第7話
次の日、教室へ行くと机の上に濡れた財布が置いてあった。
開けて中身を確認すると、幸運にも硬貨しか入っていなかったため、中身は大丈夫そうだ。
ふと、なにか足りない気がして、財布を話して眺めてみる。
「あ」
財布につけてあった鍵のキーホルダーがない。
「あ、それについてあったおもちゃ、捨てておいたから。」
後ろからハルカの声がする。
振り返ると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたハルカと、細く釣った目でこちらを睨んでいる高身長の人が隣に立っていた。アミだ。
私はアミを見ると思わず身構えた。
ルカやハルカは物を取ったり汚したりすることばかりだが、アミは暴言や暴力を振るう。だからこそ周りの皆も近づけないでいる。結局は力だ全てだ。
「高校生にもなってあんなおもちゃぶら下げてたら、そっちが傷つくじゃん。だから友達として取っといてあげた。」
友達、なんてそんなの思っているわけないだろうに。
「どこにやったの?」
そう聞くと、アミはチッと鋭く舌打ちしたかと思うと、私の机をガツンと蹴った。
ぐっと、机がお腹に勢いよく食い込んできて、胃の中にあったものがせり上がる感じがして、本当は出てなんかないのに変な冷たい汗が吹き出る感じがする。
しくじった。アミが見えた時点で机から離れるべきだった。
ゲホゲホと咳がこみ上げた。生唾を飲み込むと、喉の奥でキュ、と不快な音がなった。
「うわ、きたな。菌が移るじゃん、やめてよ。」
ハルカは心底嫌そうな顔でパン、パンと手をこすり合うように交互に叩き、乾いた音を出した。
アミは何も言わず、眉根を寄せて私の机を蹴った足を手で払った。
何が菌だ。でもまあ、直接殴られるより数倍マシだ。
結局、キーホルダーをどこにやったかはもちろん答えてくれず、そのまま二人は気分を害された、とでも言うように大きく足音を響かせて歩いていった。
あのキーホルダーは、お母さんが私に買ってくれたものだ。
私が小さかった頃、お母さんと二人でデパートに出かけた。
そのデパートのトイレの近くに、沢山のガチャガチャが並んでいた。
小さかった私には、ちょっと中身の透けたプラスチックの赤や青や黄色、緑のカプセルトイが、キラキラした宝物みたいに見えて、宝物が詰まった宝箱みたいに見えた。
だから、お母さんにせびて買ってもらったのがあの鍵の形をしたキーホルダーなのだ。
当時はテレビでのっていたようなキャラクターアニメや、教育番組に出てくるようなものには興味がなかったから、園となりにあった鍵のキーホルダーを選んだ。
私はなにかお願いするということをあまりしなかったせいか、買ってとお母さんに言ったとき、嬉しさをまぶたに浮かばせ、赤みがかったちょっと茶色いような化粧のラメがキラリと光った。
ガチャガチャを回して出てきた鍵を握りしめながら、 そんなお母さんの表情を見て、胸の奥のほうがじんわりと絵の具のついた筆を水の中にすっと入れたときみたいに、ほんわりと温かいものが広がった。
もちろんお母さんが亡くなるまでもそれは自分のお道具箱の中の、小さいキャンデイーの缶々という宝箱に入れて大切に取っておいたが、いまではあの鍵はお母さんの形見のようなものだ。
ハルカがそれをどうしたか、見当がつかないわけじゃない。
でも、思いつくのはどれも気分の悪いものばかりで、子供向けの鍵のおもちゃ一つでこんなにも揺さぶられる自分に驚いた。
とはいえ悲しいことにもう数分もすればホームルームは始まってしまうし、鍵を探す時間なんて授業ごとの休み時間でも足りない。
机の財布をどうしようかと思ったが、窓辺に干していてもきっとやつらになにかされる。
こんなにもいい天気なのに、と愚痴が口から零れそうになる。
そもそも鞄の中にあっても盗まれるのだから、どうやっても変わらない気がする。
体の奥から静電気がバチバチいいそうな、もどかしさを手懐けながら、私は湿った財布をカバンに入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます