危険を冠する魔物

 二つ目の街”ベルタ”は、アルフレシアと比べれば二回りほど手狭だが、街としてはこっちの方が幾分発展している。

 加えてアルフレシアにはなかった施設が幾つか配置されている。


 装備を生産、強化してもらえる鍛冶屋。

 アクセサリを販売している貴金属店。

 モンスター退治やアイテム採取などの依頼を斡旋する冒険ギルド。


 エリアを突破してベルタに到着後、一度ログアウトして昼食と休憩を挟んでから俺らは、そのうちの一つである冒険者ギルドに足を運んでいた。


「うわー、ここも凄え人だな。……まあ、予想通りではあるけど」


「ガンブルクに着くまでは、人混みは避けられなさそうね」


 やれやれと嘆息を吐くサンゴ。


 ガンブルクとは、ここから一つ先にある街だ。

 この国の王都だけあって規模も最大とのことだから、そこまで辿り着けば、今みたくどこに行ってもプレイヤーで混雑してるっていう状況から脱却できるはずだ。


「じゃあ、ここ見終わったらすぐに次のエリアに向かうか」


 冒険者ギルドに訪れたのは、依頼が具体的にどんなものか確かめるためだ。

 だから特にこれといって面白そうなものがなければ、当初の手筈通りエリア攻略に入るつもりだ。


カウンターに向かえば、受付の女性NPCが笑顔を浮かべる。


「冒険ギルドへようこそ。本日のご用件をお伺いします!」


「依頼を確認したい」


「かしこまりました。こちらが一覧になります」


 目の前に依頼に関する情報が書かれたウィンドウが出現する。


「これが依頼か。……ふむ」


 ざっと見た感じ、どうやら依頼内容は二種類に分かれているようだ。


 一つは、達成条件や報酬が固定されていつでも受けられるもの。

 もう一つは、一定周期で中身が更新されていくもの。

 前者は良くも悪くも普通、後者は当たり外れが大きい分、良いのを引き当てられたらラッキーって感じか。


 けれど——、


「んー……あんま面白そうなのは、なさそうだな」


「そうね。どれも素材納品かモブ敵の討伐依頼ばかりだわ。報告に戻る手間を考えると、これなら無理に受けなくても良さそうね」


 どこでも報告可能だったら幾つか依頼受けるつもりだったが仕方ない。


「……あの、もしかして高めの報酬の依頼をご所望だったりしますか?」


「え? あー、まあ、うん。そんなとこ」


 マジか、NPCから話しかけてくることもあんだ。

 AIのレベルたっか。


「でしたら……<危険種ハザード>の討伐なんてどうでしょうか」


「ハザード? なに、それ」


「時折、出没する凶暴で危険度の高い個体の魔物のことです。<危険種>がいると街の行き来にも支障が出る場合がありますからね。出没頻度の関係から依頼にはなっていませんが、討伐の推奨はさせていただいてます。倒していただければ、相応の報酬をお出ししますよ」


「なるほど……」


 時折出没するってことは、ランダムポップするってことか。

 ……いいね、なんだか唆られるな。


「ちなみにそのハザードってのは、どんくらい強いの?」


「そうですね……その地域に生息している主と同等くらい個体もあれば、災害に匹敵する場合もあります。一応、後者の個体にも懸賞金はかけてはおりますが、過去の記録を見ても討伐報告は——」


「つまりピンキリってことだな」


 となると、俄然興味が湧いてくるじゃねえか。

 だって、もしかしたら今のレベルじゃ太刀打ちできねえ敵とも戦える可能性があるってことだろ。

 なら、そのハザードとやらを探してみる価値はありそうだ。


「——サンゴ」


「言いたいことは分かってるわ。……ごめんなさい、重ねて訊くけど、そのハザードはどこに生息しているの?」


「この街より東側以降の全域で確認されています。直近でいうと、ベータルド洞窟でも確認されてますよ」


「……だそうよ。どうする?」


「ハッ、んなもん決まってるだろ」


 ハザード探し一択。

 エリア攻略はそれが済んでからだ。






   *     *     *






 ベルタと隣接するベータルド洞窟は、東西に広がるエリアだ。

 地下を通る上、豊富な土壌に染みた水分と蓄えられた地下水が関係して、水溜りがそこらじゅうにあり、かなりじめじめしている。

 そんな環境故かRPGでは定番モンスターであるスライムもこのエリアでばっちり出現しているようだった。


「とりあえずマップ埋めからね。洞窟の隅から隅まで探索するわよ」


「あいあいさー」


 序盤のエリアだからそこまで複雑な構造にはなっていないと思うが、だとしても多少は迷路みたくなっているはず。

 次に訪れた時の為にもある程度のマップの把握はしておきたい。


 ——つっても、俺個人としては入り口からボスフロアまでの最短ルートさえ分かればいいんだけど。

 マッピングを完璧にしておきたいのは、偏にサンゴの性分によるものだ。


 というわけで遭遇したモンスターを片っ端から倒しながら洞窟の奥へ進んでいく。

 脇道があればそっちを重点的に潰し、正規ルートっぽそうなら引き返しを繰り返していくこと数十分。


「……おっ、あれじゃね? <危険種>」


 十五メートルほど前方。

 明らかにそこらの雑魚敵とは雰囲気の違うモンスターを発見する。


 バランスボールよりちょっと大きいくらいのサイズ。

 大まかなシルエットは通常のスライムとそこまで変わらない。

 異なるのは、馬の耳みたいな触覚が生え、尻尾のような突起があること。

 何より分かりやすいのは、通常のスライムの体色が水色なのに対して、前方にいるスライム(?)は虹色の光沢を放つ真珠のような白であることだ。


「ぱっと見は、そこまで強そうじゃねえけど……見た目で判断しちゃダメだよな」


「ええ、最低でもここのボスモンスター並みの強さだというし、油断したら簡単にやられるわよ」


「ああ、分かってるよ。……行くぞ」


 アイアンソードを引き抜き、戦闘態勢に入る。

 サンゴも棍を構え、白スライム(?)へと一歩踏み出した刹那——、


「は?」


「——え」


 電車に轢かれたのかと錯覚するほどの衝撃と暗転する視界。

 そして、一瞬で全損した俺とサンゴのHP。


 微塵も気を抜いたつもりはなかった。

 だが、ここがまだ序盤のエリアであるのと、スライムっぽい見た目に騙されて強さを見誤ったのは事実だ。


(くそ……アイツが災害パターンだったのかよ!!)


 戦闘時間一秒足らず。

 俺らは、白スライムの超高速タックルによって全滅させられたのだった。




————————————

スペクタウーズ

 ベータルド洞窟に棲息する完全初見殺し<危険種>。

 討伐レベルは93。サイズこそ通常種のスライムと大差ないが、見た目にそぐわぬ俊敏さと超高速タックルでビギナープレイヤーを確実に葬るクソモンスター。

 戦えばほぼ確実に殺されますが、戦闘の意志を示さない限りはどれだけ近づいても襲われないので、出会ったら即死亡なんて事態にはならない。なので、遭遇したとしても慌てず、その場を通り過ぎること。

 ちなみに一部NPCやプレイヤーからは、その白い見た目から幸運の象徴として扱われてたりしてるとかしてないとか。

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