彼女は何故死んだのか
@WindsWriter
第1話 錆びれたビル
こんな噂がある。
インターネットで霊媒師事務所と調べるとそれとは何の関係もないブログがヒットする。そのブログは各地の有名なレストランを食べ歩いてはレビューを書くといったもので、おそらく管理人からすれば日記のようなものだろうと誰もが思う。
しかし、そのブログの1番古い投稿、そこにはなんの説明もなしにどこに飛ぶかも分からないリンクが貼ってある。
そのリンクを踏むと空白のメッセージタブが開き、そこに「助けてください、お願いします」と打ち込んで送信ボタンを押すととある住所が送られてくる。
そこにはどんな怪異も解決する霊媒師が存在する。
2019年8月。
街は茹だるような熱気に包まれ、沿道の木々には蝉がとまって大きな声で鳴いていた。アスファルトで舗装された道は遠くから見ると水蒸気でぼやけ、そんな道を歩く人々は皆首筋が汗ばんでいる。
日傘を刺して歩く少女も例外ではなかった。赤みのかかった茶髪をポニーテールにし、被ったリボンの付いた白いハットは、彼女の髪と赤い目によく似合っている。白いワンピースとサンダルは彼女の純真さをこれでもかと表現していた。燦々と光る太陽が彼女の白い素肌を照らし、そこにはまさに大衆の思い描く夏の美人像があった。
すれ違う人々は、老若男女問わず彼女に目を奪われ思わず振り返る。そんな視線を気にするそぶりを見せず、振り解くように早足で彼女は歩く。
彼女は時折、ハンドバックからスマホを取り出してはなおし、取り出してはなおし、何かを確認するように歩道を歩いていく。
そんなことを繰り返しながら歩いていると、ついに彼女は足を止め、目的地である雑居ビルを右手に見つけた。
そこはとても可憐な少女が目的地にするような場所ではなく、雑居ビルというよりは廃ビルに近いものだった。
昔は塗装され白かったのだろうが、すっかり外壁は黒くくすみ、ところどころ気泡ができて破れて剥がれ落ちていた。雰囲気は暗く澱んでおり、明らかに築20年以上は立っているように見える。少なくとも人が住んでいるような物件には見えないのであった。
「本当にここで合ってるのかな・・・。」
彼女は思わず独り言を呟く。このビルは雰囲気が暗いだけではない。実際にその場にいなければ感じられない、何か触れてはならない、形容し難い気持ち悪さがある。
近くを通り過ぎる住民たちも同じことを感じるようで、主婦も、犬を散歩する老人も、好奇心旺盛な子供でさえビルの前は足早に通り過ぎていく。一瞥することさえしない。
彼女も目的さえなければ間違いなく何も言わずにここを通り過ぎていたであろう。
こんな場所は知らない、関わりたくない、見ただけでそう感じさせるだけの気持ち悪さをこのビルは持っていた。
再度彼女はハンドバックからスマホを取り出してマップアプリを確認する。どうやら残念なことに間違いなく、彼女の目的地はこのビルで間違いないようであった。
恐る恐るビルの敷地内に入っていくと、そこには車が数台分余裕で停めることができる駐車場があった。もちろんひび割れており、隙間から植物がはみ出ている。
どうやら入口は北側にあるようで駐車場に向かい合うように正面玄関がついていた。正面玄関は両開きのガラス張りで外から中が見える・・・設計だったのだろうが、ガラスが汚れているせいで遠目では中を覗き見ることは叶わない。
彼女はゆっくりと日傘をたたむと、覚悟を決めたようにズカズカと玄関へ近づくとその中を覗き込んだ。
中は何もなく、文字通りもぬけの殻で、コンクリートが剥き出しの状態であった。わりと中は小綺麗で外壁ほど荒れてはいないようである。奥には上へと続く階段と、動きはしないだろうがエレベーターまで2機配備されていた。彼女はそっと扉に手をかける。
ガッガッ
開かない。よくよく扉の隙間を見ると鍵がかけられているようで、周りを見ても他に入口らしきものは見当たらない。
「やっぱり、こんなとこに人がいるわけないよね。」
小さく呟くと彼女はどこか安心したような表情をして玄関から目をきろうとした。その時、彼女は気がついた。
開かない扉の先、入ってすぐ左手の壁には1枚の印刷用紙が丁寧に貼ってあった。
「霊媒師事務所 3階 上がってすぐの扉」
まさに彼女の目的地である所在がそこには記してあった。しかし、
「3階?」
正面玄関に入らなければ上に行くことは不可能なはずである。彼女は改めてビルの敷地を注意深く見渡す。すると敷地の正面玄関よりさらに奥、西側に階段の影が見えることに気がついた。
彼女はビルの西側へ向かうと、そこには予想通り、外階段が取り付けてあった。ビルと同じように文字通り錆びれており、手すりの塗装がパリパリと崩れ落ちている。
ここまで来てしまった彼女にもはや後戻りする理由はなく、外階段に気付いたことを後悔しながら階段を登るしかなかった。鉄製階段特有の金属音が嫌に辺りに響き渡り、匂いも錆臭い。彼女はできるだけ白のスカートが手すりに着かないように気をつけて進んだ。
