第3話:地雷女先輩はお手伝いがしたいそうです

 安っぽいオフィス椅子に着席し、佐藤守は本日の授業に使うプリントを再度確認する。

 誤字脱字はない。変な文章になっている点もない。間違った情報もない。

 ざっと目を通し、お次は頭の中で授業のシミュレーションを行うことにした。

 しかし——。


「佐藤先生♡ 私が手伝ってあげますよ〜」

「いや、別にいいです」

「えぇ〜。遠慮しなくても大丈夫です。私を生徒と思ってください!」


 本人は善意からの行動なのだろう。

 しかし、それを受け取る側の身にもなるべきだろう。

 甘ったるく鼻に纏わり付く香水をぷんぷん漂わせる女の側にいたくないと。


「いや……自分一人でやりたいんですよ、こ〜いうのは」

「いいえ。二人でやったほうが効率的だと思いますよ!!」

「水城先生も忙しいでしょ? 俺のことは構わずに自分のことをしてください」

「私がやりたいことは、佐藤先生のお手伝いなんです。ほら、やらせてください!」


 教師というのは授業を教えるだけが仕事ではない。

 周りの教師陣とも仲良くする必要があるのだ。

 故に、ここで険悪な雰囲気になるのはあまりよろしくない。

 そう判断し、佐藤守は「面倒だな」と思いつつも実演することに——。


「佐藤先生♡ 好きな女性のタイプを教えてください」


 授業の内容をまとめたプリントを渡した瞬間——。

 水城レイから甘ったるく呼びかけられてしまった。

 聞こえなかったフリをしつつも、授業の再演へと努めるのだが——。


「佐藤先生♡ 好きな女性のタイプを教えてください」

「うっ……」


 二度も名前を呼ばれてしまうと、言い逃れはできない。

 おまけに目線が合ってしまったのだ。これは対応するしかない。


「どうかしましたか? 水城先生」

「違いますよ、今私は生徒役です。名前で呼んでください」

「…………そこまで練習する必要とかあります?」

「細かいことはどうでもいいんです。ほら、どうぞ」

「水城」

「そうじゃないですよ? 私の名前はレイと呼んでください、佐藤先生♡」


 はぁ〜。

 深い溜め息を吐き出しながらも、佐藤守はいう。


「どんな生徒役なんですか? こんな生徒いませんよ、この学校には」

「佐藤先生に恋に落ちてしまった、からかい上手な女子生徒です」


 こんな面倒な女子生徒なんて絶対にいない。

 そう確信しつつ、無駄な会話を避けようとするのだが——。

 生徒役を買って出た面倒な女は、またしても同じ質問を繰り返してきた。


「佐藤先生、答えてくださいよ。好きな女性のタイプは?」

「生徒の皆さんのご想像にお任せします」

「なるほど。つまり、私ってことですね?」

「脳内お花畑な皆様のご想像にお任せします」

「佐藤先生は現在彼女がいるのか教えてください〜」

「授業に関係ない質問は受け付けません」

「つまり、私ってことですね?」


 どんな因果関係で、つまり私になるんだよ!!

 絶対にありえないだろ!!


「水城先生、もっと普通な感じの生徒でお願いします」

「分かりました。それではこんな感じでどうでしょうか?」


 こほんと咳払いをしたのち、水城レイは口元を手で隠しながら。


「水城レイです。年齢は28歳と23ヶ月です。男性経験は●人です。あ、やっぱり今のはP音でお願いします。デビューのきっかけはホストの彼氏に貢ぐためです」

「どこから俺はツッコめばいいんですか!! 水城先生!!」

「どこからでも大丈夫ですよ、上の口一つ、下の口二つも、準備万端ですから」

「ただの下ネタじゃねぇーかよ!!」


 この人に相談したのが間違いだった。

 もっと真面目に話を聞いてくれる人にするべきだった。

 そう深く後悔をしていると——。


「おはようございます。佐藤先生、水城先生」


 律儀にも腰をしっかりと曲げ、挨拶してきたのは梓沢先生。

 一度も日焼けをしたことがないような白い肌に、黒のショートヘアー。

 そしてパッチリな大きな黒い瞳が特徴的である。

 顔付きは童顔であり、化粧はナチュラルメイクしか似合わないと言っていた。

 濃いメイクをすると、返って変になってしまうらしい。


「それでお二人さんは、今日は朝から先生と生徒の禁断ラブごっこでもしてるんですか?」

「してませんよっ!! 誰が職場でそんな遊びをするんですか!!」

「職場ではしないけど……お二人さん、違う場所ではそんなことを……」

「してませんから!! 文春ぐらいの言いがかりですよ、梓沢先生ッ!!」


 童顔なのに、身長は160センチと女性にしては高い梓沢先生。

 私服OKなのに、黒のスーツを毎日着てくる真面目な人だ。

 と言っても、佐藤守もスーツ着用なのだが。

 あと何か問題が起きたら『梓沢先生に頼れ』が、職場内での暗黙の了解である。

 一応、佐藤守と同期のはずなのに……。

 どこか頼り甲斐のある上司みたいな人なのである。


「それにしても、お二人さんはいつも朝が早いですよね?」

「それは佐藤先生と少しでも早く——」


 水城レイは本音を漏らしそうになった。

 だが、喉元までで止めてしまう。

 その隙を突き、佐藤守がいう。


「俺が早いのは、時間ギリギリの電車がないからですよ」


(佐藤先生ー。私に早く会いたいから早く来てることがバレたくないからって……そんな嘘を……か、可愛い。でも、残念。レイちゃんには全部お見通しなんだぞぉ♡ やっぱり、お互いの気持ちが通じ合ってるっていいことよねぇー)


「そうでしたねー。佐藤先生は電車通勤でしたね」

「梓沢先生は車通勤でしたよね?」

「わたしは電車通勤大嫌いですから。満員電車とか勘弁です」

「女性の場合は痴漢被害に遭う可能性もありますからね」

「でも、佐藤先生も気を付けたほうがいいですよ。痴漢被害に遭うのは女性だけではありませんから」


(そうそう。私みたいな佐藤先生みたいな可愛い男性を狙う痴女もいるんだからね♡)


「怖いことを言わないでください。俺、男ですよ……?」

「男が男を狙う性犯罪も増えてきているんですから、自分は大丈夫。その認識は改めたほうがいいですよ。そう思いますよね? 水城先生?」

「うううううううんううん。佐藤先生なら狙われる可能性高いと思うわね」


(もうここの痴女に狙われているんだから……こっそりと今後は痴漢してやるわ!)


「佐藤先生も車通勤にしたらどうですか? 雨の日とかとっても楽ですよ」

「……車か。毎日乗るのが大変そうですよね……それに俺ペーパーなんです」

「そうだったんですか? 男は全員、車、バイク、女を乗り回してると思ってました」

「女は余計ですよ、梓沢先生!!」


(そうよそうよ、佐藤先生が乗り回すのは私だけなんだから)


「水城先生は車通勤でしたよね?」

「そうね。私も梓沢先生と同じく利便性を求めてね」


(……実際は佐藤先生をストーキングするためとは言えない)


 己の邪な感情が漏れ出てしまわないか、水城レイはそれが気が気で仕方なかった。

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