第33話 いざ!江戸の村!

夕食も食べ終え、各々ゆっくりとしていた。お風呂からあがると進吾は早々に寝てしまった。


「今日も疲れたね」

「階段登ったりで大変だったからな」

「あそこまで長いとは思わなかったね。進吾、体調大丈夫かな?」


ホテルの環境にも慣れてきたのか、見たところ特に体調が悪い様子はない。


「明日はどうする?」

「お土産買ったり、周りをぶらぶらしたりする予定だけどね」

「お土産は買うとしてどこ行くかよねー……」


まだ私たちは最終日の行き先を決めていなかった。進吾の体調次第ではすぐに帰る予定だった。だが今は落ち着いてるため、どこか回ってから帰りたいと2人で話していた。ホテル周辺のマップを見てみると、ある場所に目を留めた。


「こことかどう?丁度閉園時間も良い頃合いじゃない?」

「そうだな。ここにするか」



次の日、私たちはホテル周辺の観光地に行った後、お土産を買って帰ることにした。チェックアウトを済ませ、荷物を車に載せる。


「えー、ここめっちゃよかったのにもうおわり?」

「私もこんなに良いとこ泊まったの初めて」


荷物を詰め込み、車に乗り込む。


「忘れ物はない?」

「一応部屋も全部確認しておいたけどなかったよ」

「それじゃあ出発しちゃいますか……」


アクセルを踏み、車が動き出す。泊まっていたホテルから徐々に遠ざかっていった。道中では大きな吊り橋の下をくぐったり、大自然の中をドライブしていたりと、颯爽感を味わっていた。いかにも旅行という感じの風景に心が満たされる。今回は少し予定を変更し、江戸の町並みが再現されているテーマパークに行くことにした。



入口に着くとそこは既に昔ながらの建物が立ち並んでいた。私たちはチケットを買い、入場する。静かな場所で、木々が生い茂り、町までの道が続いていた。長い長い道の先には江戸の町が私たちを待ち構えていた。


「ここが江戸の村か」


門から見えた町の様子は私たちが想像するような木造の建物がずらっと並んでいる。門の近くでは甘酒を配っていたため、受け取って奥へ進んでいく。パンフレットを見るとエリアが何個もあり、どこに行くか迷う。すると進吾がマップを覗き込み、最初に行きたい場所を教えてくれる。


「しのびのところいってみたい」

「だったら、このまま真っ直ぐ行って左か」


最初は忍者がいる里に向かった。近くに行くと、辺りには忍の格好をした人たちがいた。


「この人たちテレビでみたことある。にげてる人にボールあてるやつ」

「それはテレビ番組のやつね?」



最初に向かった場所は傾いた家だ。外から見ても相当斜めに建てられている。中に入ってみると、やはり頭が混乱してくる。真っ直ぐ歩いているはずなのに、横に逸れてしまう。まるで重力が斜めに働いてるかのようだった。


「うわぁぁなんでー?」


横にズルズルと移動していく進吾。

その様子を見て旦那も行ってみるが、数歩歩いたところでギブアップを出した。


「これはヤバいぞ。頭おかしくなる」

「どれどれー?私も行ってみようかな」


内部へ足を進めた。すると横に引っ張られていくように、壁に激突した。床はまっ平らで、傾いたようには見えない。不思議な感覚だ。


「えー何これ!」

「まっすぐあるけなーい」


壁や手すりに捕まって、奥にある出口を目指す。その途中、なにやら階段を見つけた。その先の光景に興味はあったが、まずは脱出することを最優先にした。脳がくらくらしながらも、なんとか出口にたどり着いた。


「もう無理……ギブ!」


旦那は最初から気分が悪くなってしまったようだ。だが、私と進吾はまだまだ元気で、建物の内部にあった階段を登ってみることにした。それを目掛けてまた内部に入っていった。


「進吾、気をつけてね。2階めっちゃやばいかも」

「うおーすげー」


先ほどいた1階とは比べ物にならないほど傾き、平衡感覚がおかしくなる。壁に捕まりつつ、慎重に歩いていく。


「どっちが床でどっちが壁だか分からないね」

「なんかわかったかも」


そういうとすいすいと進んでいった。進吾は自分が立っているところと水平になるように首を傾けた。


「なるほどね。重力が働いてる方向に視線を合わせるのね」


私もやってみたが楽になった気がする。依然壁や手すりに捕まったままだが、その家から抜け出すことができた。


「よくもう一回行ってきたね」

「進吾が攻略法見つけてくれたから、ちょっとは楽になったよ」

「でしょ」


進吾は自慢げに旦那を見つめた。酔ったので少し休憩し、次のところへ向かった。



「ここはなに?」

進吾が指した場所は大きな屋敷だった。マップで確認してみるとどうやら、謎解き脱出ゲームの場所だとのこと。


「なにそれ!やりたーい」

「脱出できるかな……」

「とりあえずやってみるか」


内容は部屋に隠されている文字を見つけ出しつつ、脱出を目指すゲームだ。そしてこのゲームはタイムアタック制で、クリアした時間によってランク分けがされるらしい。それを聞いた途端、進吾と旦那の目つきが変わった。案内役の忍びの説明を受け、いざ挑戦だ。


