傷一つない黄金のかめは、野に晒してこそ

 アルファーゼの森のボスフロアは、エリアの最東端にある。

 入り口があったのはエリアの北西辺りだったから、ほぼほぼ横断した形になるか。


「しっかしまあ、ここまで来ても人が多いな」


「そうね。だとしても……まさか、ボスと戦うのに待ちが発生するとは思わなかったわ」


 俺とサンゴの視線の先——森の中にしては不自然に開けた空間では、パーティーを組んでいるであろう六人組が巨大熊のモンスターと戦っていた。


「あれが……」


「ここのボス、ライオットベアね」


 現実の熊よりも二回りほど上回る巨躯に、めちゃくちゃゴツい甲殻に覆われた前脚と人の体など容易く引き裂けそうな鋭利で大きな爪。

 見るからにこの森の主だと言わんばかりの見た目をしている。


「画像では確認してたけど……こうして実際に見るとマジでデカいな」


「大の大人ですら並ぶと子供のようだわ」


 ライオットベアの攻撃を身の丈ほどの大盾で受け止めている巨漢プレイヤーを見れば、それがよく分かる。

 間近で見たらもっと迫力感じそうだな。


「パーティー構成は……タンクが一、ヒーラーも一、あとは遠距離系のアタッカーが四人? なんだ、随分と尖ってんな」


 弓かライフル持ってる奴しかいねえじゃねえか。


「むしろあれが主流の構成ね。タンクがボスの動きを止めて、ヒーラーがタンクの回復に専念。残りの四人は、安全圏から飛び道具で高火力を叩き込む。それが今の環境でトレンドの戦術らしいわよ」


「ふーん、随分とシンプルな戦い方だこと」


「ライフルと弓の武器性能が抜き出て強いから成立する戦術よ。あと他の役割ロールと比べてあまりプレイヤースキルを要求されないのも一つの要因だと思うわ」


 あー、確かにな。

 アタッカーのやることは、距離取って引き金を引くか矢を射るくらいだし。


 命中精度に関してはモーションアシストがカバーしてくれるから、気を付けるのは攻撃タイミングとタンクに誤射してしまわないようにすることだけ。

 戦闘に不慣れな初心者でも再現しやすいのは、流行する理由にはなり得る。


「でもこれ……タンクとヒーラーは負担と責任が大きい上に、どっちかやらかしたら一気に戦線崩れそうだな」


「そこがあの戦術の脆い点ね。要のタンクかヒーラーどちらか片方が潰されてしまえば、その時点で陣形も戦術も崩壊する。その上、タンクがヘイト管理に失敗して後衛に裏抜けされるようになっても立て直しは厳しいでしょうね」


「遠距離系は詰められたら基本アウトだからなあ」


 初心者なら尚のことキツくなるはずだ。

 まあ、それでもこれが流行してるってことは、弱点を差し引いても高い勝率を叩き出せる戦術ってことなのだろう。


 実際、タンクとヒーラーの仕事量が多くて大変そうなだけで、戦況としてはプレイヤー側が圧倒的に優勢だった。


「——もうそろそろ決着が着きそうね」


 サンゴの推測通り、それから数十秒としないうちにライオットベアは断末魔の咆哮を上げると、肉体がポリゴンへと爆ぜた。

 倒したプレイヤー達はバトルリザルトを確認し、喜びを分かち合うとすぐにエリアの出口へと移動していった。


「……見事な完封勝ちだったな」


「攻撃陣はあまり手慣れてなさそうだったけど、それでも終始安定していたわ。フルパーティーで挑めば、もっと簡単に終わりそうね」


 このゲームのフルパって八人だったか。

 サンゴの言う通り、更に遠距離アタッカーを二枚追加したら火力のゴリ押しだけでどうにかなりそうだ。


「ったく、戦略もクソもあったもんじゃねえな。」


 ……つーか、今になって気づいたけど。


 森に入ってからここに来るまでに遭遇したパーティーの殆どがさっきボスと戦ってた奴らと似たような構成ばかりだった気がする。

 タンクが二枚だったり、弓とライフル持ちの割合が微妙に異なったりしたが、基本構成は大体一緒だった。


 街やチュートリアルエリアは、こんなに偏ってなかったはずだけどな。


 エリアの中だけこんなになっているのは、手っ取り早く攻略したい勢が集まっているからだろう。

 情報の出所が動画サイトなのか掲示板なのかは知らんが、誰かしらが考えたをこぞって流用しているのがいい証拠だ。


「でもまあ……あれだけ楽に倒せんなら、真似したくなる気持ちも分かるな。どうする、俺らも今からデータリセットして後衛に転向するか?」


「つまらない冗談言わないで。この程度でやり直すなんて選択肢はないわ。このまま挑んで倒すわよ。……というか、あなたもそんなつもりは微塵もないでしょ」


「まあな。これしきのことでやり方を曲げるくらいだったら、最初からこんな酔狂な戦い方なんかやらねえよ」


 ゲージの九割以上が消失し、バーが赤く表示されたHPを確認しながら言う。

 その下には逆に一ミリも欠けていないサンゴのHPゲージがある。


「それに……さっきの戦術を否定するつもりはねえが、ヌルゲーで手にした勝利なんて味気ないしな」


 勝つか負けるか瀬戸際ギリギリの勝負に身を投じるからこそ、最高に熱くひりつく戦いを味わえる。

 ——その為に三ヶ月もの間、ひたすら待ち続けてきた。


「サンゴ、確かボスの推奨攻略レベルは11、推奨攻略人数は四人で合ってたか?」


「ええ。今の私たちは、そのどちらも満たしてないわ」


「つまり、低レベル少人数攻略ってわけか。……上等!」


 ライオットベアの行動パターンは頭に入っている。

 実際の動きも確認することができた。


 ——準備は整った。


「……っし、行こうぜ」


 そして、背中のアイアンソードを引き抜き、俺たちはボスフロアへと歩き出す。




————————————

エリアボスを含む一部のモンスターは、戦闘が始まると他のプレイヤーが干渉できなくなるする障壁が展開されます。そして、障壁の内側から外に出ることもできないので、障壁が発生する戦闘は逃走不可になります。

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