彼女は死にたくない。
私も、死にたくない。
「戻ろっか」
彼女の提案に、今度は私が頷いた。
彼女は満足気に笑った。
◇◇◇
帰路にて。
彼女と歩く道は、来たときよりずっと輝いて見えた。
私は死ねなかった。
けれど、それも悪くない。
彼女と過ごした日々が出来たから。
皆に迷惑を掛けてしまった。
謝罪はまだ間に合うかな。
生きるの、まだ間に合うかな?
「大丈夫。間に合うよ」
妙に説得力のあるその言葉。
信じて生きてみることにした。
彼女がいる限り、私はきっと生きられるから。
人生の中の短い期間。
高校生の私にとって、長い期間だったこの旅は…。
凄く大切なものを得られた気がする。
それもこれも、彼女のおかげ。
これから一生を掛けてお礼をしないとね。
「…あのね、私この日々がすっごく大好きになったの。だから、もうちょっと生きてみる」
「そっか!それなら、良かった!」
弾けるような笑顔で、彼女は笑っていた。
甘い甘いこの日々は、私の一生の宝物になるだろう。
◇◇◇
『 学校が、嫌い。
幸せそうな友達を見ると劣等感を感じてしまうから。
家が、嫌い。
家族を褒める言葉が、私に対する皮肉に聞こえるから。
君が、嫌い。
いつも笑顔で考えが読めないから。
どんな時だって、優しかったから。 』
「…これだけ、ですか…?」
私の声に、彼女の母は頷いた。
『遺書』と書かれたその紙は、ただのメモ帳だった。
そのメモ帳を握りしめ、私は膝をつく。
彼女の葬式は、粛々と行われた。
黒で埋められた世界から、光は旅立っていった。
あの日々は、びっくりするほど不味かった。
『贖罪』 猫墨海月 @nekosumi
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