理由あって学校では鬼ギャルな先輩がバイト先では半端ない清楚聖母なことを僕だけが知っている

ALC

第1話始まってもいない物語

僕ら学生は往々にして勘違いや思い込みから重大な間違いを犯す生き物である。

ここで指している間違いとは犯罪を犯すと言うことでなく。

例を上げれば男子学生の異常な腰パン。

女子学生の歳不相応なメイク。

等など。

他にも色々とあるだろうが今はあえて二つだけ上げておくとしよう。

そんな間違いを我が物顔でやりきっている目立つ陽キャグループが我が校にも存在している。

いつ何処でも周りの目など気にせず馬鹿騒ぎを繰り返し…

多少のトラブルは毎日つきものの彼ら彼女らだった。

そんな彼ら彼女らが本音を言うと少しだけ羨ましい。

自分の行いを顧みること無く全身から自信が溢れている。

僕もそうであれたら…

そんな事を思う夜も少なくない。

けれど…僕は僕だけが知っている秘密のお陰で自らの自尊心を抑えていられるのだった。




毎日けばけばしいメイクを施して学校に登校してくる先輩がいる。

学校の生徒なら誰でも知っており皆こぞって…


「鬼ギャル」


と影では呼んでいたのだ。

しかしながら僕だけが彼女の本当の姿を知っているのだった。




「おはようございます」


土曜日の朝十時から僕はバイト先の飲食店に顔を出す。

バックヤードに向かい更衣室で着替えを済ませるとタイムカードを押した。

ホールに出るとバイト先で一番の人気女子と挨拶を交わした。


「おはよう。今週の土日もバイトの時間一緒だね」


眼の前の絵に描いたような清楚美人は何を隠そう…

あの鬼ギャルの本来の姿なのである。


「おはようございます。聖香せいかさん。

学校にいる時もこっちの姿のほうが良いですよ」


苦笑交じりに冗談じゃない本心を口にすると彼女は少しだけ戸惑った表情を浮かべる。


「なっ!?それは言わないで…」


頬を軽く赤く染めている彼女を目にして僕の童貞心はざわざわと音を立てて黄色い悲鳴のようなものを上げていた。

こんな表情を向けられたら簡単に惚れてしまうと言うもの。

しかしながら僕は学校での彼女の姿を知っているし…

その理由も知っている。

故に僕は既のところで心に急ブレーキを踏む。


「先輩の抱えている理由はわかりますが…」


「うん…私の抱えている問題だから…」


「力になれると思うんですが…」


提案をするようにして口を開くのだが彼女は穏やかな表情でゆっくりと首を左右に振って応える。


「ありがとう。提案は嬉しいけど…

こうやってバイト先で一緒に過ごしてくれるだけで助かっているから…

ありがとうね…っ♡」


「あ…いえ…それなら良かったです…」


ドギマギとした態度になってしまう自分を少しだけ恥ずかしくなったが…

彼女の美貌を前にしたら当然だと言い聞かせて本日もバイトに励むのであった。




土日明けの月曜日。


本日も僕は一人で登校していた。

別に友達がいないと言うわけではなく。

登下校の時ぐらい一人になりたいというだけの理由だった。

学校へと向かう道のりで…

後ろから件の陽キャグループが歩いてきていた。

端の方へと寄って彼ら彼女らのために道を開けている自分を半分呪った。

本能的に僕は彼ら彼女らに臆しているのだろう。

そんな事実を自らで気付いてしまい心の中で深く嘆息する。

陽キャグループは僕のことなど気にも留めずに先を急いでいた。


「ごめん。靴紐結ぶから先言ってて〜」


件の鬼ギャルが僕の眼の前で靴紐を結ぶようにしてしゃがんだ。

僕は眼の前で起きていることを少しだけ不思議に思いながら彼女を避けて先を急ごうとして…


「ごめんね。私達のために道を開けてくれたんだよね。

七星ななせくんに迷惑掛けるのは本意じゃないんだよ。

ごめん…今は先を急ぐね…

またバイト先で…じゃあね」


鬼ギャルの姿ではあったが…

彼女はバイト先で見せる聖母のような表情を浮かべて…

美しい声音で僕に謝罪のような感謝のような言葉を口にして仲間の輪の中へと戻っていくのであった。



僕は理由あって学校では鬼ギャルをやっている彼女の本当の姿を知っている。

僕が彼女のために出来ることはあるのだろうか。

僕と彼女だけが共有している秘密。

僕らはこれからどの様にして関係性を変化させていくのか。


物語はまだ始まってもいないのであった。

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