第42話 神々の時代

「……メイって何歳ぐらいなんだ?」

「女性に年齢を聞くのはいけないことだと、私は聞いたが?」

「誰に教わったんだ、その無駄知識は」


 本を読んでいる最中に、ふと気になったので聞いてみたら予想外の答えが返ってきた。

 ドラゴンだから見た目だけで年齢を判断するのは難しいし、以前の世界樹を知っている感じだったから結構な年齢なんじゃないかと思って聞いてみたのだが……まともに答えてくれる気はないらしい。


「それを聞いて何になる」

「……黄金郷について、知っているか聞きたくてね」


 俺がこの世界に転生してずっと追い求めてきた黄金郷。結局、自分の力では見つけることができなかったその理想郷が本当に実在しているのか、ドラゴンとして長い時間を生きてきたであろうメイなら知っているかと思ってしまったのだ。

 邪道であることは理解している。黄金郷とは自らの足で求め、発見してこそ価値のあるものであって、他人に存在しているのかどうかを聞いてから探しに行くのではそんなもの理想郷と呼べるものではない。ただの観光と何も変わらないだろう。しかし、それでも俺は黄金郷が本当に存在していたのか……それだけがどうしても知りたかった。


「黄金郷……つまり黄金で作られた国ってことでいいんだな?」

「あぁ……もしかして知ってるのか?」

「いや、知らん」


 知らないんかーい。


「そもそもその黄金郷とやらは、神々の時代に作られたものだって話だろう?」

「詳しいな」

「お前の持っている本を読んだ」


 あぁ……文献ね。確かに俺の家には黄金郷や神々の時代について考察されている論文や、過去から伝わる文献を翻訳したものなんかがいっぱい転がっているので、知ろうと思えばいくらでも知ることができるか。


「先に言っておくが、私は神々の時代より後に生まれている。年齢的に言えば世界樹よりも下だからな……世界樹が知らなければ私も知らない。そう思ってくれていい」

「そっか……神々の時代の生き残りってのは、本当にいないんだな」

「まぁ、それだけ神という存在が強力なものだったということだ。それこそ、世界が形を保って残っていることが奇跡に思えるようなほどに、な」


 神々の時代……まだ神という存在が地上で活動していた頃の話は文献に何度も出てくる。神を王のように崇めて国が幾つも形成され、人間が今よりももっと栄えていたらしいが……最終的に神々の争いに巻き込まれて全てが消え去ってしまったとか。神々の時代に生きていたモンスターは今のモンスターよりも更に強力なものばかりで、天を覆いつくすような大きさのドラゴンや、海を丸ごと飲み込んでしまうぐらいのクジラがいたりしたらしいが……それらも全て神々の戦争によって死んでしまったのだとか。

 過去のことを知ることは、人間にはできない。何故なら人間は未来に進み続けることしかできないから……人間は時の流れに抗うような方法は持っていないので、過去のことは記録でしか知ることができない。


「ドラゴンから見てもそんな強力な存在っているんだな」

「当たり前のことを言うな。お前はドラゴンをなんだと思っているんだ……人間と同じように首を落とされれば死ぬ。血を流しすぎても死ぬ。人間には観測することはできないかもしれないが寿命でも死ねるし、病気だってかかる」

「生物ってことだな」

「そうだ。この世に不死の生物など存在しない……神々ですら、戦争で何柱も死んだと聞く……つまり、神も生物だったということだな」


 ふむ……死ねば生物か。確かに考え方的にはあっているのかもしれないな……終わりがあるから生きていると言えるのだと。終わりのない生物などそもそも生きているのか死んでいるのかもわからないものかもしれない。


「で、その黄金郷とやらを探してどうする? 黄金を大量に持ち帰って金持ちになるのか?」

「いや、神々の時代は確かにあったんだって……人々が夢想した理想郷は確かにそこに存在したんだってことを証明したいと思っていた。俺が見たいだけってのもあったけど……」

「……変わった奴だな。それを証明して何になる?」

「楽しいだろ?」


 俺の言葉を聞いて、メイは理解できないものを見るような視線を向けて来た。

 わからないかなぁ……俺が言っているのは所詮浪漫の話なんだ。実際に黄金郷に到達して金が手に入るとか、そういうことは重要じゃないんだ。黄金で作られた都市が存在して、実際にその目で見ることができたら……俺はきっと死んでもいいって思えるだろうって思ってる。ただ見たいだけなんだ……前世の頃から何度も聞いた黄金郷が存在しているかもしれないって、ただ追いかけていたいだけなんだ。


「だが諦めたんだろ?」

「現実は厳しいってことさ」


 追いかけていただけだった……けど、実際にはずっと追いかけ続ける訳にもいかない。夢は、どこかで置いてこなければならない……夢を追いかけ続けることはなによりも難しいことだし、人間にはできないことだと思うから。


「夢を追いかけるのが人間の生きる意味だと思ってる」

「繁殖することだろ」

「それは生物的なことだろ?」

「なにも違わない。生物は生まれて、繁殖して、死んでいくのが定めだ」

「浪漫がないなぁ」

「いらん」


 つまんないの。

 俺は、初めて空を雄大に飛ぶドラゴンを見た時に、この世界は浪漫に満ち溢れていると興奮したものだけどな。


「お前の夢とやらには興味がないし、お前の言うような浪漫とやらにも興味はないが……お前の原点が何処にあるのかは気になっている」

「原点?」

「強さの源だ。お前は不思議な奴だからな……まるで? この世界に生きている存在を、上から見下ろしているような、そんな感じだ」

「そんなことないと思うけど……割り切ってるだけじゃない?」

「いいや……お前は根本的に普通の人間とは何かが違う」


 俺が異世界から転生してきたから、そのことを言っているのだろうか。メイが言うような世界を俯瞰して見ているつもりなんて全くないんだけども……もしかしたらちょっと浮いているのかもしれない。実際、世界からしたら異物であることは間違いないだろうし。


「……わからん」

「だろうね。俺も何のことかさっぱりだもん」


 とは言え、メイが言っていることは全く理解できないので頷くこともできない。

 メイは俺の返答を聞いて興味を失ったのか、大きな欠伸をしてからそのまま横になった。自由気ままな奴だな。

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