第5話 今年も、また
あれから、1年が過ぎ―――
今年も、この日がやって来た。
イベントに合わせて特別な装飾が施された校内のグラウンドは華々しく、非日常感をより一層、濃いものとしている。
トラックの脇には、保護者をはじめとする家族が応援に来ているほどで、周囲が人々で埋め尽くされた光景からも、今日という日に掛けた気合の大きさが見て取れる。
赤組と白組、そして青組の3チームに分かれて行われる当イベントは、クラスという垣根を超えた団結力が求められる。
改めて説明すると、学年の9クラスのうち、1~3組は赤組、4~6組は白組、7~9組は青組となるわけだが……
4組の金郷さんと5組の黒垣さんが昨年同様、二人三脚に出場することになり、しかも今年もペアを組むことになるとは、いったい何の因果だろうか。
―――そんなことを考えながら、6組である僕は、勝利を目指して懸命に駆けている今の走者を応援しつつも、バトンを受け取るためにトラックへと向かう2つの背中をトラックの中央の待機列から見届けていた。
長い髪とともに、バトンの色に合わせられた白いリボンが、ふわりと揺れる。
(何気に……お洒落だよな)
小さな事とはいえ、校則に反しない範囲内でファッションセンスの片鱗を見せる上品さは、2人とも流石はお嬢様といったところだろうか。
腰のあたりまで届く、まるで烏の濡れ羽のように美しい黒髪を白のリボンでポニーテールに結んだ黒垣さんの後ろ姿も大変綺麗だが……
2つの白いリボンでツーサイドアップに纏められた、艶やかな金髪をサラサラと風になびかせる―――そんな金郷さんの後ろ姿に、思わず僕は釘付けになってしまう。
うっかり後ろから抱きしめてしまいたくなるほどに小柄な背中だが、そこには一片の迷いのない思いと、逞しさが宿っているように見えた。
(今年は本当に……頑張ってたよな)
昨年度の結果が、よほど悔しかったのだろう。
決して忘れることのできない苦い記憶は、まるで人形のように整った彼女たちの可愛らしい容姿からは想像できない負けず嫌いな性格に、更なる火をつけた。
休み時間となれば、誰よりも早くグラウンドに向かい、2人で何度も確かめるように呼吸を合わせて走っていた。
ここ数日は、陸上部の朝練が始まる前の時間までもを利用すべく、早朝に登校して練習していたことも、僕は知っている。
だからこそ得られた、確かな自信。
そして、この日に賭けられた強い気持ちが―――2人の綺麗な白い脚に、表れていた。
今日はあいにくの曇り空で、気温も例年に比べて低く、僅かな肌寒さを感じる。
そんな天候だから、ほとんどの生徒が待機中は上着を羽織り、長ジャージで競技する人も多い中……
彼女たちは、『敢えて』―――すらりと伸びる四肢を、そのまま晒していたのだ。
忘れることはない。
思わず目を背けたくなるほどに、痛々しく抉れた真っ赤な傷口。
見ているだけで、顔を歪めてしまうような状態だった。
当人たちにとっては、何物にも代えがたい痛みが、そこに在ったことだろう。
しかし、彼女たちは、今年も生脚で競技に挑むことを選んだ。
もし、転んでしまったら……また1年前と同じ激痛を味わう羽目になるのは免れない。
それでも、ハーフパンツを選択したのは―――
決して機能性だけではない。
彼女たちの強い気持ちの表れでもあった。
相変わらず細くて、だけど無駄がなく、シュッと引き締まった綺麗な脚。
脚フェチである僕は、そんな2人の太股から足首までをつい凝視してしまう。
(本当に、治って良かった……)
心から、そう思う。
傷痕が残ってしまってもおかしくないほどの怪我ではあったものの、幸いなことに2人の膝は綺麗に元通りとなっていた。
普段の制服姿からそのことは分かってはいたものの、肩を組みつつ、僕から見て横向きに立ち、気を引き締めてスタートの準備に立つ金郷さんの凛とした横顔と、そして膝に目を向けて……
(……いかん、ちゃんと応援しなければ)
そう頭では分かっているから、僕は気持ちを切り替えるべく、ごくりと唾を飲み込んだ。
改めて走者の方に目を向けると、白いバトンを握りしめた1年生の2人の女子生徒が、彼女たちの元へと、刻一刻と近づいてきていた。
しかし、無情にも赤組が、金郷さんたちの目の前で、バトンを受け継いでいく。
最後尾を走る青組とは大差がついているとはいえ……この差は、赤組を抜き去って逆転勝利を収めるには、相当厳しいものといえるだろう。
だが、彼女たちは決して諦めていなかった。
それは、2人の横顔を見れば、明らかであった。
だから僕は、心の中で叫んだ。
(……頑張れ!)
イン側を走る金郷さんが今、白いバトンを受け取った。
赤組との差は、およそ15秒。
ここから、彼女たちの猛追が始まった。
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