CODEⅤ:サテュロス

 自らの肉体を操る能力。長じれば動物に変じることも出来る。

 美貌方面に伸ばす者もいれば、肉体強化に努める者もいる。

 また、半人半獣の姿を取ることも出来、髪を伸ばしたり手足を増やしたり千切ってくっつけたりなどの離れ業が出来る者もいる。


 * * *


 シックな洋館の一室で、黒一色のゴシックワンピースに身を包んだ少女がソファに腰掛けていた。隣には灰銀の毛並みを持つ狼がお座りをしており、来客に鋭い視線を送っている。


「どうやら交渉は決裂のようね。お帰り頂けて?」

「そんな!」


 少女の言葉に思わずといった様子で来客が立ち上がると、狼が牙を剥いて唸った。低い声と鋭い牙に怯んだ来客を見上げ、少女はあくまで穏やかに諭す。


「どうやらあなたのこと、ロアが気に入らないようですの。わたくしも、ものを頼む立場にありながら嘘ばかり吐く方の依頼は、受ける気になれませんわ」

「なっ……!」


 来客の男は、先ほどまで涙ながらに身の上話を並べていた。

 妻や娘を殺された上に友人に騙された、憐れな男を演じていた。どんなにか家族を愛していたかと熱く語って見せた。だが、それら全てが嘘であったと見抜かれ、顔を真っ赤に染めて震えだした。握りしめた拳までもが赤く染まり、やがて爪がぶつりと手のひらの皮膚を貫く。


「ガキが! 下手に出てりゃ調子に乗りやがって!!」


 激高した男が、少女に掴みかからんと身を乗り出した――――次の瞬間、男は床に仰向けで倒れていた。後頭部を打ち付けた痛みを自覚したのとほぼ同時に喉元に熱を感じ、ふらりと手を喉元へ添える。


「がぼっ……」


 粘着質な水音が口から溢れ、ゴボゴボと言葉にならない音が次々零れ出る。なにが起きたのか理解出来ないと言いたげな表情で、男は宙を睨んでいる。

 少女の傍らには紅を塗りたくったように口元を真っ赤に染めた、銀髪翠眼の青年が立っていた。青年は冷たい眼差しを倒れ伏す男へ向けながら、乱暴に袖で紅を拭う。

 それを横目で見咎めた少女が、呆れたように溜息を吐いた。


「絨毯が汚れてしまったわ。また買い換えないといけないわね」


 チラリと青年を見上げると、青年はその場に膝をついて少女を見つめた。褐色肌に翡翠の瞳が良く映えていて、精悍な顔つきも相俟ってとても美しい。美術品のような洗練された肢体も、従順な性格も、二人といない美貌も、全てが少女の好みだった。

 美しい自分には、美しい従者が相応しい。そしてただ美しいだけでなく自分だけに忠誠を誓う賢い犬こそが相応しい。この青年は少女のために産まれてきたかのように完璧な存在だった。


「いい子ね。偽りのないお前さえいれば、わたくしはそれでいいわ」


 膝に頭を乗せて目を閉じる青年の銀髪に細い指を絡め、少女は歌うように言う。

 灰銀の毛並みを持つ青年は、狼の姿であったときと変わらない仕草で少女に甘えてすり寄る。

 床に転がったままの来客だったモノは、呼びつけられたメイドたちが、血に汚れた絨毯諸共淡々と片付けていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る