お姉さんが、女子高生を買う話。

天野詩

エピローグ

 まっさらなキャンバスのように、雪が降っていたのを覚えている。意味はなく、ただ歩き、涙を凍らせ、虚しさだけを抱えて、数分後には足跡でさえ消してしまう白い世界の中に、私はいた。


 ふと、白い世界に異音が入ってきた。錆びた鉄が擦れ合い懐かしいさを感じる、そんな音だった。音の正体はすぐに分かった。何せ、この吹雪のなかで彼女はブランコを漕いでいたのだ。


 彼女は私に気づいたようで、無邪気な小学生のようにブランコから飛び降りた。着地の音は、高く積もった雪によってかき消される。ブランコの軋む音が鳴るまでのその一瞬、彼女が人間ではないように見えた。


 「お姉さんは、なんでそんなに悲しそうな顔をしているの?」


 音もなく近づいてきた彼女が私を見上げながら言う。頬に伸びた手は雪より冷たいはずで、けれど不思議と温かかった。


 目が合う。彼女の透き通った目は綺麗で、綺麗すぎて、不気味さを感じさせた。けれど、その時の私にはそれくらいがちょうどよかったのだと今では思う。


 彼女は少し驚いた顔をしたが、仮面をつけるようにまたすぐに元の顔に戻る。私は、この技術を知っていた。


 彼女は背伸びをして、口付けをしてきた。味はしない。


 白い、真っ白い景色の中で彼女は言う。


「私を買ってみませんか?」


 マッチ売りの少女を連想させるその言葉の真意を、私は考える。


(……売ってるのはマッチじゃなくて彼女自身なんだけど)


 考えるのが面倒くさくなった私は答える。


「私に幸せをくれるなら、買ってあげる」


 彼女は笑った。どうやら契約は成立したようだった。


「寒いし、値段は後で決めよっか。あと君、名前とかある?」


「澪。苗字はいる?」


「ううん、いらない。ちなみに年齢は?」


「15歳」


「そう、見つかったら私捕まっちゃうのね」


 そう言って見つめ合った私と澪は手を繋ぎ、笑いながら歩き出す。


 この日、私は15歳の女子高生を買うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お姉さんが、女子高生を買う話。 天野詩 @harukanaoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