異世界ファンタジー短編集

有原優

第1話 不死という呪い−魔王の苦しみの果てに

「勇者よ、ここで眠るがよい」


  魔王は言った、魔王は今勇者と世界の命運をかけて戦っている、これはいわば人間と魔族の戦争であり、お互い負けられない戦いである、そして魔王個人としての問題もある、現在人間側についている精霊族が所持している不死の秘薬、それを飲んだものは不老不死になれるというものらしい、魔王はそれを飲むという野望を持っている。というのもせっかく勇者に勝って世界を治めても残り50年程度で寿命を迎える、せっかく野望を達成したとしても、もう人生の3分の2が終わってしまっているのだ、そんなのは意味がない、魔王が狙っているのは完全なる統治である。


「魔王貴様らはわが仲間たちを、人間たちを淘汰してきた、絶対に許せない」


  勇者はそういう現にこの戦争で数百万人の人間が命を落としている。


「何を言うか貴様ら人間のほうが奇襲を仕掛けてきたんだろ、我々魔族のせいにするな」


  実際に人間軍は113年前に条約を破棄して戦争を仕掛けてきていたのだ。


「それがどうした、それでお前らの罪が変わるわけではない!」


  その言葉を契機に戦いが始まった。


  結果としては魔王の圧勝であった、勇者が繰り出す剣など一つとして魔王には行き届かなかった。

 単なる勇者の力不足である。


  魔王は勇者に勝ってのち即座に精霊の国に行った、もちろん不死の秘薬をももらうためだ。


  魔王は愚かにも魔王に抵抗する精霊たちを皆殺しにして念願の不死の秘薬を飲んだ。


 正直言ってそれは魔王にとってまずかった、魔王はその場で即座に吐こうかと思った。しかしこの薬を飲んだだけで不老不死になれるとあらば吐き出すわけにはいかなかった。


 魔王の体には目立った変化は起きなかったが、魔王がひとたび魔法を体に当てると、体が回復してきたのである。魔王はその瞬間に理解した、不老不死とはこの回復力であったのだと。


 それからというもの魔王の体は軽かった。もともと百十五歳であったため老化が来ていたのだが、その老化の影響を全く受けることもなく、体内年齢や見た目も若々しくなったのである。魔王もまさかこんなうれしい誤算があったのかと思った。


 しかし楽しい時間もつかの間であった、魔王としての世界征服という野望と不老不死になるという野望をかなえ、俺の時代が始まったのかと魔王は思った。しかし現実は国を治めるために自分の時間を使わなくてはならない、待っていたのは過酷な日々であった、来る日も来る日も魔王は働き、働き、働いた。


 数十年後完全に魔王はうんざりとした、いつまでこんなことをやり続けなくてはならないのかと。もし魔王が何かヘマでもすれば、この国は終わってしまうかもしれない、何か陰口を言われるかもしれない、また戦争が起きるかもしれない、それだけ二つの民族を治めるというのは大変な事なのだ。


 それは五〇〇年たっても変わらなかった。延々と針のない人生を送っている、それは当たり前なのだ。もう人生の目標を達成してしまったから。


 魔王にはもう目標もない。死期も迫っているわけでもないので、死ぬまでにこれはしなきゃならないとかいうのもない。

 そこで魔王は旅に出ることにした、旅に出れば世界観が変わるし、何かしたいことも見つかるかもしれない。


 しかし旅に出ても魔王のことをほぼ全員が知っている。なので歓迎され、ちやほやされた。

 当たり前のことだ、魔族にとって魔王は英雄なのだから。しかし違うのだ、魔王がしたいのはこういうことではない、自分自身で旅をしたいのだ、人に助けてもらうのは旅とは言えない。


 旅に出てから六〇〇年がたち、運のいいことに魔王のことを知っている人は少なくなってきた。村にいっても魔王のことを知ってる人はほぼいない。村で彼自身のお金で泊まることができ、自分で仕事を見つけ、自分で金を稼いで暮らしたり、旅をすることができるのだ。魔王は少しだけこの長い人生に光が見えてきたような気がしてきた。



 それから1150年後、再び人生に飽きてきた、人族で60年、魔族ですら180年前後しか生きられない、その意味がようやく分かってきた、長い時間を生きてきていたら新しい経験ができない、いわば最強の状態で人生を過ごすということだ、もはや苦労もほとんどしなくなってきた、人生が時間が過ぎるだけの空間に見えてきた。


 だんだんと暇になってきて、人生に疲れてきた、しかし腹に向かって極大魔法を打っても死なない、死ねないのだ。

 あの時に精霊が言っていたこととはこういうことだったのか、「せいぜい地獄を見るがいい」とはと魔王は思った。


 確かに世界の王になった後はいい政治をしたと自他ともに思う、しかし王になる前は戦争で多族を大量に殺してきた、人も妖精も獣人も大量に、世界を統治するためと言ったらそこまでだが、当時の俺は世界征服をしたいからということもあった、これが天罰というのなら甘んじて受け入れなくてはならない。



