飛び込み自殺を図ろうとしていた女子高生を助けたら、『殺して』とお願いされたので、無視してラブホテルに連れ込んでみた結果

たいよさん

プロローグ 黄色い線の外側に


「……」


 まだ朦朧とする意識の中、俺は目を覚ました。

 辺り一帯にはおびただしい数の本と、それを収納している本棚がある。

 ああ、そうだ。俺は講義終わりに、勉強がてら一人で帰り道の途中にある図書館に寄ったんだ。

 そして、思ったよりもモフモフ感が強く、座り心地が良すぎたイスの餌食となり、派手に寝落ちていた。


「……てか、受付の人やらバイトの子やらは起こしてくれなかったのか」


 勿論、寝落ちていた俺が悪い。

 ただ、閉館時間を過ぎているなら、起こしてくれても良かったと思う。向こうにも少しだけ落ち度がある。と思いたい。


「……そういえば、24時間開放してるんだったな、ここ」


 その事を思い出し、完全に自分だけが悪いことを俺は認識する。

 そんなどうでもいい事を考えながら、俺は開いていた参考書を閉じ、カバンへとしまった。


 不意に、窓へと視線をやった。

 辺りは既に真っ暗で、完全に夜を迎えていた。

 俺がこの図書館に入ったのは、確か17時頃で、日は完全に落ちきっていなかった。

 だとすれば、俺はここで最低2時間は寝ていたということだ。

 まあ、最近はバイトやらレポートやらで疲労が蓄積していたので、たまにはこういう日もあるということにしておこう。


「……」


 起きたてで、気だるい体を動かすのにも滅入っている俺は、周りへと視線を移した。

 24時間開放しているというのに、周りには誰一人としていなかった。

 あるのは空席になっているテーブルとイスだけ。

 だけ、だけ……だけ。

 そこまで思考が辿り着いた所で、俺は猛烈に嫌な気配を感じた。

 その気配を確かめる為に、俺はスマホを見た。


「……やばい、やばいやばいやばい! これはやばい!」


 画面に表示されている時刻は、「0:40」。

 そう、あと5分程で、終電の時間を迎えようとしていた。

 俺は血眼になってペンケースをカバンにぶち込んだ後、急ぎ足でその場を後にした。


「ちょっとお客さん、お名前は!」


 出入口の手前まで来たところで、受付嬢のおばちゃんから声がかかった。


永瀬虎雅ながせこうがです! 寝ちゃってすいません! 手続きしといてください!!」

「はいよ。忘れ物しないようにね」

「はい!」


 退館の手続きをおばちゃんへと託し、俺は図書館を駆け足で出た。

 忘れ物など、気にする余裕も無い。あった場合は、それはもう運の尽きだ。

 とにかく終電へと間に合わせる為に、俺はひたすら駅に向かって走った。


 ◇◇◇◇◇


「はぁ……はぁ……あっぶね……」


 3分程ダッシュすると、目的地である駅は姿を現した。

 何とか終電の時間には間に合わせることに成功した俺は、大きく肩を揺らし、呼吸を整える。

 久しぶりに、運動した気がする。

 と、そんな事を考えられる程には、思考に余裕が出来ていた。


 ICカードをタッチし、軽快な機械音と共に改札が開かれると、俺はその改札を歩きながら通った。

 そして、"三番線"と書かれた看板の下にある階段へと足を進め、階段を上がると、駅のホームへと出た。

 終電が来るまで残り1分程だった。


 自動販売機のすぐ側にあったイスへと腰を下ろす。

 図書館に比べてイスはカッチカチで、これなら絶対に寝ない。というか寝れない。

 息も整い、落ち着いた所で、俺は改めて夜空を見てみることにした。

 それは確かに"真夜中"と呼ぶのに相応しい深い黒色で、ずっと見ていると不安になりそうな程だった。

 そんなことを思った俺は、視線を下ろし、同じく終電を待つ人間が居るかどうかを確認することにした。


「意外と居ないんだな……」


 ゆっくりと、左から右へと視線を移動させながら、俺はポツンと呟いた。

 俺が住んでいる場所は、都会と田舎の中間地点のような場所である為、まあ不思議ではない。

 そんなことを考えながら、視線が180°周り切る時――だった。


「……ん、ん?」


 誰も居なかった視界の中に、一人の少女の姿を捉えた。

 それは白く綺麗な首筋で、駅の電気に照らされる髪色は、夜空の如く純黒。髪型はシンプルなポニーテールであり、脚や手は長くスタイルは抜群で、後ろ姿だけでも美少女だと確信できた。