3階に登り、外廊下を見ると確かにすぐ比較的新そうなドアが1つあった。しかし、ドアには霊媒師の霊の文字すら書かれていない。他にあるものといえば外廊下の先に工事現場の立ち入り禁止の看板が乱立しており、これが霊媒師とやらの仕業なら相当気味が悪いし、趣味も悪い。
本来彼女は霊媒師のようなスピリチュアル的なものは信じないし信じたくない性分の人間である。しかし、彼女にはどうしてもそれと向き合わなければならない理由があった。
勇気を持ってドアの前にたった彼女はインターホンを鳴らす。しかし、返事も物音もない。今度は「すみませーん」とドアを強めにノックしてみた。返事はない。
彼女が平静であれば、ここは後日改めて出直そうと帰宅するところだっただろう。しかし、今の彼女は小さな恐怖感から冷静さを失いつつあった。ヤケクソに「私はお客さんだから大丈夫なはず・・・」と事務所ドアを開いてしまったのである。
ドアの先にはやはり誰もいない。
しかし、外と打って変わって生活感のある部屋になっていた。窓際には木製のデスクと椅子、中央には低めの机にそれを挟むように2つの古そうなソファが置いてある。天井には蛍光灯が付けられており、どうやら人が住めないような場所ではなかった。
無断で部屋に入ったことに罪悪感と恐怖を感じ始めた彼女は縮こまりながら部屋へと入っていく。
「あのー、すみません・・・。誰かいませんかぁ。」
彼女は部屋に入ってすぐ右にまた入り口があったのでそこに顔だけ突っ込んで覗いた。
そこには冷蔵庫やIHコンロ、シンクがありキッチンのようだった。
(やっぱり許可なしに侵入はだめに決まってるじゃない!)
そう思い、外へ出ようと振り向く。
目の前に真顔の男の顔があった。
「・・・」
(え?)
彼女は転げ回りながら台所の奥へと逃げ込む。そこには身長190cmをゆうに超えているであろう巨大な男が立っていた。
「ば、化け物・・・」
男は無言で無表情のまま近づいてくる。彼女は必死に後ずさろうとするが、背中は壁につきこれ以上下がることはできない。彼女にできることはせめて日傘を男に向けて叫ぶだけであった。
「いやぁぁぁあっ!!」
結果からいえば男は化け物でもなんでもなくただの人間であった。
「いやぁ、参ったね。いきなり化け物扱いとは。」
「ご、ごめんなさい!!あの時は何故か分からないけど化け物に見え・・・じゃなくて!」
「・・・いいよ。別に気にしてないさ。確かに日本じゃ僕は十分な大男だからさ。」
男は2つのティーカップがのったお盆を持ってキッチンから現れると彼女の前に1つカップを差し出す。中身はコーヒーであった。
「ブラックは大丈夫?」
「は、はい。ありがとうございます・・・」
男は彼女の対面にあるソファに自分も腰掛けると早速コーヒーを一口含んだ。
確かに男は大男ではあったが、よくよく見れば、いや普通にどこにでもいる日本人であった。天然パーマの黒髪に堀の深い顔、黒のよれたスーツに身を包んでいる。疲れ切った中年親父という印象だ。喋り方も案外フレンドリーである。
しかし、なぜか彼の周りの空気は気味が悪く、まさにこのビルから感じる気持ち悪さと似通っていた。
男はカップを置くと後頭部を掻きながら卓上のエアコンのリモコンで設定温度を下げた。額は汗ばんでおり、男はこの猛暑日に長袖のスーツを着込んでいる上に、手には黒の革手袋をつけているので当たり前である。
(暑いのが好きなのかと思ってた・・・)
「ところで君は誰で、この霊媒師事務所に何をしに来たのかな?」
「は、はい。私は中城あやみといいます。少し心霊現象?のことで解決してほしいことがありまして・・・」
「ふーん、あやみさんね。僕は礼持ルイというものだ。霊媒師をやらせてもらってる。その心霊現象というのはどういったものなのか説明してもらえるかな?」
「実は心霊現象というのが私が遭遇したんじゃなくて、私の友人の宮島明里がそれにあってるそうなんです。」
「・・・ふーん、あやみさんのご友人。」
「はい、明里とは幼稚園以来の友達で、高校まで同じところに入学したんです。」
「いわゆる幼馴染だね。その明里さんがどうかしたの?」
「彼女、最近母親の霊に悩まされてるみたいで・・・日中でも関係なく家で心霊現象みたいなことばかり起きるらしくて・・・ここ1ヶ月は高校に来るどころか外出すらできていないんです。」
「外出すら・・・ね。それは霊的なものからの恐怖によるもの、ということかな?」
あやみはカップを持ってコーヒーを一口飲んで、うつむきながら答える。
「言われるんだそうです。」
「言われる?」
「母親の霊に、家から出たら殺すって。」
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