桜色
第2話
この世の人達が、みんな死んでしまっているかもと思った。
無音で、ジャリッという、私の足が地面を擦る音しか聞こえない。
目の前には、私の胸の高さぐらいの古びた柵がある。
古びた柵には、今にも剥がれそうな赤い錆に覆われていて、小学生の時に、鉄棒で遊んだあとの手のひらの匂いのような、独特な匂いがツンと鼻に通る。
空はきれいな夕焼けで、けれども上から夜空が夕焼けを飲み込むように下っている。
薄く何層にも伸びた雲が、夕日の茜色と、もうすぐやってくる夜空の薄い花紺青色を受けて、綿のような、ふんわりとしたきれいな光を帯びる。
空の真ん中では夕日と夜空の色が混ざり合い、冷たくも暖かい、滑らかな小紫色になっている。
空の上でも、紙のように赤と青を混ぜると紫色になるのだなと、ぼんやりと思う。
私は柵を少し強めに揺らし、強度を確認したあと、柵に手を軽くかけて一度息を大きく吐いた。
吐いた息が震えていたことは気づかないように無視して、柵にかけている手にぐっと力を入れ、腕で体を浮かせてすぐに足をかける。
そして片足を柵の向こうへ乗り出し、そのまま体全体も柵の向こうへ乗り出した。
無事に柵の向こうに着地できたとき、自分が息をしていなかったことに気づいて、息継ぎをするかのように大きく息を吸った。
ぎゅっと縮こまっていた心臓が、時が戻ったようにバクバクと拍動し始めた。
耳や顔は紅潮していて暑いのに、体の芯は凍ったように冷えている。
もう一度、言うことを聞かない体を落ち着かせようと、ゆっくり、大きく頻呼吸をした。
それでも心臓は、まるで私に恐怖を訴えてくるかのようにバクバクと鼓動している。
かすかに荒い呼吸が漏れる。
ここには誰もいない。
やっと楽になれるんだ。
そう自分に言い聞かせ、震える片足を中に浮かす。
もういっそのこと、大きくジャンプでもしようか。
そう思ったが、震える足に力は入らず、大きく飛び降りることはできなかった。
だからそのまま、前に重心をかける。
ぎゅっと目をつむり、手で服の裾を握りしめた。
その瞬間、張り詰めた糸が切れるように、私の意識はぷつりと切れた。
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