悪逆非道な暴虐王子が追放されて、心優しい王子が即位した結果 ~これなら俺のがマシじゃねぇ?~

前森コウセイ

第一部 口下手王子の受難

序 悪が討たれた日

序 1

「――アルベルト・ローダイン! 貴様に玉座は相応しくない!」


 謁見の間に僕の声が響く。


 左右に居並んだ高位貴族達が驚きの表情を浮かべたが、事情を知っている一部の者は僕の言葉に同意するように、深々と頷いていた。


 玉座に座る赤毛の男――このローダイン王国の王太子であり、僕の兄だというアルベルトは、玉座に頬杖を突いて僕と僕の隣に立つリグルド卿を、その鋭い碧眼で交互に見据える。


 金髪青目の僕と色こそ異なるが、兄というだけあって僕と良く似た顔立ちをしている。


 だが、僕の目つきはあんな風に人を威圧すようなものではないはずだ。


 その悪逆さが顔に滲み出ているのだと思う。


「……コートワイル、いったいどういうつもりだ?」


 端から僕など相手にする気がないのか、アルベルトはリグルド卿に訊ねた。


 話に聞いた通りの傲慢な態度。


 低く抑えられた声に、なにも知らされていない貴族達の顔が青くなった。


 けれど、外務大臣として他国と対等に渡り合ってきたリグルド卿は、アルベルトに怯むことなく応じる。


「カイル殿下の仰った通り! 貴方様にはもはや玉座を任せられないという事です!」


「……カイル殿下、だと?」


「そうです! このお方こそ、陛下のご指示で隠されていた貴方様の双子の弟なのです!」


 リグルド卿の宣言に、謁見の間がどよめいた。


 アルベルトもまた目を見開いている。


「……双子? 陛下……お祖父様がそんな指示を出した、と?」


 抑えられたその声が、わずかに震えているのを僕は聞き逃さなかった。


 傲慢で悪逆な王太子であっても、自らの地位が脅かされている今、震えずにはいられないか。


「そうです! 古来より双子は国を割る火種になる――そう仰った陛下は、生まれて間もないカイル殿下を弑するよう、私にご指示なさったのです!」


 今は病床にあって、遠い離宮にて療養中という国王――顔も見たことのない祖父の話題に、胸の奥で押し殺していた怒りが燻ぶる。


「けれど私には、なんら罪もない赤子を殺めるなどできず……陛下のお言葉に逆らう事になろうとも、そのお命を守る為、内密に我が領の孤児院で匿っていたのです!」


 涙を浮かべて訴えるリグルド卿。


「――さすが仁徳のお人、リグルド卿だ!」


 左右の貴族達から、彼を称賛する声があがる。


 アルベルトは玉座にもたれかかり、深い溜息を吐くと、まるで見下すように僕達を見る。


「それで? 陛下の想像した通り、今まさにそいつは国を割ろうとしているのではないか?」


「――お黙りなさい! 貴方様がこれまで犯してきた数々の非道を思えば、もはや国政を任せてはおけないのです!」


 そう。それこそが僕が立ち上がった理由。


「……非道だと? 覚えがないな」


 心底不思議そうに首を傾げるアルベルト。


 僕は怒りに震えた。


 ――自覚なく行っていたというのかっ!?


 だとしたら、彼は人間として壊れている!


「お付きの侍女を寝所や風呂に連れ込み、飽きたらクビにしていただろう!?」


 僕は怒りに任せて声を張り上げた。


「俺の侍女だ。どうしようと俺の勝手だろう?」


 まるでそれが当然とばかりに、アルベルトは応える。


「国庫を使い、豪遊三昧!」


「それが王族の仕事だ」


「――民が飢えているんだぞ!?」


 僕の叫びに、アルベルトは深々とため息を吐く。


「……話にならんな」


 嘲笑混じりのその言葉に、僕の怒りがより激しく燃え上がった。


「ごく一部の商会と癒着し、優遇しているというのも聞いている!」


「でかい商会の声を聞くのは当然だろうが?」


「その結果、小さな商会は次々と潰れているんだぞ!」


 僕が過ごした孤児院のそばの商店もまた、そうして潰れた店のひとつだ。


「……それで俺を廃して、おまえが玉座に着く、と?

 そもそもの話、だ……」


 激昂する僕をよそに、アルベルトは冷徹な眼差しで僕を睨む。


「おまえが本当に俺の弟だという証拠はあるんだろうな?」


 そう告げたアルベルトの顔に、勝ち誇った笑みが浮かんだ。


 僕らの父である先の王太子は、十年ほど前の隣国との戦で亡くなっている。


 母もまた、そのショックで倒れられて、そのまま帰らぬ人となったそうだ。


 だからこそ、アルベルトは勝ち誇っている。


 僕を証明するものが、なにもないのだと。


 ……だが!