 ただ一つ、この時間と状況には似合わない要素が、その少女にはあった。


「……制服……か?」


 誰がどう見ても、それは"制服"だった。

 とはいえ、コスプレやオシャレなどの可能性だってある。

 時間も時間だし、本当の女子高生が本当の制服を着ている、とは、考え辛い――はずだった。

 違う。あれは本当の女子高校生で、本当の制服なのだ。

 そう確信出来るのにも、理由がある。

 ――俺が通っていた高校と、全く同じ制服だったからだ。


「……何してるんだろ」


 俺と同じく、どこかで寝落ちてしまったのだろうか。

 それとも友達と遊んでいて、帰りが遅れてしまったのだろうか。


『まもなく、三番線に最終列車が参ります。お乗り遅れの無いよう、ご注意ください』


 そんなことを考えていると、AIのような声質でアナウンスが響いた。


「……まあいいか」


 女子高生をジロジロと見つめるのもキモいと判断した俺は、その女子高生からは視線を逸らし、電車の到着を待つことにした。

 アナウンスが響けば、あとは数十秒程で、終電はやってくる。

 何となく疲れていた俺は、ボーッと正面を見て、その電車を待った。


 先頭車両から照らされるライトが、ジワジワと視界の端を侵略してくる。

 ――そして、もう一つの黒い何かが、俺の視界の端で明確に動いた。


「……」


 その"黒い何か"が気になった俺は、再び女子高生の方へと視線を向ける。


「……おい、まて、何してんだあいつ」


 するとそこには、電車の先頭車両から照らされるライトが近付くに連れて、同じく線路へと近付く女子高生の姿があった。

 

 再び、俺は猛烈な嫌な予感に襲われた。それは図書館とはレベルが違う。そう、飛び込み自殺をしようとしている、と。

 

 女子高生は見る見るうちに足を進め、遂には黄色い線の外側へと足を踏み出した。俺は確信した。

 いてもたっても居られなくなった俺は、一心不乱に女子高生の元へと走った。


「頼む……間に合え……間に合ってくれ……っ!!」


 目を瞑り、決死の覚悟で、女子高生の華奢な白い腕へと、俺は手を伸ばした。

 人の死は見たくない。否、見過ごせない。見過ごしたくない。それはきっと、人間の共通感情だ。

 とにかく、明るい未来を願って、俺は必死に手を伸ばした。届け、届けと。


 ――やって来る電車が、けたたましいクラクションで爆音を響かせるのと、俺が白い腕を掴んだのは同時だった。


 腕を掴んだ認識をした瞬間、俺はグイッとその腕を自分の方へと引っ張る。

 少しだけ筋トレをしていた成果もあって、難なく女子高生はこちらへと倒れ込んだ。

 俺はそれを両腕で受け止めた後、派手に尻もちを付く。


「あっぶね……大丈夫だっ……」

 


 


 

「なんで……っ!!」


 


 


 俺が"たか"、と言い切る前に、女子高生は俺の体を突き飛ばす。

 

 そして――ひと粒の涙と、弱々しい言葉だけを残して、女子高生は改札へと繋がる階段へと、走っていく。

 数秒後、その姿が見えなくなってしまった。


「……ダメだ、死んじゃダメだ……!」


 ただ、どうしても見捨てる事の出来なかった俺は、終電ということも忘れてその女子高生の後を追った。

 

 コンクリートを駆け、パンパンと鳴るスニーカーの音。

 それは、真夜中の漆黒の空へと、消えることなく響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る