 さらに7600年が過ぎた。




 魔王は考え続けている、命とは何なのか、人生とは何なのか、この体をコントロールしているのは本当に俺なのかどうか。

 この九四〇〇年間、詳しくは知らないが、人類と魔王の戦争は何回か起こっていた。しかし、魔王はそれを気づきながら無視をしていた、もはや他人に興味を持てなくなっていたからだ。

 しかし今は違う、現在魔族は九代目の勇者によって滅ぼされかけている。今残っているのは現在魔王のもとにいる五〇〇〇人程度だけだ。

 築いた平和もむなしかったなと思うが、正直言ってその時の記憶がほとんどない。なにしろ一〇〇〇〇年生きているのだ、覚えていろというのが無茶なのだ。ただの魔族でも、一二〇歳を過ぎたら記憶を失うケースが多い、一〇〇〇〇年生きていたらなおさらだ。


 魔王は、自身の最後の役目は勇者を倒すことだと心得ている。ここにいる同胞たちを守るためにもだ。

 戦いなど九八〇〇年ぶりだが、戦わなくては守れない。今も、魔族の子どもがその膝の上で寝ている、この子たちの未来を守るためにも、戦わなくてはならない。


 勇者が来る、正直言って怖い、今の力でどれだけ戦えるのか。


「魔王、貴様は一〇〇〇〇年前に私の祖先を殺し、人間たちを苦しめた、我々の怒りを思い知れ」


 歴史がどうやら変わっているようだ。魔王は平等な統治を目指したはずなのにだ、だが勇者を討ったのは事実であり、一瞬だが、悪法を作ったのも事実だ。

 だがあくまでも負けてやるつもりはない、魔王を信じ着いて来てくれたこいつらのためにも。

 魔王は恐怖を押し込めるために、「おのれ! 勇者よ、よくぞ私の同胞を殺してくれた、許さぬぞ貴様ら、この私が倒してくれる」と言った。


 確かに許せないのは事実だが、魔王はこういうキャラではない、だが、自分を鼓舞するためだけに言っているのだ。


 そして勇者が向かってきて戦いが始まった。




「魔王ーーー」


 戦いが過熱する。魔王は確信した。この勇者は強い、全盛期でも勝てるかどうかはわからないと。


「そんなものかーーーー勇者ぁぁぁー」


 そうは言ってみるものの魔王には攻撃をいなすので精いっぱいだ、不老不死の力がなければとうに死んでいるであろう。


 魔王は勇者の顔をちらっと見る。焦りが見えているようだ、たしかに魔王は何個も致命打を食らっているのにケロッとしているのだ。焦るのも無理はない。

 まさかここにきて、恨んでいたはずの不老不死の力が役に立つとは思ってもみなかった。この力のおかげで魔王は戦える!


 戦いはなかなか終わらず四〇分が経過しようというところだった。両者とも一歩も引かず戦っている。

 一見見ると勇者リードに見えるが、何しろ決定打がなく、攻めあぐねている。だが魔王も少しずつ精神的に疲弊しているようだ。


 両者はいったん下がり、魔王は極大魔法を使用した。空に暗雲がただよい、魔王の右腕には巨大ないかずちが生まれた。

 それを勇者に向け、発射の準備をする。


「魔法の打ち合いで決めようということか、ならば!」


 勇者も詠唱を唱えた、剣に光が集まり、光っている。

 長い硬直状態が続く。そんな中先に動いたのは魔王だった。


「極大魔法サンダーフォース」


 魔王が叫んだと同時に勇者も技名を叫ぶ。


「セイグリットソード」


 勇者の剣先から光が伸び、魔王のほうへと光が伸びていく。威力は互角、技の押し合いが始まる。両者の魔法は均衡し、両者とも一歩も譲らない。


 しかし四六秒後変化が起きた、魔王の技の出力が落ちたのだ。勇者はそれを見逃がさず、その瞬間に、技の出力を上げた。

 そして光は魔王を貫き、魔王は三七ートル後方に吹き飛んだ。その威力は魔王の不老不死の回復力でさえ癒しきれない程の威力であった。


 魔王はこのままでは勝てない、俺の力をはるかに超えていると感じた。


 しかし勇者に勝たないと同胞たちの命は危うい。奴は人間側からすると英雄かもしれんが、魔族側から見るとただの大量殺人者だ、こちらとしては生かしておくわけにはいかない。しかしこのままではかなわない、奴も疲れてはいるがまだまだ余力はありそうである。しかもこちらは不老不死による自動回復の効果が弱くなってきている。


 このままでは粘り負けをするだろう、勇者は不老不死などではないはずだが、無限のような力を持っている。

 魔王はひたすらひたすらひたすら考えた、この窮地を脱する方法を、ここから勝つ方法を。

 しかし勇者は考える時間も与えてはくれない。まっすぐ魔王の方向に向かってくる。


 (くそ、時間がない、とりあえず防御だ)


