第3話 17
「――結局、まずは見合いという形でふたりを合わせてみてはどうかと、そういう話で落ち着きかけたようなんですがね」
ヘリオスの言葉に、俺は思考を今に引き戻す。
そうだ。
今、考えるべきはサリュート殿との思い出ではなく、アリシアの見合い話だ。
「御館様からその話を知らされた姫様が、無茶を言い出したんですよ……」
「……やはりか……」
あのバカがなにを言い出したのか……これまでに知った情報が頭の中で組み上がり、嫌でも予想がついてしまう。
「御館様と団長の前で姫様は、自分の夫になりたいと言うのなら、自分より強い者でなければダメだ、と。
最低でも<竜牙>騎士に圧勝できるようでなければ、話にもならないとそう仰ったそうで……」
「その光景が目に浮かぶようだ……」
俺は思わず仮面に覆われた額を両手で覆った。
「んで、昨日、オレ達はその話を知らされたんです」
アリシアが望まない婚約を迫られている。
相手は奸臣コートワイル家の嫡男であり、次期近衛騎士団長だ、と。
「姫様を守る為にも、誰かがそいつと手合わせしなければならないってーんで、当然、オレ達はイキり立ちましたよ。
みんな、自分こそが対戦相手に選ばれる気で居ました」
事実上、代表者は<竜牙>騎士最強と認められたようなものだろうしな。
「んで、そんなトコに、アニキが俺達の前にやって来たんです……」
「……ああ、君達が俺を敵視していたのは、それでか……」
数日前にアリシアに担ぎ込まれ、それから我が者顔で城内をうろつく怪しい仮面の男。
それがいきなり、自分こそ強者とばかりに教導を告げたんだ。
「確かに良い気はしないな……」
……クソ、大叔父上め。
この行き違いは、絶対にわざとだ。
奮起している<竜牙>騎士達に俺の力を見せつけて、あわよくば俺を対戦相手にしようと考えたのだろう。
その目論見が外れても、俺に<竜牙>騎士を鍛えさせる事はできる。
どう転んでも、大叔父上にとっては損のない話だ。
「……俺はやらんぞ?」
「ええ!? アニキの力を知った今なら、相手はアニキしかねえですよ!?」
ヘリオスが不満を口にする。
「……いや、リグルドの嫡男ということは、レオニールの奴だろう?」
「はい。知ってるヤツなんで?」
その問いに、俺は頷きを返す。
官職に就いていなかったヤツが、どうやって近衛騎士になったのかは想像に難くない。
宰相となったリグルドの横車だろう。
俺が城にいた頃、一応は婚約者であったアイリスのエスコート役として登城して来ていたから、ヤツと何度も会っている。
ペンより重い物を持った事がないような見た目の優男で、俺がただ顔を見据えただけで表情を引きつらせていたな。
「正直、<竜牙>騎士でもヤツにとっては過剰なほどだ。
この領なら、兼業の衛士でも圧勝できるんじゃないか?」
「そんな弱者が姫様を娶ろうとしてるんで? というか、次期近衛騎士団長が兼業衛士以下!?」
俺のレオニール評を聞いて、ヘリオスが目を丸くする。
「ああ。だから、俺は出ないぞ。弱い者いじめ――いや、ただの蹂躙になってしまうからな」
酒に酔っているからか、俺にしては上手い冗句を言えたと思う。
「ハハ、ちげえねえ!」
見ろ、ヘリオスにウケたぞ。
「でも、それじゃあ、やっぱり俺達の中から代表を出さなきゃいけねえのか」
アゴに手を当てて呻くヘリオス。
「ふむ、ヘリオス。君は代表になりたいのか?」
アリシアに気でもあるのだろうか?
それで守った事を機に、接近しようと考えている?
だが、俺の問いかけに、ヘリオスはチラリとダグ先生の隣でりんごの皮を剥いているマリーを見た。
「そ、そりゃあ……若手から代表として選ばれるのは、名誉な事ですからね!
――強さの証明になりますし!」
赤い顔で拳を握って立ち上がり、椅子の上に片足を乗せて声を張り上げるヘリオス。
その視線はさっきから、チラチラとマリーに注がれているのを、俺は見逃していない。
「……ふむ。なるほどな」
こう見えても俺は、最近はマチネ先生の勧めで、ロマンス小説を学び始めた身だ。
ヘリオスが意味ありげにマリーを見るのがなんなのか、わからないほど愚かではない。
マリーは確かに心身共に良い女性だ。
それに目をつけるとは、ヘリオスも良い趣味をしている。
そしてヘリオス自身も、裏表がなく、実直で良い男だと思う。
だから、彼の想いを発展させる為なら、さらにもうひと肌脱ぐのも悪くないだろう。
「……ならばヘリオスよ。俺がかつて受けた、特別鍛錬を受けてみるか?」
ポツリと――俺はヘリオスにだけ呟いたつもりだったのだが、古参騎士達はしっかりと聞きつけていたようで、不意にどよめきをあげた。
「――アル坊の特別鍛錬だとぉッ!?」
「ア、アル、それっておまえ……師匠に課された日課とか言ってたアレだろ!?」
「――や、やめとけ、ヘリオス! 死ぬぞ! というか、殺されるぞ!?」
「――いやだ……もうやめてくれ。感触が……感触が手から消えねえんだよぉ……」
一部、病的な暗い呟きを漏らす者もいたが、口々に喚く古参を無視して、俺はヘリオスを見上げる。
「どうだ? その気があるなら、俺はいくらでも力になるぞ?」
「――願ってもねえ! よろしくお願いします、アニキ!」
と、ヘリオスは古参共の世迷い言に惑わされる事無く、俺の問いかけに躊躇なく応じて見せた。
うむ。ヘリオスは本当に良い男だな。
それから俺は若手連中に視線を送る。
「――諸君らも、希望するなら受け付けるぞ?」
だが、血の気の多い若手連中でも、古参達が震え上がっているのを目の当たりにしては、ヘリオスのように思い切れるものでもないようだ。
誰もが牽制でもするかのように、互いに視線を交わし合っている。
そんな中――
「――では、私にもご教授、よろしくお願い致します!」
唯一手を挙げたのは、りんごを綺麗に切り分け終えたばかりのマリーで。
「――バっ!? 女のおまえがこれ以上強くなってどうすんだ!?」
ヘリオスが彼女を指差して叫ぶ。
マリーはそんな指先をかわすように首を傾け、俺に笑顔を向けた。
「こんな事を言い出すバカを黙らせる為にも、ぜひ!」
「お、おう……」
俺はうなずくしかなかったよ。
俺としてはヘリオスの想いの後押しをしたかっただけなんだが……こんな時はどうしたらいい?
あとでマチネ先生に相談してみよう……
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