「ええ、ございます」


 リグルド卿が静かに告げた。


「……殿下、選定の宝珠というものをご存知ですかな?」


「かつて、この国を支えた大賢者が遺したと伝えられる神器だろう?」


「ええ、そうです。国が乱れた時、真の王を見出すとされる伝説の宝珠。

 ――それが、これです」


 と、リグルド卿の脇に控えていた彼の侍従が進み出て、手にしていた小箱を開いた。


 表面にびっしりと虹色の刻印が施された、拳大の水晶が現れる。


「いずれ来る国難に際して用いるよう、我が祖先が大賢者様より与えられたものです」


 リグルド卿と同じく、コートワイル家の祖先もまた、素晴らしい人格者だったのだろう。


 だからこそ、大賢者様もこのような神器を託したに違いない。


「これを用いれば、その血統の正当性を示す事ができるだけではなく、真の王が誰かもはっきりするでしょう」


「そんな玩具を信じろというのか? 世迷い言を……」


 アルベルトの顔に焦りのようなものが見て取れる。


「見ろ! 俺には王家の証である刻印もあるのだぞ?」


 見せつけるように掲げられた彼の左手の甲には、このローダイン王国の国旗の元にもなった、虹色にきらめく竜の意匠が刻まれていた。


「ならば恐れる必要などないでしょう? さあ、殿下!」


 侍従から宝珠が収められた小箱を受け取り、リグルド卿はアルベルトの前に進み出る。


「――殿下! ご自身の正当をお示しなさいませ!」


「――さあ!」


「――さあっ!」


 貴族達が口々に、アルベルトに選定を迫る。


 それでも宝珠に触れようとしないアルベルトに、焦れた貴族達が殺到した。


「――クソッ! てめえら、俺に触れるな! 殺すぞっ!」


「御免っ!」


 強引にアルベルトの左手を取り、宝珠に触れさせる貴族達。


 宝珠がほのかな燐光を放ち。


「――こ、これは……っ!」


「王印が……」


 アルベルトを押さえ込んでいた貴族達が驚愕しながら、彼の左手をみんなに見えるように掲げさせる。


「王印が消えたぞ!? コ、コートワイル侯爵、これはいったい……」


 訊ねられたリグルド卿は驚きに目を見開き。


「宝珠はあくまで王家の血統を示し、真の王を選定する為の神器。それによって王印が消えたという事は……」


 ゴクリと唾を飲み込んで、リグルド卿はアルベルトを睨む。


「そやつの王印は偽物……いや、そもそもそやつ自身が王族を語る偽物ということだ!」


「――なっ!?」


 ここに来て初めて、アルベルトの顔から傲慢な薄ら笑いが消えた。


「待て! んなアホな話があってたまるか! じゃあ俺は誰だって言うんだ!?」


 貴族達に押さえ込まれた身体をよじり、声を張り上げてアルベルトが叫ぶ。


「――黙れ、偽物!

 大方、あの愚王の差し金であろう! 唯一の後継が病かなにかでお亡くなりになったのを隠す為の影武者ではないか!?」


「んだとぉ!?」


 リカルド卿に一喝されて、アルベルトが呻く。


「……ああ、陛下は王太子様が亡くなられてから、おかしくなられたものな……」


 誰かが呟き。


「それで唯一の忘れ形見までお亡くなりになったのだとしたら……それを認められずに替え玉を用意したとしてもおかしくはないか?」


「私は以前からおかしいと思っていたのです。あの理知的な王太子殿下のお子にしては、あの者はあまりにも……」


 憶測が憶測を呼び、真実を呼び起こして行く。


 ざわめきに包まれる謁見の間を歩き、リグルド卿が僕の前にやって来た。


「――そして、この方こそ王の真の後継!

 さあ、カイル殿下……」


 リグルド卿に促されるままに、僕は宝珠に触れる。


 途端、宝珠は眩い虹色の輝きを放った。


 左手に熱を感じる。


「――おお! おおっ!」


 リグルド卿が歓喜の声をあげた。


 光が晴れて。


 僕は確信と共に、みんなに見えるように左手の甲を掲げる。


「……なにぃっ?」


 アルベルトが呆然として僕を見ていた。


「――王印だ!」


「このお方こそ、真の王!」


 居並んだ貴族達が口々に僕を王と讃え始める。


 賞賛の声を浴びながら、僕はアルベルトの元へ向かう。


「よくも今まで国を、民を弄んでくれたな、この偽物め!」


 僕は――両手を抑えられて身動きできずにいるヤツの頬に、ありったけの力を込めて拳を叩き込んだ。

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