第20話
今回の坂薙からの提案、つまり仮称『橘川まちる』のために女子制服を調達しようというのは、荒唐無稽にも程があった。
身も蓋もない言い方をすれば、要するに坂薙の胸中に抱く、キッカを自分の意のままに着せ替えたい願望の発露、そのものなのだ。
坂薙は女子制服の必要性について、校内で事件が勃発した際など、いざという時の保険のためと説明した。女子制服ならキッカも学校の風景に溶け込めるからだと。
「ねえケータ、別に制服、持ってても困らないじゃん? それに、あったらあったで、わたしの役に立つと思うの。ほら、また〈敵〉が攻めてきたら――」
キカからのそんな指摘に、俺も何ら不都合がない事実を知る。変身しなければ戦う能力が発露しないのは本当だ。それに〈敵〉という文字が内心を穏やかにさせない。
俺達の眼前にぶら下がる目下の問題。それは俺達にとっての〈敵〉の意味や正体だ。あれから襲撃らしい襲撃もなく、あの時何の理由があって襲われたのかもわからなければ、相手の正体も知らぬまま。本件に関しては頼れる存在も遂には思い浮かばず、袋小路入りのまま今日まで来ている。
それに付け加えるかのように、不審人物の校内通達。
俺は二人にまんまと納得させられてしまい、あれこれ経緯を経て、何故か満月に辿り着いてしまった。
「いいけど、兄。代わりに、お願いがある」
「……いやな予感がするぞ、満月。ようし、にーちゃんに何でも言ってみるな。言わないでごらん」
「日本語で話せ。あと違う、あたしじゃない、手も口も早い兄。あたしが言ってるのは、制服の持ち主の娘からのお願い、って意味ね。ここ、すげえ大切。相手、先輩だかんな」
突っ込みは互いにあえて入れない兄妹関係だ。
さて、いわく持ち主というのは、満月の所属する陸上部OGの事だ。坂薙からの横槍で何故か満月にまで話が至り、とんとん拍子で三奈鞍の女子制服が入手できる手はずとなったのだった。
「そのOGの先輩、弟さんいるの。弟さんは二年で、兄のよく知ってる人に超・興味ある」
「興味って、おい。どういうニュアンスだ、こわいぞ。ていうか誰だそいつ」
何故か神納の顔がふと浮かび、混沌とした光景を思考から無理矢理払いのける。こういう時だけ都合のいいネタキャラ扱いしてすまない、とエア謝罪も入れておく。
「弟さんが超・興味あるのはね――――鈴乃さん」
そんな妹からの衝撃的宣告に、目の前が何故だか一瞬真っ黒になった気がして、瞬きを数回繰り返していた。
要約すると、OGの先輩の弟が、どうやら坂薙に恋愛感情を抱いているらしい。OGの所持している女子制服を譲り受けるのと交換条件として、その弟に坂薙を紹介しろ。そういう取引を持ちかけられたのだ。弟は姉に溺愛されているのか、妙な条件だった。
いや待て、いきなり相手の策にはまってるのではないかと、満月の交渉能力に疑いをかけようとして、実は俺自身が満月の策にはまっていた可能性の方が高いという本質にぶち当たる。差し詰め満月、キカへの愛を勝ち取るべく、弟君を利用して難敵坂薙を葬り去ろうとの算段なのだろう。何という打算妹、あなおそろしや。
そこまで来て俺は坂薙に泣きついて、何故か取引に乗る結論に至った。
「まあ、私は一向に構わんが。ただ、どこの馬の骨とも知らぬ男子を紹介されても、なびきはせんよ。その程度の代償でものがいただけるのであれば、好きにさせておけ」
元より色恋沙汰とは無縁どころか、男嫌いの気すらあるかの坂薙鈴乃だ。幼馴染みのキカに対しても日頃から暴政を敷き、俺にもああだし、俺とつるんでいる神納達男連中にも妙に突っかかるしで、無用な心配だった。ただ、嫉妬心だけが厭にくすぐられる。
余談だが、最初は坂薙自身の制服を貸してはどうかという提案した。最も安楽な手段だし、予備としてもう一着注文するなどしたら誰にも不自然がられないだろうと。
「ああ、もう試したさ、何度も、何度も。何度もっ! その時、どんだけキッカが窮屈だったかの話、耳穴かっぽじってでも聞きたいか、ねえ佐村クン?」
そう言いながら、坂薙に抱きしめられかけた。それはまさに死の抱擁だった。
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