舞い踊るは葬送

「っぶね!!」


 紙一重で飛来してきた何かを躱す。

 俺の身体ギリギリを掠めて地面に突き刺さったのは、粗末の作りの石槍だった。


 初期武器よりも明らかに攻撃力が低そうな見た目をしているが、今の俺には必死の一撃となり得る。


 店で売ってるような感じではないよな。

 となると……ドロップアイテムか。

 でも、ここら辺に石槍を持ったモンスターなんていなかったよな……って、それを考えるのは後だ。


 石槍が飛んできた方向に視線をやると、そこに立っていたのは棍を携えた金髪碧眼の少女の姿をしたプレイヤーだった。


「やっぱりこのくらい不意打ちでは通用しないわね」


 聞き慣れた声、見覚えのあるアバター。

 頭上に表示されているプレイヤーネームは——サンゴ。


 ……うん、間違いない。


「待て、落ち着こう。話せば分かる」


「いいえ、あなたと交わす言葉なんて一つもないわ。代わりにこれが私の怒りを雄弁に語ってくれるから」


 言って、サンゴみづきは棍を構え、俺の懐めがけて一気に突っ込んできた。


「くそ、やるしかねえのか……!」


 迷ってる暇はない。

 すぐさま長剣を引き抜き、サンゴを迎え撃つ。


 下手なボス敵を相手にするよりもずっと厄介な相手だ。

 少しでも気を抜けば、確実に殺られる。


 ——集中力を最大限に研ぎ澄ます。


 俺の剣が届くギリギリ外側、そこまで肉薄したところでサンゴが攻撃に入る。

 繰り出すのは、俺の喉元を狙った高速の突き。

 それも体の開きを抑えて上手く棍を持つ腕の一連の動きを隠すことで、攻撃の出どころが見えづらいものとなり、反応を一瞬遅れさせるものだ。


「くっ……!」


 ギリギリで受け流すことには成功するが、直後には次の突きが襲ってくる。

 それもどうにか捌いてみせるも、そしたらまた更に次の突きが以下略のループだ。


 これらの攻撃にアビリティは一つも使われていない。

 全てサンゴの純粋なプレイヤースキルによるものだ。


 コイツ、マジで俺をPKする気だ……!!


 確信と共に久々の緊張が走る。


「おい、確かこのゲームPKは御法度じゃなかったか!?」


「街の中ではそうね。けれど、ここは街の外。ペナルティは小さいわ」


「ちゃんとあるじゃねえか! だったら、止めにしようぜ。こんなくだらないことでペナ食らっても仕方ないだろ」


「……くだらないこと、ですって?」


 途端、サンゴの猛攻がピタリと止んだ。


 だがそれは、戦意の消失によるものではない。

 寧ろ俺に対する戦意は更に増しており——、


「そうね。確かにこんなことでカルマ値を大幅に上昇させるなんて、まさしく愚の骨頂に他ならないわ。それに元を辿れば、私がすぐにあなたからのメッセージに返信できなかったことも一つの要因でもあるから、私にも全くの非がないわけでもない」


「だったら——」


「けれどね……ヒバナさん。あなた、一人で楽しくモンスター狩りに勤しんでいたでしょ。私からの返信を完全に無視して、ずーっと。おかげでアルフレシアで一人寂しく三時間待ちぼうけする羽目になったわ」


 にこりと笑みを浮かべるサンゴ。

 案の定というべきか、目はちっとも笑っていない。


「それは、えっと……マジすみませんでした」


「ふふっ、別に謝らなくてもいいのよ。私が欲しいのは、そんな上辺だけの謝罪じゃなくてあなたの命だから」


 ヤンデレみたいで怖えよ。


 しかし、そんな軽口を叩く間もなくサンゴは攻撃を再開する。

 今度は棍を回転させながら振り下ろしてきた。


「っ——!」


 長剣で弾いて直撃を免れるも、流れるように追撃が次々と飛んでくる。

 その様はまさに棒を使った演舞。 

 傍から見ていればつい見惚れてしまうような棒捌きは、防御するとなると凶悪なコンボと化す。


 不規則かつ流れるような軌道で襲いかかる怒涛の連撃をギリギリでやり過ごして安心したのも束の間、息つく間もなく畳み掛けるようにして俺の胴を狙った回し蹴りが繰り出される。

 ほぼ反射神経頼みではあったが、身体を捻って回避に成功する。


 ——が、それを読んでいたのかサンゴは、無理矢理体勢を崩して不安定になった俺の足元目掛けて突きを放ってきた。


 えっぐ!!

