第42話 遠藤龍一郎の憤慨

 俺が悲痛な思いで神に祈っていると、部室の扉が勢いよく開いた。


「遅れてすまぬ、大垣殿」

「あ、りゅーくん。遅いよ、もう!」

「はっはっは。月曜日限定、購買名物爆裂チキンサンドを購入しておってな。あれだけは外せぬ」


 黒縁眼鏡を光らせ、遠藤が自慢げに香辛料まみれの巨大なチキンサンドを見せびらかす。


 それはともかく。


 今、大垣、なんつった?


 りゅーくん? それ、遠藤龍一郎のこと?


「おお、これこれは得能氏と木山梨々子副会長氏。皆さんおそろいであったか。待たせて済まぬ」


 いや、別に待った覚えはないのだが。なんで遠藤がここに来るんだ?


「紹介します。大垣の小学校時代からの先輩、りゅーくんです」

「うむ、紹介されようぞ。拙者、サブカル研究会最後の希望にして救世主、遠藤龍一郎でござる。得能氏とは親友以上オタク仲間未満である。木山氏とは初めてでござるな? 初めまして、木山氏。今後ともよろしく!」


 いつ重鎮から最後の希望、そして救世主に昇格したんだ遠藤。

 あと親友よりオタク仲間の方が関係性として上なのか? そうなのか、遠藤?


「大垣殿、言われたとおり証拠をこのUSBにまとめて持って来たでござるぞ!」

「ありがとうなのです、りゅーくん!」


 遠藤がUSBメモリを大垣に手渡す。


「どういうことだ、遠藤!?」

「大垣殿に依頼されたのだよ。先日、1年と2ヶ月ぶりに大垣殿からLINEが届いてだな。例のY1とかいう品性下劣集団のアカウントを特定して欲しいと依頼があったのだよ」


 ガタ。大垣がパイプ椅子から立ち上がった。


「もー、大垣がりゅーくんにお願いしたことは言わなくて良かったのに! 大垣が特定したことにしていたんですよ? りゅーくんはサブカル研究会から証拠を持ってくるだけだよって言ったのに!」

「そうなの? 大垣さんが特定したわけじゃない?」


 梨々子が聞く。


「うー、実はそうなのです、梨々子先輩」

「なぜなの? 大垣さんがY1粉砕したい理由思い当たらないんだけど」


 当然の質問を梨々子が投げかける。

 

「だって嫌じゃないですか? Y1ですよ? ヤりたいJKグランプリですよ? なんです、その卑猥なコンテスト! そんなコンテストがはびこる高校時代すなわち大後悔時代なんてまっぴらごめんです! だからパソコンとネットに詳しいりゅーくんに頼みました! とゆーことでごめんなさい! 大垣、本当は特定班とかやったことないです! てへ!」


 そうか。一瞬でも大垣を評価した自分がバカだった。


「とにかく、りゅーくん、喋りすぎ! せっかく大垣の手柄にしてたのに! 言わないでって頼んだじゃない。忘れたの?」

「そ、そうであった。確かにLINEにそう書いてあったな……。これはとんだ失態。ゆるされい、大垣殿」

「許さないんだから」


 大垣がほっぺを膨らませ、ツンとした顔になる。


「りゅーくん、昔からそうだよね。大垣の言ったことすぐ忘れる。もう、嫌い。大嫌いなんだから!」

「うむむむ、拙者、大垣殿から嫌われたら生きてはいけぬ。切腹するしかないでござる」


 遠藤がしおらしくつぶやくと、


「それはやだよぉ。りゅーくん死んだらやだよぉ」


 悲しむ大垣。


「おお、拙者の死を嘆き悲しんでくれるとは。では……許してくれるか?」

「うーん、どーしよっかなー?」

「頼む、許してくだされ、大垣殿!」

「スタバでスイカなんちゃらフラペチーノ奢ってくれたら許してあげてもいいですよ?」

「おお、スタバ。なにもかも懐かしい……。一昨年の秋に大垣殿と焼き芋なんたらかんたらフラペチーノを食べて以来でござるな」

「あの時もりゅーくん、大垣を怒らせた罰でスタバに行ったんだよ? 全然成長してないです、りゅーくん」


 えーと。


 遠藤と大垣さ。


 お前ら。めっちゃくっちゃ仲良くない?


 二人でスタバ? それも期間限定甘々ドリンクを罰ゲームと称して一緒に飲む仲だと? 図書館以外で会ったことないって、あれ、なんだったのよ、遠藤? お前にとってスタバは図書館なのか? そうなのか?


 つーか。ラブコメだよな?


 オタクにリアルラブコメ許されると思っているの? 


「ごめん、お取り込み中申し訳ないんだけど」


 梨々子が話の腰を折りに行く。


「結局Y1とサブカル研究会、どう関係してるのかしら?」

「そうであった。報告せねばなるまい。拙者の調査および分析によれば、我がサブカル研究会最後の希望にして救世主であるところの遠藤龍一郎、すなわち拙者がY1実行委員長であことがわかったッ!」

「え? 遠藤君が実行委員長?」

「さよう。証拠から判断するにな」


 遠藤が唇をぐっと噛みしめる。握りしめた拳が震え、カッと大きく目を見開いた。


「嵌められたのだよ、この遠藤龍一郎が! 何者かによって!」


 珍しく遠藤が憤慨している。


「大垣、りゅーくん信じます! りゅーくんがそんなお下劣野郎なわけないです! りゅーくんは優しくて、かっこ良くて、いつも大垣にパソコンとネットのこと教えてくれる優しい先輩です!」

「ふ。大垣殿だけであるぞ。拙者を信じてくれるのは」


 いや、俺も信じてるんだけど。そして多分梨々子も信じてるぞ。なんで勝手に二人だけの世界に入るんだよ。


「信じてくれてありがとう。拙者、嬉しく思うぞ」

「大垣、りゅーくん大好き!」

「はっはっは。拙者も大垣殿のことは大好きであるぞ」


 これ、もしかして告白? 告白だよね? それも、お互い告ったよね?


「聞いていい? 大垣さんと遠藤君、とっても仲よさそうなんだけど、もしかして付き合ってるのかしら?」


 それ、俺も聞きたかったんだよ。

 さすが梨々子。

 俺が聞けないことを平然と聞いてしまう。

 そこにシビれも憧れもしないが。


「うえー!」


 突然、大垣が叫んだ。


「ないです、ないですぅ! りゅーくんと付き合うなんて、ないですぅ! りゅーくんは、小学生の頃からずーっと一緒で、どちらかというと兄みたいな存在なんですよ。いわば血の繋がらない兄、すなわち義兄ってやつですかね? だから恋愛の対象にはならないです。男女のお付き合いだなんて、ないない、ぜーったい、ない! ねー、りゅーくん!!」


 ブンブン手を横に振り全否定する大垣。


 なんて……なんて残酷なんだ大垣。


 あのな、大垣。


 遠藤は……遠藤は、お前のことを、ずっと……ずっと……。

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