恋愛とファンタジー以外の短編集

有原優

第1話 父の日

「お前父の日のプレゼントかんがえてるのか?」


 友達にそう言われた。父の日、完全に忘れていた。俺と父親との関係は良好ではない、一日の会話がおはよう、おやすみ、ただいま、お帰りなどの社交的な会話だけで終わってしまうこともあるのだ。別に俺と父親はけんかしているわけじゃない、ただ会話がないだけだ。


 俺は父の日に何かをあげた記憶がない。それも当たり前だ、俺にとってお祝い事なんてどうでもいい。俺にとってわざわざ祝う必要ががないのだ。


「俺は何もあげるつもりはないよ」


 俺は事実を告げた、俺は父の日は忘れるぐらいしょうもないことなのだ。


「お前、人の心はないんか」

「え?」


 俺は驚いた、まさかそんなこと言われるとは思わなかったからだ。人の心がないと言われているということは俺は人間ではない、そういわれているということと同義なのだ。俺としてはなぜそんなことを言われなきゃならないのか全く分からない。


「父親というものは、子どものために毎日汗水流して働いているんだぞ、父親が働かなかったらお前は学校にも行けないし、ご飯も食べれない、家にも住めない。その意味が分かっているのか?」


 怒られた、思っていた以上に怒られた。しかし、まっとうなことではある。だが俺はわざわざ何かをあげるほどなのかと相変わらず思う。


「わかっているよ、確かに感謝はしているけど、プレゼントするほどでもなくない?」

「お前はわかっていない、お祝いの言葉は確かに大事だ。しかし、それは形には残らないんだ。こういうのは形に残るのが大事だ、それだけで1年間、父親はこういうプレゼントをしてくれたなだとか、そういう思い出で盛り上がるもんなんだ」

「お前父親なのか?」

「父親じゃないけどさ、俺の父親が言っていたんだよ、そういうことを」

「でもうちの場合は父親とそんなに仲がいいわけじゃないんだよ、だから俺が送ってもうれしいかわからないよ」

「息子から送られて親がうれしくないわけないだろ。そんなこと考える暇があったら、プレゼントを考えろ」

「わかったよ」


 俺はしぶしぶ了解する。俺は友達の言っていることを100パー納得していわけではない、しかし一理はある。俺は彼の言う通りプレゼントを考えることにする。


 プレゼントが何がいいのか考える。ネットで調べたところお酒やビール、ネクタイなどが代表的なものとして出てきた。何がいいのか彼に聞いたところ「自分で考えろ」という答えが返ってきた。説教してきて自分で考えろとはひどいなと思ったが、それは仕方がない。


 俺は必死に考えた、彼は形に残るものがいいといったがネットに出てくるものはほとんどが飲み物などの消費物だったからだ。別に彼の言うとおりにする必要はない。しかし、こういうものに正解はないのだ。

 

 俺は考えまくってネクタイにした、ネクタイはうちにはそこまでの数はないし、社会人の父にとって腐るものではないからだ。


 俺は学校帰りの足でそのままネクタイショップに行った。そこには様々なネクタイがあった。ネクタイは思っていたより安かった。高いものは万単位のお金がいるが安いものは1000円しなかった。


 俺はその中の一つを選び買い物かごにいれてレジに並んだ。レジには俺の前に6人並んでいたので少しだけ待つこととなった。俺はその間にメッセージを何にするか考えていた「いつも俺のために働いてくれてありがとう」はまず入れるとして、「いつも愛想悪くてごめん」か? そんなことを考えていると俺の番が来た。


 店員さんから「追加料金が発生しますがラベルに包みますか?」と聞かれたので俺は「はい」と答えてラベルに包んでもらった。合計金額は778円だったので、俺は1000円札を渡しておつりとして222円を受け取った。


 家に帰ると母親が「今日は遅かったわね」と俺に話しかけた。俺は緊張していた。これから人生初めて、父の日のプレゼントを贈るのだ。メッセージは帰る途中にもう書いた。あとは渡すだけだ。しかし、これに勇気が必要だった。


 俺はえいと渡した。父親は驚いていた。当たり前である、俺は父の日にプレゼントを贈ったことはないのだから。


「お前なんやこれは」

「プレゼント」

「お前がプレゼントを贈るなんて珍しいな、どういう風の吹き回しや」

「俺だってそういう日もあるよ。とにかく父の日おめでとう、そしていつも俺のために働いてくれてありがとう。いつも愛想悪くてごめん。これ安物のネクタイだけど、よかったら使ってください」


 俺は勇気を振り絞ってそういった。俺は父親の顔を見るのが怖かった、どういう反応をしているのかを見るのが怖かった。なにせ安物のネクタイだ、あの人ならもっといいネクタイなんて何個でもあるだろう。だからこのネクタイを喜んでくれるか、それを思うと怖かった。


「ありがとう、うれしいよ。明日からこのネクタイを付けて会社に行くよ、ありがとう」


 父親の反応は明るいものだった。その反応を見て俺は本当にほっとした。


 翌日、学校行く前に父親が今日これつけていくわと言って俺にあのネクタイを付けているところを見せてくれた。俺はそれを見てあげてよかったと思うと同時にあいつにありがとうと言わなきゃならないなという気持ちになった。



 あれから10日たっても父親は相変わらずあのネクタイを付けて会社に行っていた。変わったのはそれだけじゃない。あれから父親との会話が少しずつ増えてきたのだ、俺はそれがうれしかった。別に俺も好きで口をあまり聞いていたわけではないのいだ。俺は本当に父の日のプレゼントをしてよかったなと思った。

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