 ここで足元狙うとか反則だろうが!!


「チッ!」


 このままでは確実に殺られる。

 なので、強引に後方に飛び退いてやり過ごした——その時だった。


「終わりよ」


 サンゴの手にしていた棍に淡い発光エフェクトが纏った。


 それはアビリティが発動する前兆——まさかこの瞬間の為に、あえて温存してたってのかよ。

 ここぞってタイミングで初見技を喰らわせるために。


 決して偶然ではない。

 コイツなら狙ってそれが出来る。


(くそ……完全にしてやられたな)


 今の体勢から回避は不可能。

 ガードしたところで今のHPじゃ削りダメージだけで死ねるし、受け流したとしてもこれ以上の攻撃が捌ききれない。


(……だけどな)


 そして、サンゴは身体を翻しながら跳躍して俺との距離を瞬く間に詰め、渾身の一打を俺の脳天へと叩き込む——。


「——このまま素直にやられてたまるかよ!!」


 大きく息を吸い込んで気合溜めを発動すると同時、集中を重ねがけし、双燕斬を振り下ろされる棍へと繰り出す。


 武器ごとぶった斬れれば御の字だが、恐らくそれは無理だ。

 だから、真っ向から渾身の一撃をぶつけて衝撃を緩和させて耐え凌ぐ。


 ——長剣と棍が激突する。


 瞬間、衝撃で全身が痺れるが、HPに変動はない。

 まさかガードもなしにノーダメで受け止められるとは思ってもいなかったのか、サンゴの目が大きく見開く。


「なっ……!?」


 驚くのはまだ早えぞ。


 双燕斬は二連撃のアーツアビリティ。

 すぐに素早い切り返しによる二太刀目が棍に襲いかかる。


「くっ」


 もう力溜めによる威力上昇効果は乗らないとはいえ、火事場の底力による攻撃力バフがある。

 当たれば弾き飛ばせそうだったが、刃が当たる直前でサンゴは棍を引いて直撃するのを避けると、そのまま後方にステップで下がって距離を取った。


 ここでようやくサンゴの動きが止まる。

 そのままじっと俺を見据えていたが、やがて小さな嘆息と共に構えを解いた。


「……やっぱりステータスを上げないと、あなたにダメージを与えるのは無理そうね」


「いやいや、結構紙一重だったぞ」


 最後の迎撃なんて一か八かの完全ギャンブルだったし。


「だからこそショックなのよ。どうせあなたもまだステータスにポイントを割り振ってないのでしょう?」


「……よくお分かりで」


「当然よ。何年あなたの幼馴染みをやっていると思って?」


 言って、サンゴはふっと微笑むと、


「それと……戦って少し頭が冷えたわ。……その、PKしようとごめんなさい。今のは流石に大人気なかったわね」


 威儀を正して、ぺこりと頭を下げた。


「いや、いいよ。そもそもは俺が、お前からのメッセージをガン無視してしまってたのが一番の原因なんだし」


「……そうね。じゃあ、代わりに明日、栄養食の試食に付き合ってくれる? 今回はそれで手打ちにしてあげるわ」


「おい、それPKより普通にエグいじゃねえか。……でもまあ、分かったよ」


 やらかした禊だ。

 そっちは甘んじて受け入れるとしよう。




————————————

最後の打ち合いをノーダメでやり過ごせたのは、瀕死バフ+クリティカルで衝撃を相殺できたためです。なので、片方でも欠けていたらアウトでした。

もし主人公の体勢が安定していた場合は、逆に幼馴染みちゃんの方がダメージを喰らっていました。


ちなみに二人ともステを上げてないので、実質レベル1同士の戦いでした。

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