第17話

教室に入ると、すっとクラスの温度が下がるような感覚に襲われる。

 クラスのほとんどがガラリと音を立てた自分の方へ視線を向けて、そしてすぐに逸らした。

 自分の机に視線を流すと、机は上からバケツを返されたように水浸しになっている。

 水は表面張力でところどころ穴が大きく広がっている。水は派手にかけられているようで、こぼれたわけではない水の滴が床に散じていた。

 どうしてか両足がくっついたようにその場から動けなくなってしまう。

 視線は感じなくても、雰囲気が棘となって私を刺してくる。

 それが痛くて胸に穴が空いたような苦しさを感じた。

 私は一度静かに息を深く吸って、ハクが言ってくれたように「大丈夫」と自分に言い聞かせてみる。

 クラスメイトの会話は全てシャットアウトするように自分の言い聞かせる声だけに集中する。

 すると、後ろのドアからガタッと粗末な音が響いた。

 思わず振り返ると、ドアからアミたちが入ってくる。珍しく三人揃って登校してきているようだ。

 私は慌てて後ろに下がろうとするが、どうやらそれは遅かったようだ。

 アミは私を一瞥し、次の瞬間私の左頬を殴った。

 その衝撃で、私はバランスを崩しそのまま後ろへ倒れる。

 飛ばされるとき、視界の端に映るルカとハルカが見えた。

 二人は人形のような無表情で、私のことをただ黙って見つめていた。

 いつものような、徒競走のときにだって浮かべていた気味の悪い笑みは1ミリも顔に残っていない。

 身体の中に響くような鈍い痛みが響く。

 私は床に倒れ込み、尾骨を強く打つ。

 その鋭い痛みに我慢できずに、私は背中を丸めて悶える。

 「鬱陶しいんだよ、消えろ。」

 地震みたいに床に響く声だった。

 不機嫌を凝縮したようなその声は、私を殴っただけでは消えなかったのか、アミは私の足を蹴り、そのまま去っていった。まるで操られているようにハルカとルカはアミの後ろについて行った。

 教室はいつもみたいに会話は聞こえるのに、どこかすごく冷えたように冷たい肌が粟立つような空気が満ちている。

  ふと、アミたちが今学校に来たのならば、この机はどうして濡れているのだろうと思った。

 「うっ…」

 しかし、鼻骨の痛みに襲われて思わず床に手をついてしまい、思考が完全に閉ざされてしまう。

 しばらく痛みに悶えていたが、先生が来るまでに机を片付けて置かなければと思い、雑巾を握りしめる。

 雑巾にはこの前の上靴を履いた紫となった滲んだインクの跡が残っていた。

 それを見て、いつまでこんなことを続けなければならないんだろうと痛いほどに唇を噛んだ。

 先生にバレたくないのは、ただただ変わらないと思ったからだ。 

 教師たちはみんなこのクラスの雰囲気を見ても確証を得られないからとでも言うように無視を貫いている。

 本当に気づいていないのか、足を踏み入れるのが面倒なのか実のところは知らないが、どうせ後者だろう。

 机を拭くと、私が左右に雑巾を動かすのに合わせて水が床にポタポタと落ちていく。

 びっしょりと水のしみた雑巾は、これ以上吸収することはできず、仕方なく一度手洗い場で洗いに行くことにした。

 雑巾を絞るとぼたぼたと水が溢れていき、それは掃除が終わった汚い水みたいにまるで自分が惨めなものだと認識させられているようで、気分が悪くなる。

 だんっ、だんっ、と大粒の雫が落ちるたびに遠くで聞こえる生徒たちの会話が遠くなっていくような感覚に陥る。

 アミたちが今学校に来たのに、机が濡れていたのは、他のクラスメイトたちがアミたちに脅されてやったのだろうか。

 もう、傍観者じゃなくなったんだな、と、信じていたわけじゃないのに裏切られたような気分になる。

 ついに教室から私の踏み入れる場所が消えた。

 あと10ヶ月程も自分はこの生活を続けられていけるのだろうかと、絶望に似た黒いものが体を蝕む。

 いっそ全部体を食い尽くして私をこの世から消し去ってくれたほうが何倍も楽なのに。

 でもふと、一瞬だけ、私がいなくなったらハクは悲しんでくれるだろうかと頭によぎってしまった。

 頬がジンと鈍く痛む。

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