第4話:地雷女先輩は勘違いするようです
各々の教室でホームルームが行われる五分前。
職員室内では、一足早めに先生たちの間で朝礼が行われる。
「今日もまだ御坂先生は来ていませんね」
隣に立つ梓沢先生は耳打ちしてきた。
額に冷や汗を掻きながらも、佐藤守は他人事のように
「そうですねー」
「佐藤先生。
「一応御坂先生には言っているのですが……言うことを聞いてくれなくて」
「それではもう指導係失格ではないですかー」
根は真面目な梓沢先生はご立腹なご様子で唇を尖らせた。
「すみません。俺がもっとしっかりしていれば……」
「そうですね。佐藤先生も悪いです。でも、もっと悪いのは御坂先生です。わたしの方からもビシッと言っておきます!! 先輩としてギャフンと言わせなければ!!」
「あ、あの……本当にすみません」
「何を言っているんですか? わたしたちは同期ではありませんか?」
「御坂先生の対応には困ってるんで……本当助かります。御坂先生」
梓沢先生に感謝の気持ちを伝えていると、佐藤守は嫌な視線を感じた。
どこからだと思い悩むこともなく、視線の先をチラリと確認する。
水城レイだ。
彼女が鬼のような形相で、こちらを睨んでいるのだ。
その視線の先は、梓沢先生。
もしかしたら、二人の仲が悪いのかもしれない。
佐藤守がそう思っていると——。
ガラガラ。
ドアが開き、御坂先生が職員室の中へと入ってきた。
「おはようございまぁーすぅ」
気怠そうな声で周りの先生たちに挨拶を送った。
と言えども、スマホから目を離そうとはしない。
舐め腐った態度だが、誰も彼女を注意することはできない。
何せ、彼女はこの学校を管理する理事長の娘なのだから。
「おはようぉ〜まもっち」
「おはようございますだろ?」
「まもっち、カタイよ? 朝からそんなにパキパキしてたら疲れるだけでしょ?」
黒のワンショルダーブラウスに、短すぎる白のスカート。
髪は金色に染め、毛先を巻き巻きにさせたロング
香水をプンプンと撒き散らし、歩くたびにカツカツと高いヒールが音を鳴らしている。
(はぁ……本当にどうして俺はこんな面倒な後輩の指導係を)
佐藤は頭を抱えてしまいそうになる。
しかし、目の前に立つド派手な格好の女性は佐藤の悩みなど気にすることもない。
というか、彼が彼女自身のことで悩んでいることに気づくはずがないだろう。
「ねぇー。まもっち、今日のあたし可愛い?」
「はいはい。可愛い可愛いよ」
佐藤は面倒なのでいつもどおり適当に受け流す。
彼女の名前は、御坂美沙。通称、ミサミサ。
某動画投稿サイトで活躍する、自称インフルエンサーだ。
ちなみに彼女が保有するフォロワー数は、三十万人ほど。
「もおーっ。全然、まもっちはあたしの相手をしてくれないー」
「俺はあくまでも、お前の指導係だからな」
「指導係だから。もっともっとあたしにかまってよ」
「お前は指導係に頼りすぎなんだよ。というか、お前は指導される側の態度ではないよな」
「えーどういうところが?」
御坂先生は本当に不思議そうに首を傾けた。
素で彼女は分からないのだ。
社会経験を一度も体験したことがない。
だからこそ、分からなくて当然なのかもしれない。
(よしっ。ここはビシッと、俺が新米教師の立場というのを)
「あのなー。新米教師というのは」
佐藤による、徳の深い話をしようとしたときだった。
「あー。今日、ランチタイムここ安いー。絶対、行こっーっと」
御坂先生はスマホに目を向けており、全く話を聞く素ぶりはないのだ。
「うっ……うう」
佐藤は泣きたくなってしまう。
たった一人の後輩。最初は「佐藤先輩」とか「佐藤先生、ご指導お願いします」と言われるのを期待していた節がある。
しかし実際は後輩にさえ、佐藤は相手にされていない(?)のであった。
おまけに他の先生たちから敵意を向けられた目を向けられる。
佐藤が。
(まぁ、仕方ないさ。俺が指導係なのだから。俺も昔は、指導係だった水城先生に迷惑かけたこともあるし……だ、だから、御坂先生にだって)
そんなことを思っていると、朝礼が始まった。
校長先生からの挨拶があり、次は副校長へと移る。
と、横に立っている御坂先生が佐藤に小さな声で喋りかけてきた。
「ねぇねぇ。まもっち、また色んな先生をいやらしい目で見てたんだねぇー。めっちゃ、殺意を向けられた目で見られてたよー」
(全部、お前のせいだよ、御坂。お前が朝礼ギリギリに毎日来るから)
「まもっちと馴れ馴れしく呼ぶな。いいな? 俺のことは佐藤先生と呼べ」
「えーやだ。まもっちの方が可愛いじゃんー」
(名前に可愛さとか求めてないんだよ)