 魔王は受けの態勢に入り、勇者が剣を魔王のほうに向けて突き刺す。

 魔王は防御が間に合わず、突き刺されるが、魔王は諦めてはいなかった、剣をつかみ雷を流す。


 勇者は思わず剣を話してしまう、そのすきをついて、魔王が魔法を勇者の方へとむけ、数発放つ。勇者はそのうち二つをうち落とすが、一発を食らってしまう。


「ぐうう」

「はあはあやったか」


(これが俺にできる最善の策だった、勇者が単純に剣で突き刺す確率にかけたがうまくいったようだ。

 しかし、勇者を倒しても終わりではないのだ、国を滅ぼしに行かなくてはならない、できるだけ早く、できるだけ被害が少なく。そうでなければ奴らはまた勇者を生み出しこちらに向かってくるだろう)


「そんなことをさせるわけにはいかない!}


 そう言ってこの場を立ち去ろうとしたが、勇者に背後から魔法を撃たれた。


「まさかまた体力があったとはな、恐れいったよ勇者よ、だがそのぼろぼろの体でどうするのか、いい加減もう眠れ」


 そう魔王は言う、本当にこのまま終わってほしいというのが魔王の本心である


「いや、すべての元凶であるお前を倒さなくては、人間は救われぬ。この二〇〇年間人間差別が行われていた。人間は奴隷にされ、重労働を貸されたりしたのだ。しかしお前は見て見ぬふりをするところが、表舞台にも出てこなかった、貴様ほどの権力があれば止められたかもしれないのに」


「それは詭弁だな、私はもう九〇〇〇年前の魔族だ、今の私にはそんな権力はない。それにだ、魔族にいじめられたから、魔族を滅ぼすだと? そんなことをしてどうする、憎しみが広まるだけではないか。そんなことはやめてなんとか共存する道を探せ」


 まったく困ったものである、魔王にはそんな権力などあろうはずがないし、人間が魔族に迫害されていることなど知らなかった、しかしそれを魔王に頼む時点で、こいつら人間には自立心がないのだ。


「ふざけるな、そっちが勝手に俺たち人間を迫害してるんだろ」


 勇者は魔王に殴り掛かる、魔王は時間稼ぎができ、満足している、衰えているとはいえ、不老不死の力は健在だ、治癒能力はまだ残っている、まだ戦う力は残っている。


「うおおおおおおおおお」

「こい」


 二人は素手で殴り合いをする、魔王は殴り合いの最中に魔法弾を放つが勇者はそれをよけまくる、こうなってくると魔王としては勇者も体力無限なのかと疑いたくもなる。

 二人とももう体力は限界に近いはずだが戦いはなかなか終わらない、二人とも満身創痍だ、だが魔王のほうが魔力が残っているのもあり若干有利だ。


 魔王が後ろに飛び、巨大な炎を製造した。それを防ぐために勇者は先行攻撃を狙って魔王に向かってくる。

 しかし魔王のほうが速かった、魔王の手のほうが先に動いた。

 勇者に向かって魔法が放たれる、巨大な火球だ。勇者はそれを受け止めようとするも、受け止められずにそのまま吹き飛ぶ。しかし魔王は油断などしない、勇者に向かって飛び込み、雷をまとったこぶしで勇者の腹を突き刺す。

 そして勇者はそのまま息を引き取った。


「はははやったぞ、ついに勇者を倒したぞ」


 魔王が歓声を挙げ、それに呼応するかのように避難していたほかの魔族も歓声を挙げる。


 しかしそれもつかの間目の前には大量の人間が現れた、どうやら援軍が来たということらしい。魔王は何とか立ち上がり相対しようとするが、立ち上がるので精いっぱいだ。もちろん本来ならこんな烏合の衆など余裕である、しかしなにせ今は体力が残っていない。


 魔王は思う、ここが最期の戦場であると。


 そして魔王はその人間の軍勢に単騎で立ち向かう。だが敵が多すぎる、魔王は必死で応戦するも、魔王は少しずつダメージを受けていく、だが魔王は倒れない、これが最期なのだから、今までの地獄のような九〇〇〇年間は今、この瞬間のためにあるのだ。


 その意識を持っているからこそ魔王は倒れないのだ、だがいずれは限界が来る、無限と思われていた魔王の体力も、枯渇してきた。


 援軍を全員倒したところで、燃え尽き、そしてそのままその場に倒れてしまった。何人倒したのだろう、おそらく今日だけでも五万はくだらないだろう、周りにいた魔族たちが駆け寄る。


「お前たちの敵は俺が倒した、安心するがよい」


 魔族たちは喜びの雄叫びを上げ、そして魔王もこれでこの長い人生を終われると安堵している、魔王の長い長い生命が今やっと終わった。



 その魔王の亡骸はのちの魔族の国によって大切に保管された、のちにその亡骸を保存した魔族に話を聞くと、安らかで笑いながら死んでいたという。




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