2.ゲンテの民
* * *
「――あんたがシェヘラザードの生き別れの弟だって…? しかし…」
焚き火を囲む人々は、戸惑いながらおれを見上げた。そりゃそうだろう。濃紺の髪に金茶の肌を持つおれと、多少は日焼けしているもののだいぶ色素の薄い肌の彼らとでは明らかに人種が違った。そして、姉上はこの世界では彼らと同じ人種として生まれてきていた。おれたちの世界では、
「本当だって。この見た目じゃ信じられないだろうが、いわゆる種違いってやつさ」
おれは構わず輪に入って座り込んだ。どうせ明日にはこのおかしな設定も解消されるんだ。
「まあそう警戒すんなよ。おれもガキの時分には、おんなじような箱馬車の一団に可愛がってもらったもんだぜ」
彼らは顔を見合わせると、まだ半信半疑でそれでも場所を空けた。向かいに腰掛けていたフェルト帽の五十がらみの男が、火の上のやかんを下ろして茶らしきものをおれに淹れた。
「そうかね。ゲンテの民と共にいたと言うなら、我らの家族だ。
男の台詞から察するに、どうやらゲンテというのはこの箱馬車暮らしの民の総称で、渡来人てのがおれみたいな風貌の人種のことらしい。もとはどっか海の向こうに国があるようだ。まあ、このおれには全く関係がねえがな。
今回の冒険には、アーノルドは姉上も同行するよう要求していた。おれにサポートを任せっきりにして、仕切ってる本人が現場に出てこないのは無責任だ、とか言ってたな。
異世界巡りは、最初は新鮮でも慣れればスポーツ感覚で楽しめた。それじゃ張り合いがないと誰が思ったのか、姉上はだんだん遠慮なくシビアな世界観のところにおれらを送り込むようになった。油断するとこっちにもとばっちりが及ぶことすらある。しかも、さすがのおれでも洒落で済ませられるか判断に迷うレベルでだ。
ともかく姉上はアーノルドの要求に応え、今回この砦の外で待ち合わせることになった。だが現れたのは、おれたちにお馴染みの「占い師シェヘラザード」ではなく、この箱馬車――流しの楽舞団の一座に所属する「踊り子シェヘラザード」とやらだった。当然別の世界から越境してきたおれと血縁のわけはなく、人種さえも違った。
あまりの設定の違いに、おれたちは面食らった。姉上は自分専用の馬車におれたちを招き入れ、淡々と事情を説明した。
姉上の本業は「天上の主」だ。いくつもの異世界を管理し、たまに下界に降りて人間の暮らしを観察する。そのためにそれぞれの世界で都合のいい姿になるが、この世界では流れ者の踊り子が都合がよかったというだけの話だ。占い師なんて設定は、おれたちの世界でしか通用しない。この世界にいる限り、おれという弟も必要ないんだ。
おれが必要ないだと!? ふざけるな。これ以上のとばっちりがあるか。
そりゃ姉上にも言い分はあるだろう。おれたちがこの世界に来るのは後から決まった話だ。この世界では、おれらの方が異物だ。だから合流を渋ったんだな。本来の仕事の邪魔になるからと。
おれは誤解していた。姉上が仕事として「天上の主」をやってるんじゃない。天上の主がたまたま「おれの姉」の役に扮してるだけだった。天上の主であることが揺るぎなく最優先事項で、どっかの世界限定の手駒一個の事情なんか、気まぐれでどうにでもなる程度のもんなんだ。
おれはアーノルドの前で本気で取り乱してしまった。二年の付き合いで、おれも相当奴に見透かされてることがその後の姉上への説得ぶりでわかった。ああくそ。
アーノルドのとりなしで、姉上は設定を見直すことになった。おれと同じ風貌になり、赤の他人ではなく実の姉だと名乗ることにした。
『でも一座の皆には、私を拾ってからの記憶に矛盾が出てしまう。スキン変更と同時に、関係した住人のログをリフレッシュする必要がある…』
『…わかるように説明してくれ』
『見た目を変えても皆が驚かないよう、辻褄合わせをするわ』
できるんなら前もってそうしとけよ。最近ましになったとは言え、人の機微がわかってねえとこが
「あっちは見たところ、この砦の兵士のようだな」
焚き火の向こうで、フェルト帽の男が顎をしゃくった。馬車の前でアーノルドと姉上が立ち話をしている。
アーノルドは、日銭を稼ぐためにこの砦の傭兵に応募していた。ここしばらく魔法で遊びすぎたせいで、なまった剣の腕を鍛え直す意味もあった。おれも誘われたが、どうにも気が乗らず今回は別行動だ。宿を別に取り、魔術師組合が近場に素材集めに出かけるときの護衛なんかで暇を潰してる。
「ああ、用があったのはあいつの方なんだ」
おれは男からもらった香ばしい香りのする茶をすすりながら答えた。初めて姉上と喧嘩したせいで、まだ気分がささくれてる。この楽舞団の人々もオリフォンテの民のまがい物に見えてしょうがない。彼らはおれの答えを聞くと目配せし合い、フェルト帽が代表して言った。どうやらこの男が一座の座長らしい。
「なるほど。シェヘラザードが急にこんな辺境まで来たがったのは、あの男と逢い引きするためか」
「まあ、そうとも言えるな」
面倒だから否定しない。実際には、アーノルドに女と逢い引きできる甲斐性があったら冒険は終了してるし、姉上に至っては逢い引きの概念があるのかすら怪しい。
含み笑いをしてる奴が何人かいるのでわけを聞くと、おれとアーノルドのどっちが姉上の本命なのか賭けていやがった。馬車に三人連れ立って入ったし、言い争ったりしたからか。
「はぁ? 今おれは弟だって言っただろ!?」
さっきからの気分のせいで思わず荒い声が出た。座長は、すまんすまんと言って別の相談を持ちかけた。
「ところで、この辺りは人間より魔物が多い。わしらは普段はもっと内側の安全な地方を回っとるもんでな、あまりその手の備えをしとらんのだよ。ここから引き返すにしても、多少は路銀を稼いでからでないと動けん。この街には流れ者は入れんし…」
そう言っておれの装備をちらちら見た。いかにも貧しい流れ者らしく、計算高さと卑屈さが入り交じる交渉におれは肩をすくめた。
「わかったよ。あんたらがここにいる間、おれが用心棒をしてやってもいいぜ」
「おお、本当かね? ありがたい」
座長は顔をほころばせたが、案の定「身内価格で」と言ってきた。しょうがねえな。せめて宿代が浮くのと、まがい物でもオリフォンテの民ふうの箱馬車で過ごせるのがメリットだ。
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