ツンデレお嬢様が、二人三脚でボロボロに負けちゃう話
よこづなパンダ
第1話 戦いの幕開け
「……」
僕はごくり、と唾を飲んだ。
僕の通っている高校、
赤、白、青の3色のチームに分かれて競うこのイベントには、毎年行われている名物種目がある。
二人三脚。
言わずもがな、足と足をバンドで繋ぎ、息を合わせて転ばないように走る、アレである。
我が校ではアレが、運動会を締めくくる最終種目となっている。それゆえに、生徒たちの熱の入れようが半端なものではない。
1年生である僕は、かねてより噂には耳にしていたものの、その異様な空気感と盛り上がりっぷりを目の当たりにして、圧倒されていた。
バトンの受け渡しの瞬間はもちろん、走者の一挙手一投足に注目が集まる。
日陰者の僕からしてみれば、走ることはもちろん、その場に立っているだけでも、とても耐えられそうにない。
保健委員として、怪我などの不測の事態があったときに備えて待機する役割でもなければ、今すぐにこの場から逃げ出していただろう。
それくらいの重圧をひしひしと感じつつ、僕は舞台に立つ者たちの勇姿を、じっと見届けていた。
♢♢♢
そして、その中でも最後となる、女子二人三脚の走者が今、トラックに向かっていく。
男子の結果は、僕の所属する赤組は白組に僅かに及ばず、惜しくも2着であった。そのため、赤組が逆転での総合優勝を果たすには、最終種目である女子で1位を取る必要があった。
そんな状況だからこそ、当然我が赤組の走者には、より一層の期待と注目が集まる。
1年生、2年生、3年生……の順にバトンを繋いでいくリレー形式であり、それゆえにアンカーを務める3年生の重圧は、想像もしたくないが。
―――最初の走者にのしかかるプレッシャーもまた、並々ならぬものであろうことは容易に想像できた。
華奢な2人の少女の背中で、ツーサイドアップに纏められた眩しい金髪と、ポニーテールに縛られた枝毛の1本すらない黒髪が、サラサラと揺れる。
赤組の走者は、僕と同じクラスの2大美少女であり、そして超絶お金持ちの2大お嬢様でもある、
2人はいつだって凛とした佇まいで、普段のクラスにおいてもその存在感を遺憾なく発揮している。
しかし少々プライドが高く、キツめの性格をしているせいで、男子たちからすればややとっつきにくい。時々告白をする者はいるようだが、2人ともに彼氏はいないらしい。
完璧すぎるのもまた、欠点である。
―――そんな考えを抱いてしまうほどに、2人の美しさは際立っている。
ちなみに僕はといえば、金髪の彼女、金郷さんの推しだ。
もし叶うのであれば、この腕でぎゅっと抱きしめて、一日中頭を撫でてあげたいくらいに彼女のことが大好きだ。
でも、だからといって僕は彼女に告白しようだなんて微塵も考えていないし、そもそも近づいて関わりを持とうとさえも、考えていない。
……なぜなら、僕の実家は貧乏で、僕なんかが関わったところで彼女にとっては何の幸せももたらさないから。
僕の実家は元々貧乏というわけではなく、むしろ裕福な方だったと聞くが、幼い頃に両親が離婚して以来、父親1人で育てられてきた。
その父も病気で亡くなり、今は祖父母の家に厄介になっているわけだが……まあ、僕の身の上話をしても面白いことなんてないから、これ以上はよそう。
そんなわけで、僕は多少の顔の良さは自覚しているものの、彼女には到底届かない身分であることを理解しているから、自分の恋愛感情に関しては、諦めていた。
というより、諦めることに慣れている、といった方が良いだろうか。
よく分からないが、小さい頃に約束した許嫁がいるらしいという話も、噓かどうかは知らないが僕が感情に蓋をする理由の1つでもあった。
相手がどのような子なのかは、祖父母は頑なに口を割ってくれないが、どうやらその相手と僕が結婚することは決定事項らしく、僕に恋愛の自由はない。
お金の不自由はさせないから、と祖父母には言われて育ったが……どうせその相手というのも、簡単には僕に打ち明けられないほどの厄介な相手なのだろう。
はあ、なんて絶望的な話なんだろう。
……そんなわけで金郷さんは、僕には手の届かない高嶺の花である。
ただ、だからといって、仮に彼女と関わらない人生を歩むことを決めたからといって、僕が彼女を推してはいけない理由にはならない。
だから僕は、保健委員の1人として―――1人のモブとして、トラックへと向かう彼女の背中を眺める。
(……綺麗だ)
思わず、ため息が出てしまった。
整った目鼻立ちについては最早語る必要もないが、金郷さんともなれば、その後ろ姿からもオーラを感じる。
海外の血が混ざっているのであろう、美しすぎる長い金髪に、壊れてしまいそうなほどに華奢な肩。そして、すらりと伸びる細い……脚。
特に今更隠すことでもないので白状すると、僕は髪フェチで、更には脚フェチだ。
顔は化粧などでその場しのぎに誤魔化すことはできるが、綺麗な髪と脚は……並々ならぬ日々の努力の賜物だと思うから。
だからこそ、心の底から美しいと思う。
お金持ちで何不自由のない生活をしているであろう金郷さんが、食生活に気を配りつつ、健康的でしなやかな身体を手に入れたのだと想像すると、彼女のことを愛おしく感じてしまう。
そしてそれはもう1人のお嬢様である黒垣さんにも言えることなのだが―――少し世話焼きでしっかり者な一面がある彼女よりも、若干ツンとした一面を持ち、不器用ながらに庇護欲を搔き立てられる金郷さんの方が、僕好みなのである。
だから2人並ぶと本当に美しいのだが、僕にとっては黒垣さんはあくまで引き立て役であり、視線は金郷さんに釘付けになる。
今日も金郷さんの脚は白くて、痣の1つもない。
普段から制服越しに拝ませてもらっているが、体操着となると、膝下をソックスで隠さずに太股から足首までが露わになることで、僕の視線はより一層釘付けになる。
そして僕は……気づいてしまう。
金郷さんの両脚が、僅かに、小刻みに震えていることを。
(ああ……可愛いな)
思わず僕は、心の中でそう呟く。
そう、彼女は凛とした表情を少しも崩さず、平常心を装ってトラックへと歩んでいったものの―――
心の奥底では緊張し、震えているのだ。
素っ気ないフリをしていながら、根っこの部分では1人の女の子に過ぎない。そんな不器用な部分が愛らしく、彼女の推しポイントなのである。
このクラス、いや学園における金郷さんのファンは当然にして多いものの、そのほとんどは整った顔や少し小ぶりな胸など、外見的な好みが理由であり、彼女の内面に気づいて推しているというのは、僕くらいだろう。
―――そんなくだらない優越感に浸りながら、僕は彼女が黒垣さんと紐で足を束ねる姿を観察する。
いよいよこの夏最後の闘いが、始まろうとしていた。
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