「よーいドン」

「よし探せ!探せ!」


最初は和室からスタートした。壁や床、天井、家具など隅々まで調べ始めた。


「あっここかいてんするよ」

「ナイスだ進吾!」


忍者がモチーフの館なため、至るところに古典的なギミックがあるみたいだ。文字を見つけ、今度は次の場所へ移動する道を探す。


「えーどこだー?」

「私のところは結構探したけどないかなー」

「じゃあまだ調べてないここら辺か」


少し経つと旦那の声がした。どうやら道を発見したようだ。狭い道を進み、また次の場所で隠された文字を探す。


「あとちょっとでゴールだってよ」

「はーい」


すいすいと進んでいく二人をなんとか追っていく。最後に今まで見つけた文字を組み合わせて、忍に伝える。


「正解です!おめでとうございます!」

「おー良かった。合ってた」


忍の方が見せてくれた時間もかなり早いらしい。結果に胸を踊らせながら、回答を待っていた。


「中級の忍です!」

「おー!あとちょっとで上級だったな」


惜しくも上級忍者にはなれなかったものの、初めてにしては上出来の結果だろう。



忍びのいた里から離れ、他の場所を回っていると何やら良い香りがしてきた。どうやら煎餅を焼くお店があるみたいだ。


「良い匂い!美味しそう」

「せっかくだし作ってみるか」


おばあさんの指導のもと、煎餅作りを体験してみることにした。渡されたのは白く厚みのないものだ。これがいわゆる煎餅の元らしい。七輪の上に置き、焼けるまでじっと待つ。


「焼けすぎないようにひっくり返したりしててね」


そう言われ、適宜裏返しにすることに。だが進吾のところは火力が強かったのか、所々焦げてしまっていた。


「ここは火が強いね。ほれ、もっかいやってみな」


新しく取り替えてくれ、再挑戦することになった。


「これぐらいの色はどうですか?」

「あーいいぐらいだよ。横にずらしておいて」


火の当たらない場所に移し、醤油で味付けし、完成した。


「めっちゃいい匂いするね」

「いただきまーす」


噛んでみるとカリッとしていて、香ばしい醤油の味が口に広がる。自分で作ったからか、より美味しく感じる。


「美味しー。久々にお煎餅食べたかも」

「そうかもー。うまーい」


すぐにパクパクと食べ終え、お店を出た。



少し歩くと村の人たちに話しかけられた。どうやらこの場所では劇が評判とのことだ。おすすめされたのは武士の劇だ。そろそろ始まるらしく、閉園時間近くで終わるようなので、観て帰ることにした。



席に座り、劇の開始を待っていた。暗くなり、あらすじが説明された。説明が終わると、カーテンがゆっくりと開き、いよいよ劇の始まりだ。


「うわぁぁぁぁ」


開幕のシーンはある武士がいかにも悪そうな男たちに、刀で刺されるシーンから始まった。


その場面が何を表し、どのような時系列なのかはこの時点では理解していない。そのまま物語が展開されていく。


しばらく見続けていくと、どんどんとその話に惹き込まれていった。セリフや設定も魅力的だが、何よりもそれぞれの役者のアクションがダイナミックで迫力があった。舞台にある家や仕組みを上手く利用している魅せ方だ。


「とんだ!」


綱を掴み、屋根から屋根へ飛び移る。さらには壁をよじ登ったり、昔ならではの回転扉を使ったりなど、見ていて飽きない斬新な戦いが繰り広げられていた。


劇も始まってからいよいよ終盤に差し掛かった。このシーンでは敵に主人公が追い詰められていた。そして捕らえられ、刺されてしまう。だが、そこで驚きの展開が待っていた。


「最初のシーンってそういうことだったのね!」


最後の最後で、開幕早々に見たシーンの真相が明らかになった。大人も子供も楽しめるようなこの場所1オシのスポットだ。



劇場の外に出ると、日も暮れてきたような気がする。先ほど一緒に見ていた人たちも出口に向かって歩いていた。


「ちょうど良い時間だし、ここを出ようか」

「えー……」

「そろそろ終わっちゃうんだって」


その場から離れようとせず、立ち止まる進吾のに目線を合わせて説得する。


「かえりたくない」


進吾もこれがきっと最期の旅行になることを、思ってしまっているのだろう。今後の体調を鑑みると少なくとも今回のような遠出は難しい。私たちも早く家に帰りたいとは思わない。本当にこの3日間が楽しかったからだ。けれど、時間というものは非情で、私たちを無視して前へ前へと進んでいってしまう。


「まだ帰らないよ。お土産まだ買ってないでしょ?買いに行こうよ」

「……わかった」



閉園時間も来てしまうため、村を渋々離れることにした。その後は、江戸の村の入口近くにある、お土産屋さんを訪れた。


「これ美味しそうー!買って帰ろうかな」


お守りや破魔矢など、既に買っていたため、基本的に私たちが選んでいたのはお菓子などの食品系だった。


「これもいいなー」


栃木の名産であるイチゴの商品が数多くならんでいる。進吾が興味を惹いていたのはなんとタルトのお菓子だ。とてもお洒落で小学2年生とは思えないぐらい大人びている。その後も各々気になったものを手に取り、お会計を済ませた。


「よし、買いたいもの買ったかー?」

「うん!かったー」

「OK。じゃあ車に行くか」


帰る私たちの後ろには、江戸の村にいた人たちが私たちを見送ってくれている。進吾と同年代くらいの子供が、その人たちに向かって手を振っていた。それを見た進吾も手を振って、江戸の町を離れた。



車のドアを開け、買ったお土産を置く。旦那は車の運転席に座り、深いため息を着いた。そして、重々しく言葉を発する。


「さ、帰るか……」


楽しかった日光旅行の終わりを感じさせ、どこか物寂しい。行きと同じアーティストの曲を流しているが、前のような盛り上がりもなかった。窓を見ればだんだん空がピンク色になり、反対側は暗くなってきた。


「はぁ……」


思わずため息が出てしまう。綺麗な景色とは裏腹に、車内はどんよりとした空気が漂っている。疲れもあるだろうが、寂しさや悲しさが心を埋め尽くしていた。


遠く離れていく栃木を背に、最期の家族旅行は幕を閉じることになった。

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