まだ余命を知らない息子の進吾へ、親から生まれてきた幸せを…

ひらりくるり

第1章 親から幸せを…

第1話 余命宣告

1人の男の子が病室のベッドの上に座り、窓の外を眺めている。


白いカーテンがゆらゆらと揺れ、涼しい風が部屋に吹き込んでくる。


そんな梅雨のある日の話だ。男の子の名前は三河 進吾みかわ しんご。小学2年生。私、三河 愛美みかわ あいみの息子だ。



「体調はどう?」

「だいじょうぶ!げんき!」



こっちを振り返り、笑顔で答える。



「そう…良かった。お腹空いた?」

「すいてない!」


「相変わらず進吾は食べないよねー」

「だっておなかすかないんだもん」

「食べなきゃ背伸びないよー?」



どれぐらい背が伸びるのだろうか、成長した姿を見てみたかった。けれどそれは無理なことだ。


数日前のことだ。



「お子さんの余命は、あと半年でしょうね」



そう医師から突然告げられた6月15日。息子は小児がんだった。


その時の技術では治療することが難しかったのだ。私と夫は頭が真っ白になった。


最近になって小学校に入学したばかりの息子が半年後にはいなくなるかもしれないと聞き、信じれなかった。


春はもう迎えられない。新年を迎えるのも厳しい。そう考えるとひたすら泣くしかなかった。



「進吾には、まだ言わないでいようか」



私とは対照的に、旦那はこんなときでも冷静だった。今はもう進吾にできることを模索している。


まずは一緒にいられる時間を増やした。進吾の病室には毎日通った。


「いつおうちにかえれるの?」


少し前のことを思い出していると、進吾が無垢な声で聞いてくる。それもそのはず病気について何も知らないからだ。



「お医者さんにいいよって言われたらかな」

「えー、はやくかえりたーい」



そう進吾が言ったすぐ後に、病室の扉が開いた。そして一人の男性が温かい表情で病室に入ってくる。



「そうだよなー、帰りたいよなー」



声の主は旦那の智之ともゆきだった。スーツを着て、カバンを持ったまま横のイスにゆっくりと腰を掛けた。



「まだお昼の1時だよ?お仕事は?」

「今日は仕事早退してきたよ。そうそう進吾、病院は暇か?」


「うん、ひま」

「そうかだったら……」



そういって旦那はカバンからノートを取り出す。



「退院したときにやりたいことをたくさん書かないか?」

「そうする!ありがと」



キラキラとした目で見つめ、ノートを手に取る。すると鉛筆を持ち、早速ノートに書き始める。進吾がノートに夢中になっている間、病室の外に出て、旦那と話した。



「いつ言うの?あのこと」

「まだ言えないだろ……とにかく進吾が家に帰って落ち着いてからだ」



私たちは進吾の余命についていつ、どうやって言うべきかずっと悩んでいた。


10歳にもなっていない子供にとって、親と離れる死とは私たちの想像より数十倍も怖いだろう。


そう思うと言わないほうが幸せなのかもしれない。


しかし、いつかは言わなければならないことだとも思っている。


私たちはその狭間で苦しんでいるのだ。


しかしそんな暗い面とは裏腹に、病室の扉を開けて覗いてみれば、進吾の純粋無垢な笑顔は場を明るく照らしているように見えた。私たちはその表情に安心し、癒された。



「そろそろ進吾のところに戻ろうか」

「そうしましょ」



進吾のノートを見てみれば、渡したばかりにもかかわらず、何個も箇条書きに書かれていた。



「どんなの書いたの?」



進吾に聞いてみながらイスに腰を掛けた。



「ひみつ!あしたのおたのしみ!」



そう言うと進吾は手でノートを隠し、白く小さい歯を見せながら微笑んだ。



「じゃあ明日教えてね」

「うん!」



進吾はノートに書くことを考えながら、旦那と雑談を始めた。



「進吾、最近は絵を描くのハマってるの?」

「うん。れんしゅうしてる!」



机の上に置かれた絵を旦那は手に取り、大きくうなずきながら進吾に話しかけた。



「絵上手くなったなー進吾!」

「ほんとー?ありがとー」


旦那のハイテンションな様子とは反対に、進吾は冷静にノートに没頭していた。私は二人の間の温度差がおもしろおかしく、横でふっと吹き出して笑った。


「なんだよー」

「別にー?なんでもないよ」


旦那も理解しているのかにやにやした表情で聞いてきた。家にいるような穏やかな空気が病室内を満たしていた。


「ずっと続けば良いのになー……」


心の内でこっそりと思いながら、夜まで進吾のそばを離れることなく、家族三人で笑って過ごした。そんな温かい日になった。

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