その後も御坂先生がしつこく喋りかけてきたが、佐藤は全て無視した。
あと、理由は分からないが……佐藤は背中に寒気を感じていた。
◇◆◇◆◇◆
朝礼が終わり、クラスを持つ先生たちは職員室を出て行く。
佐藤守は世界史担当の教師。まだ、クラスを持ったことはない。
次の授業に向けて準備を進めていると——。
「ちょっといいかしら? 佐藤先生」
副校長に呼び出しを食らい、佐藤守は人気の少ない階段下に向かった
副校長は「ふぅ〜」と溜め息を吐き出し、眼鏡をクイッと上げながら。
「ねぇ、御坂さんのことだけど……」
副校長は、銀縁の眼鏡と一つ結びの女性である。
年齢は四十代前半。二人の子持ちで、幸せな家庭を築いている。
そんな彼女の瞳がキリッとしている。
もう言わんとしていることは分かるだろと物語っている。
「わ、分かっています。俺の方からも色々と言っているのですが……」
「やっぱり、ダメだったのね……」
深い溜息を吐き、副校長が落胆した。
「は、はい。すみません」
「もおーどうしてあんなに佐藤くんには懐くのにー。ワタシには懐いてくれないのよぉー」
そう溜め息混じりに呟き、副校長はポコスカポコスカと軽く殴ってくる。
まるで、猫が主人に相手にしてほしそうな態度だ。
赤く泣き目になったまま、副校長は言う。
「わ、ワタシって、御坂先生に何か酷いことをしたかしら?」
「べ、別に何もないと思いますが……」
「そうよねー。ワタシは特に何もしてないわよね……。そ、それなのに……どうして御坂先生はワタシには全く懐いてくれないのよ」
「と、俺に言われても……」
何を隠そうことか、副校長は御坂美沙のことが大好きで大好きで仕方ないのだ。
女性が女性に恋をしても当たり前な世の中になっている昨今。
その点に関して、佐藤守はとやかく言うつもりはないのだが……。
自分が懐かれない理由を責任転嫁されるのは大変困るのである。
「佐藤くんは指導係なんでしょー?」
「あ、はい……」
「それなら、ワタシがとっても人望のある良い人であることを教えなさいよ!」
(んな無茶な……)
「副校長先生が良い人であることは教えているんですけどね……」
「それならどうしてあの子はワタシに懐かないのよ!!」
「……人間関係には相性があるんですよ。で、副校長先生と御坂は波長が合わないんです」
「つまり……わ、ワタシの完璧な計画が崩れ落ちるというの?」
副校長が思い描く計画——マイラブリーエンジェルプロジェクト。
その内容を簡単に説明すると——。
御坂美沙を自分に従順なペットにしたいのだという。
というのも、昔飼っていた猫に、御坂美沙がそっくりだという。
そのために一役買ってくれと言われているのだが……。
ぶっちゃけた話、佐藤守は面倒なことに関わる気などないのだが……。
「他の先生たちにはワタシたちの関係は内緒よ。良いわね」
「そ、それぐらい分かってますよ」
「それにワタシには旦那がいるの。それに子供も……だからワタシたちの関係がバレたら、全て終わりよ……居場所がなくなるわ」
「分かってますよ」
(理事長の娘さんを従順なペット化しようと考えているなんて……完璧な終わりだ)
「今後も期待しているわよ。佐藤先生!!」
(期待されても困るんだけど……この人が一人で突っ走るのも面倒そうだな)
副校長が変な方向に突っ走らないように、自分が制御しなければ。
そう思い、佐藤守は言う。
「任せてください、副校長。俺がどうにかしますから。だから何も悩まなくて大丈夫です」
◇◆◇◆◇◆
一方その頃、水城レイは……。
佐藤先生と副校長の密会を見ていたのであった。それに耳を澄ませて聞いていた。
(俺がどうにかする? 他の先生たちには内緒……? 副校長には旦那がいて……そして子供がいる……そして二人の関係がバレたら全てが終わる。居場所がなくなる……それぐらい……ヤバいことをしている……?)
「これって……あの二人……実は不倫してるんじゃ?」
(そして佐藤くんの俺が何とかするって……もしかしてあの二人の間には子供が……! だから俺がその子供の面倒を見るってことなんじゃ……大丈夫。私は大丈夫よ、佐藤先生。いや、守! 私はあなたが子供持ちでも、それが副校長とあなたの子であっても私は愛してみせるわ。だから安心してね!)
「それに……」
(……佐藤先生って意外と熟女がタイプなのかしら?)
「ふふっ、まだまだ私のターンじゃない♪」
一人浮かれてしまう、レイなのであった。
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