第2話 11

「……初めて見たアーくんは……正直、なんて偉そうな子供なんだろうって思ったわ」


 いたずらめいた声色と表情で語るイライザを見て、俺は密かに安堵の息を漏らす。


 吹っ切れているという言葉は、虚勢や俺への気遣いなどではなく、どうやら本心からの言葉なのだとわかった。


「――偉そうじゃなく、偉かったんだよ」


 だから俺も、下手に過去を引き摺るような言葉を繰り返すより、彼女のそういう姿勢に寄り添う事にしたんだ。


「父上が亡くなって、立太子されたばかりだったしな」


 当時は十歳――いや、もうじき十一になるという頃か。


 苦笑交じりに告げると、イライザはクスリと笑う。


「でも、あの時のアナタはゴルバス将軍の従者を名乗っていたじゃない。

 ――ねえ、リディア。いくら将軍の従者って言ったって、子供が大人の――それも衛士を殴り飛ばしたのよ? 偉そうって思ったって仕方ないと思わない?」


「それは……あははは……

 ――あ、でも、アルはなぜその街に居たんです?」


 と、話を振られたリディアは笑って答えを誤魔化し、話題を逸した。


 ……うまい手だな。今後、似たような場面ではこの手を使うとしよう。


 俺はそんな事を心の帳面に記しつつ、リディアの疑問に応える。


「ああ。ババアの指示で、大叔父上――ゴルバス将軍が<竜牙>騎士団に行わせていた野営訓練に参加していたんだ」


「……<竜牙>騎士団――国境を守る精鋭騎士団ですよね?」


 俺はうなずく。


 <竜牙>騎士団は王宮騎士団ではなく、アグルス帝国との国境にあるグランゼス公爵領を守る辺境騎士団だ。


「知ってるか? あいつら、単騎――それも兵騎なしの生身で大型魔獣を倒せるんだぞ?

 一息一足跳びで一〇〇メートルくらい駆け抜けるし……俺にも同じ事ができるようになれって訓練させるんだ。

 そりゃもう、何度も死にそうになったぞ」


 あそこは頭も能力もおかしいヤツしかいない組織で、当時、立太子され、ババアの鍛錬の成果も表れ始めて来て調子に乗っていた俺の鼻っ柱は、見事に叩き折られたっけな……


 いや、あいつら本当に頭おかしいんだ。


 王宮の騎士なんかだと、子供――しかも王太子という事で、剣の稽古なんかでも手加減して――それで俺は余計に調子に乗ってたんだが、<竜牙>の連中はそんな手心一切なし。


 泣こうが喚こうが、徹底的に叩きのめしてくるし、負けを認めて地面に転がれば、平気で蹴りつけて意識までをも刈り取って来る。


 そうして目覚めれば、「訓練で良かったな。おまえは死んだ」と、ニヤニヤ笑いながら勝ち誇って来るんだ。


 子供相手に大人気ない――そう、何度も思ったよ。


 だが、同時に嬉しくもあった。


 王太子としてではなく、子供としてでもない――ひとりの男として扱ってくれている事が、確かに嬉しかったんだ。


「あそこの子は幼い頃から、ゴルバスが主から受けた訓練と似たような事をさせられて育つからね。

 正直、ボクも頭おかしいと思うよ……」


 クロも呆れ顔だ。


「およそ一月ほど山地で過ごしていたある日、俺は大叔父上に連れられて、街に降りる事になった。

 それがイライザがいた街でな。

 大叔父上は古い友人――ローゼス伯爵の頼みで、イライザの養父と会う予定だったんだ」


「ああ、それではイライザのお父様が会おうとしてたのは、グランゼス公だったのですね?

 あれ? でも、お父様はイライザに、注文を受けた知人の家に行くと仰ってたのですよね?」


「そう。イライザはずっとそう主張してたのに、聴取を取ってた衛士は聞き流していてな。危うく犯人や黒幕に逃げられる所だった」


 苦々しく吐き捨てると、イライザもため息。


「そもそもあの衛士自体、買収されてたっていうものね。

 ――初めに対応してくれた人はそうじゃなかったみたいだけど、アーくんに殴り飛ばされたアイツは、ウチを犯人に仕立てようとしてたって、後から聞かされたわ」


「なんだ、知ってたのか?」


 そういう細かい事は子供に聞かせる必要はないと、俺は教えずにいたのだが。


「ゴルバス将軍が教えてくださったのよ。養父の無念を乗り越える為にも、すべてを知って心に刻み込め――てね」


「あー……言いそうだな……」


 相手が子供だろうと、あの人は侮ったりしない。


 常に一人前の人間として扱おうとしてくれるからな。


 俺はうなずき、リディアに説明する。


「その衛士は屯所の班長でな。本来は遺族への聴取なんて下っ端の仕事なんだが、なぜかその時はそいつがイライザへの聞き取りを受け持っていた。

 だから俺はおかしいと思って、取調室に聞き耳を立てていたんだ。

 そしてあのクズはあろうことか、イライザの犯行を疑い始め、腹を立てた俺は踏み込んだワケだ」


 俺はため息を吐いて、リディアを見る。


「――順番に流れを説明するとだ……」


 街に着いた大叔父上と俺は、待ち合わせ場所である酒場でイライザの養父、アシュトンが来るのを待っていたんだが、彼はいつまで経っても現れなかった。


 そこで大叔父上は共通の知人の家を訊ねてみる事にしたのだが、その家もまたもぬけの殻だった。


 異変を感じた俺と大叔父上は、手分けして街中を探し回っていたのだが、そうしている間に衛士が慌ただしくしているのに気づき――そしてアシュトンが殺されたのを知らされたんだ。


 ……街中での犯行だった。


 あの時、俺がもっと――<竜牙>騎士団の連中くらい走るのが速ければ、あるいは感覚強化系の魔法をしっかりと学んでいれば、異変に気付いて間に合ったかもしれない……そう思うと悔やまずにはいられなかった。


 それから……大叔父上が現場検証に立ち会い、俺は衛士の屯所に待機する事になって。


 そこでイライザが濡れ衣を着せられそうになっている場面に出くわしたというわけだ。


「でも、お父様はなぜ……」


 痛ましげに呟くリディアに、イライザは小さくため息。


「ねえ、リディア。貴族の<耳>って知ってるかしら?」


「え? ええと……ウチには居ませんけど、確か上位貴族のお家では情報収集や世論操作の為に、そういう事を請け負う人を雇っていると聞いた事があります……」


 そこまで応えて、リディアは目を見開いた。


「――まさか……」


 イライザはうなずきで応えて。


「そう。父さんはローゼス伯爵――いえ、ローゼス内務大臣の<耳>だったのよ。

 父さんが会おうとしていた知人っていうのも、現地に暮らす協力者だったそうなのだけれど……」


 目を伏せて首を振るイライザ。


「そいつが裏切り……いや、ちょっと違うな。

 ハメられて寝返る事を強制され――結果、アシュトンを売ったんだ」


 当時、アシュトンはローゼス内務大臣の依頼を受けて、金融業を営んでいるトランサー伯爵家の金の流れを探っていた。


「当時、いくつかの商家や士爵家から、突然人が消える事件が起きていてな。

 彼らに共通しているのが、トランサー伯爵家から借金をしているという事で、ローゼス伯爵は内務大臣として密かに探らせていたんだ」


「――人が消える!? まさか……」


 相変わらずリディアは察しが良いな。


 おおよそなにが起きていたのか予想ができたようで、顔を真っ青に染めていた。

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